尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼・船戸与一

2015年04月24日 23時23分52秒 | 〃 (ミステリー)
 作家の船戸与一が亡くなった。4月22日没、享年71歳。20世紀後半にむさぼるように読んでいた作家。もう船戸与一が亡くなるような時代になってしまっていたのか。71歳とは、もうそんなになっていたのかとも言えるし、まだまだ若いとも言える年齢だけど、最近は読んでなかったなあ。最後の頃に書き継いでいた「満州国演義」は完結したという話だが、文庫になってないので読んでなかった。

 80年代後半頃から、世界の「辺境」の視座から「帝国」を撃つ大長編を続々と著して、僕は大興奮して読みふけったものだった。学生時代は早稲田の探検部にいたというから、その頃から辺境志向があったのである。ちくま文庫に入っていた豊浦志朗「叛アメリカ史」という本があるのだが、その本を1977年に書いたのが、この人。ゴルゴ13シリーズの原作も外浦吾朗名義でたくさん書いているという。小説家としては、1979年の「非合法員」がデビュー作となる。

 僕が読み始めたのは、「このミステリーがすごい」で続々と上位を獲得していたからである。だから日本冒険小説大賞や吉川英治文学新人賞を受賞した1984年の「山猫の夏」はしばらく知らなかった。(「このミス」は1988年から始まった。)そこで文庫で読んだのだが、ブラジルの荒野に怨念と流血がほとばしる迫力に驚愕の一語。何でそこに日本人が出てくるのかだけが不思議だったけど、黒澤の「用心棒」というか、ハメット「血の収穫」だと思うが、要するに対立をあおって両方とも片付ける話なんだけど、ここまで凄まじい環境で展開したのは全く凄いと思う。次に読んだのは「神話の果て」だと思うが、それより1987年に出た「猛き箱舟」がすごかった。日本の大資本に捨て駒にされた男が復讐にいのちを賭ける話だが、それがアフリカの西サハラを舞台にしているというのだから、スケールがでかい。フィクションではあるが、世界の構造をくっきりと描き出していた。

 その後、このミスで1位になった「伝説なき地」「砂のクロニクル」なども面白いのは保証できる。でも、僕は「山猫の夏」「猛き箱舟」が一番すごいような気がするのである。それから、歴史をさかのぼり、アイヌ民族の最後の抵抗であるクナシリ・メナシの乱を描く「蝦夷地別件」(1995)という超ど級の傑作を書いた。これも凄かった。こうして、世界の辺境から、さらに歴史の辺境にまで視野を広げ、あくまでも「抵抗の作家」であり続けるのかと思っていたら、2000年の「虹の谷の五月」というフィリピンを舞台にした作品で直木賞を受けるに至った。そういう文壇での評価を受けられないのかと思っていたのだが、確かにこの作品は「受け入れられやすい作品」にはなっていた。特にミステリー系の作家によくあるように、「何で今ごろこの作品で」という受賞である。だけど、まあ、いいか。調べてみると、今では文庫も数少なく、電子書籍にはもう少し残っているようだけど、今では読んでない人も多いかもしれない。安倍政権時代、ニッポン万歳、五輪万歳的世界では読まれないかもしれないが、世界の苛烈な闘いを描き続けた作家がいたということを忘れてな行けない。それに現代日本でもっとも面白い作家のひとりであることは間違いない。生半可なミステリーや純文学を破壊しつくすエネルギーに満ちている。何をしたらいいか悩んでいる人は、本屋か図書館に行き、船戸与一の本を探すところから始めるのが良い。
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