尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

神代辰巳の映画を見る

2015年04月04日 01時29分35秒 |  〃  (日本の映画監督)
 神代辰巳(くましろ・たつみ、1927~2015)の没後20年にちなんで、シネマヴェーラ渋谷で特集上映が行われた。そのうち14本を見たので、他の映画と合わせて振り返っておきたい。神代監督は、ほぼ1970年代に活躍した映画監督(テレビ作品も多い)で、日活ロマンポルノを代表する映画監督だった。日活が一般映画の製作を中止しポルノ映画に取り組むことになった時には、日本映画の没落を嘆く声しきりだった。だが、1972年にロマンポルノ路線が始まり少し経つと、結構頑張ってるらしいぞという声が聞こえてきた。それが神代監督の映画だった。日本映画史に重要な意味を持つ映画監督である。
(神代辰巳監督)
 最初の傑作は「濡れた唇」だった。公開直後以来だけど、今でも面白いロード・ムーヴィーだった。絵沢萌子の初登場作品。次の「一条さゆり 濡れた欲情」に至っては、キネマ旬報ベストテン8位に入選し、主演の伊佐山ひろ子が(10位入選の村川透「白い指の戯れ」とともに)キネ旬主演女優賞を獲得してしまった。「一種のスキャンダル」視する人もいて、翌年以後の審査員を辞退する人が出た。この映画は3回見ている。(傑作だからまた見てもよかったけど、ダウンして見逃した。)素晴らしい群像劇であり、人間賛歌でもある。全作品の中でも、とびぬけた傑作だと思う。

 神代監督のデビュー作は、1967年の「かぶりつき人生」である。記録的な不入りで、以後干され続け、ロマンポルノ路線になって甦ったのである。この映画は前に見て、確かにそれほど面白くないと思った記憶があるが、今回見たらけっこう面白いではないか。ストリッパーの母のようになりたくないはずが、いつか同じ道をたどっていく…。田中小実昌原作の映画化で、全体に60年代っぽくていい。主演は殿岡ハツエで、僕もよく知らない。全然スターが出てないモノクロ作品で、これがヒットするわけない。主人公の生地は「美浜温泉」とあり、これは福井県美浜町のことである。今は日本で一番原発が集中する若狭湾一帯だが、まだ一基も稼働していなかった時代の海辺の観光地だった時代の話である。
(「かぶりつき人生」)
 1973年は、永井荷風作とも言われるポルノ「四畳半襖の下張」を題材にした「四畳半襖の裏張り」がベストテン6位。ニュースフィルムなどを挿入し、米騒動やロシア革命などの世相をよそに、ひたすら性の奥義を求める男と女の模様を描く。当時見て傑作だと思ったが、今回見ても面白かった。たった72分の映画だが、もっと大きな世界を描いている気がしてきて、長い映画を見た思いになる。当時、雑誌「面白半分」が野坂昭如編集長のもと「下張り」を掲載して摘発され、刑事裁判になっていた。そういう「キワモノ」企画だけど、名作が誕生して皆ビックリした。

 3回見てる「恋人たちは濡れた」は今回パス。ベストテン14位。「女地獄 森は濡れた」はいつも見逃してる映画で今回も見れなかった。プログラムピクチャーは時間のない中で量産されるので、中にはくだらない作品があるのはやむを得ない。「やくざ観音 情女(いろ)仁義」はその典型。どうしようもない。

