尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

山田洋次監督「母と暮らせば」

2016年02月14日 22時56分05秒 | 映画 (新作日本映画)
 山田洋次監督(1931~)の84本目の作品だという「母と暮らせば」をようやく見たんだけど、さあ、この映画をどう評価しようか。僕にはちょっと難しい。もちろん悪くない。見る前から判っている程度に、非常に感動的である。見れば泣けてくる。泣ける度合では、昨年公開の日本映画でも屈指だろう。原子爆弾の非人道性というテーマも、もちろん何度も繰り返して訴えるべきものだろう。例えば、主演の「嵐」の二宮和也(力演)が見たいからと、いつもなら「戦争もの」を敬遠するかもしれない若いファンが見てみようと思うんだったら、それでいいではないか…。とまあ思うわけではあるが…。

 この映画が素晴らしいのは、何より丁寧に作られたセットに、こだわりを持って集められた小道具が存在する空間。そこに流れる坂本龍一のレクイエム。映画を見たなあという気持ちになる。もちろん、そういうものばかりが映画ではないわけだが、今ではほとんど絶滅寸前の映画作りである。今回はCGも巧みに織り交ぜながら、「1945年8月9日」の長崎、そしてその3年後の日々を描いて行く。

 だけど、話は判っている。井上ひさしの戯曲「父と暮らせば」(1994)とその映画化「父と暮らせば」(2004、黒木和雄監督)をちょうど裏返しにしたような物語である。井上ひさしは、その後沖縄を描き、さらに長崎も描きたかったそうだ。しかし、書きあげる前に亡くなってしまった。沖縄の物語は「木の上の軍隊」(井上ひさし原案、蓬莱竜太作)として舞台化された。一方、長崎の物語はどうなるとも決まっていなかっただろうが、題名は「母と暮らせば」だと言っていたという。今回の脚本は山田洋次と平松恵美子が共同で書いている。(平松は「学校Ⅳ」から山田作品の脚本を手掛け、「武士の一分」以後の劇映画は、次回作「家族はつらいよ」を含め、すべて共作者に名を連ねている。)

 ということで、「父と暮らせば」なんて知らないと言われてしまったらそれまでだけど、まあ、映画や演劇や文学にある程度の関心を持ってきた人なら、大体知っているだろう。あの話は、広島の原爆で生き残った娘のもとへ、原爆で死んだ父が幽霊として出てくる。今回はその逆だから、母が生き残り、息子が死んで幽霊として出てくるわけである。で、どうなるかという展開もほぼ予想の通り。吉永小百合二宮和也というキャストも、まあ熱演していて、事前に多少あった心配は杞憂だった。だけど、こう予想通りでいいんだろうか。冒頭から怪しい感じだった登場人物が、やっぱり犯人だったというようなミステリーみたいなもんではなかろうかとも思ってしまうわけである。

 原子爆弾という兵器は、非人道的な大量破壊兵器として全世界で禁止されるべきだが、それは何もこの映画を見て知ったことではなく、ほとんどの観客は見る前から判っているだろう。息子は次男で、長崎医科大学に在学していた。だから一般人であって、そういう人々をも殺害する大量破壊兵器は戦争犯罪だろう。だが、この家庭には長男もいた。フィリピン戦線に従軍して戦死したとされる。戦死した日に母の夢枕にたったらしい。だから、長男が幽霊として出て来れば、戦争の実態、戦場の残虐さを訴えただろうと思う。だけど、この映画では戦争自体の始まりや日本軍の戦争犯罪は全く触れられない。長崎の原爆では、連合軍の捕虜や連行された朝鮮人労働者も多くの犠牲を出したが、そのことも全く出てこない。珍しく「婚約者」までいた次男が幽霊として出てくることにより、われわれ観客は生き残った母や婚約者とともに、安心してたっぷり泣ける工夫がされている。

 だけど、それでいいんだろうかというのが、この映画を見た僕の疑問である。僕はその映画を見たことにより、何か新しい発見をし、新しく感じ考えたいと思う。この映画では、安心して感動して泣けるけど、それでいいのか。と思うけど、そう言ったら、歌舞伎や落語やクラシック音楽…なんかはどうなってしまうんだろう。山田監督作品だって、寅さんが何本も続くことにより、僕は飽きてしまった。だけど、今見れば、それも懐かしいと思える。そういう感覚で見てみれば、これは「戦後日本の平和主義」を描く「伝統芸能」なのかもしれない。それならそれでいいではないかとも思う。初めて見る人はいつもいるわけだし。こうやって、「戦争」が「伝統芸能」として伝えられていくのかもしれない。

 ところで、この映画を見て、黒木華(くろき・はる)はやっぱり素晴らしいと思った。「小さいおうち」や「幕が上がる」は、どうもいま一つな感じもあったが、今回はやっぱりうまい人だなあと思った。寺島しのぶ版を見ているからと思って、永井愛作「書く女」の再演を見なくてもいいかと思ったことを後悔している。それと、「上海のおじさん」役の加藤健一が見逃せない。

 長崎の原爆に関しては、体験者として林京子が多くの小説を書いている。芥川賞受賞の「祭りの場」は必読。戦後派では、長崎原爆資料館長でもある作家、青來有一(1958~)がいて、芥川賞受賞の「聖水」や映画化もされた「爆心」などを書いている。僕の好きなのは佐多稲子「樹影」という小説で、名作だと思う。また井上光晴「明日―1945年8月8日・長崎」は、映画「TOMORROW 明日」となった。傑作。木下恵介の「この子を残して」やもっと古い映画もあるが、最近では「ペコロスの母に会いに行く」(森崎東監督)にも出て来た。広島を描いた小説や映画の方が多いけれど、長崎も大切。
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