 1974年は大量に作らされた。2年連続ベストテン入選、ヒットもしたということで、会社も頼むし、他社からも声がかかる。「濡れた欲情 特出し21人」(15位)、「四畳半襖の裏張り しのび肌」(14位)、「」をはさんで、東宝系で「青春の蹉跌」(4位)、続いて「赤線玉の井 抜けられます」(16位)、年末に一般映画「宵待草」(75年14位)と作品の出来も安定している。「特出し21人」「しのび肌」はそれぞれ前作とは無関係に名前だけ借りたもので、面白いけど実はもっと傑作だったように記憶していた。公開当時は「勢い」の中で見てるので、2作目がかえって傑作に見えるけど、今見るとやはり最初の方がいい。「玉の井」は見直したかったけど見逃した。群像ドラマだから細かいところは忘れた。
(「青春の蹉跌」)
 素晴らしいのは「青春の蹉跌」で、当時は有名だった石川達三の青春小説を自分流に作った映画。萩原健一桃井かおりの主演コンビが素晴らしい。当時の若い人はみんな見たような映画である。そういう映画は時間の経過とともに価値が下がるんだけど、数年前に見て面白く、今回も面白かった。当時の風俗も面白いが、今も生きている面白さがある。ドライサー「アメリカの悲劇」、その映画化「陽の当たる場所」が基になっている。物語の構造が(風化もしている部分もあるが)、今も意味を持つのである。主演の二人がそれまでに見たことのないような、つまり日活の裕次郎映画や東宝の若大将シリーズなんかにはないような、実に生々しい(セックスシーンも含めて)現実感があった。

 これが大ヒットして、1975年には東宝公開の文芸映画「櫛の火」(古井由吉原作)と「アフリカの光」(丸山健二原作)を作った。当時の神代には、こんな原作を映画化できる力があったのである。でも、この2作は暗い暗い青春映画で、いくら何でも…という映画。まあ、そこが捨てがたいとも言えるが。

 一方、「宵待草」は日活が正月作品として作った非ポルノ映画で、時々そういうのも作った。(藤田敏八の「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」なども同じで、普段ロマンポルノを上映している映画館で、ときたまそういう映画もやったのである。)これが実に魅力的で、大正ロマンとうたい、アナーキストたちの恋と冒険を描くロードムーヴィー。僕は公開の時から大好きで、もう4回か5回見ている。何だつまらないと思う時もあるけど、今回は楽しく見られた。いつもよりは予算が多いのかもしれないが、それでもあまり予算がない感じがする。それでもいいと思うか、そこをダメとするか。高橋洋子の華族のお嬢様、高岡健二と夏八木勲のアナーキスト団の二人が魅力がある。北へと流れて大陸を目指すが…。左右ゴチャマゼの冒険時代を描いた痛快作品。
(「宵待草」)
 ここまでが素晴らしく、75年の「黒薔薇昇天」(15位)、「濡れた欲情 開け!チューリップ」、77年の「悶絶!どんでん返し」(14位)はコメディ作品。「壇の浦夜枕合戦記」は前に見てつまらなかった。もう終わりかと思うと、79年に最高傑作「赫い髪の女」が現れた。中上健次映画化で、最高傑作だと思う。宮下順子、石橋蓮司がひたすら求め合うだけの映画だけど、行くあてもなき男女の性を憂歌団の歌に乗せて見つめる。すごい。日活100年の時に見直して、今回が3回目、やっぱりいい。主演の二人以外も、石橋蓮司の姉という絵沢萌子と夫の山谷初男など、短いシーンだけと笑える。宮下順子のトークショーも行われ、聞いてきた。好きなタイプの女優だったから、満足のトークショー。

 その後は1981年の「嗚呼!おんなたち 猥歌」(5位)、1985年の「恋文」(6位)、遺作の1994年「棒の哀しみ」(4位)がベストテンに入っている。今回見直した感じでは、今まで傑作と言われる映画がやはりいいのだと思う。「一条さゆり 濡れた欲情」、「青春の蹉跌」、「赫い髪の女」が飛びぬけている。まあ、それは前からわかっていることだが。今も面白いのは70年代の青春が刻印されていることか。長回しや独特のセリフ、音楽の使用法などで、独自の世界を作っている。藤田敏八作品では感じることもある古びた感じがほとんどない。でも、くだらない映画も多く、そこが面白い。とにかく、日活ロマンポルノを作品的に代表する監督であるのは間違いない。
コメント (3)
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