尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ブリッジ・オブ・スパイ」と「ブラック・スキャンダル」

2016年07月14日 22時34分22秒 |  〃  (新作外国映画)
 池袋の新文芸座で、「ブリッジ・オブ・スパイ」と「ブラック・スキャンダル」の2本立て。どっちもロードショーで見ようと思っていたが、見逃してしまった作品。もうDVDが出ているようだが、やはり大画面で見たい。こういうときに「名画座」というものが残っていることがうれしい。16日まで。

 どっちもものすごく面白かった。アメリカ映画も、どうも空疎な大作が多すぎる気がするが、脚本も演技もこのぐらいよく出来ていると、見ていてまったく飽きない。すごいなと思う映画だった。しかし、どっちも実話の映画化で、元になっている現実そのものが凄いのである。「ブリッジ・オブ・スパイ」は、50年代のソ連スパイの裁判と、その後の米ソの「交換交渉」を描いている。実在の弁護士ジェームズ・ドノヴァン(1916~1970)を演じたトム・ハンクスが、弁護士としての使命感とともに「タフ・ネゴシエイター」とはこれだ!的なすごい存在感を演じている。

 監督はスティーヴン・スピルバーグ。スピルバーグなら何でも見なくちゃという時代はずっと前のことなので、この前は「戦火の馬」を見逃してしまった。「リンカーン」や「ミュンヘン」はあまり感心しなかったので、この映画は21世紀になって初めて納得できた作品である。ドノヴァンは保険が専門だが、スパイ事件の引き受け手がないために、やむを得ず弁護士を受ける。スパイのルドルフ・アベル(1903~1971)はソ連に忠誠を誓い、二重スパイの申し出にも心動かされない。ドノヴァンは、彼の一貫性に「ある種の敬意」を持ち始める一方、FBIの捜査に憲法違反があると裁判で主張する。刑事被告人の権利を奪うことは、「憲法」をもとに作られている「アメリカ合衆国」への裏切りと考えるのである。そして、スパイを弁護するとは何だ、死刑にしろという「世論」に立ち向かうのである。

 ここまででも「今の日本」を考えて、その勇気と誠実に敬服するしかない。「原則」としての人権を守り抜く姿勢に、さすが「これがアメリカ人」だという感慨を持つ。「スミス都へ行く」や「怒りの葡萄」、あるいは監督自身の「シンドラーのリスト」など、アメリカ映画が描き続けてきた正義を愛する人物像である。だけど、この映画はそれだけでなく、主人公がタフな交渉ができる人物だということが強調されている。保険専門だから、「常に保険を掛ける」のである。そこが興味深い。日本の「人権派」は、むしろそこをこそ学ぶべきだろう。そして、1960年になって、偵察機U―2がソ連に撃墜される事件が起きた。その時に捕虜となったパワーズとアベルを交換するという意向が、ソ連から伝えられる。米政府はあくまでも民間人という建前のもとに、ドノヴァン弁護士に東ベルリンまで交渉に赴くように依頼した。

 ちょうどベルリンの壁建設中の東ベルリンのひどい状況、そんな中でまさにタフな交渉を繰り広げるドノヴァンの姿勢には、全く驚くしかない。まあ、ここでは細かい話は書かないが、実話に基づいているので結末はもちろん現実のとおりとなっている。脚本はマット・チャーマンコーエン兄弟が参加して作られた。これが出来がいい。アメリカ映画はやはりシナリオの出来がものをいう。老スパイ・アベルを演じたマーク・ライランスという人は知らなかった。アカデミー賞の助演男優賞。イギリスの舞台俳優として活躍してきた人で、映画では「インティマシ―」「ブーリン家の姉妹」などに出ている。「レヴェナント」のトム・ハーディや「チャンプ」のスタローンらがノミネートされていたが、それらを押さえた受賞で見ごたえがあった。

 「ブラック・スキャンダル」は簡単に。ボストン南部の犯罪組織を率いるジェームズ・バルジャー(ジョニー・デップ)。弟は州の上院議員ビリー(ベネディクト・カンバ―バッチ)、幼なじみのFBI捜査官ジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)。コノリーはジェームズに、全米マフィアのボストン進出に対抗するために協力しようと持ち掛け、FBIと犯罪組織の「協力」が出来上がる。だが、ジェームズの私生活は、子どもと母親を失い荒れていく…。最近「日本で一番悪い奴ら」を見たわけだが、こっちは「アメリカで一番悪い奴ら」みたいな話である。だけど、日本と違って銃社会アメリカのギャングは、どんどん人殺しをしていくから怖さが半端じゃない。

 そこはさすが、犯罪組織のリーダーたるジョニー・デップは、怖くてついていけないぐらいの迫真演技をしている。今年のアカデミー作品賞の「スポットライト」もボストンだった。昔クリント・イーストウッドが映画化した「ミスティック・リバー」もボストン。あの映画は幼なじみ3人が立場を違えていく話だったが、今度の「ブラック・スキャンダル」の裏返しみたいな設定。原作のデニス・ルヘインが実話にインスパイアされたストーリイなのかもしれない。監督のスコット・クーパーは、どこかで聞いた名前だなあと思いつつ思い浮かばなかったが、「クレージー・ハート」(2009)の監督だった。ジェフ・ブリッジスが主演男優賞を獲得した映画で、落ちぶれたカントリー歌手が立ち直るんだけど…という名作だった。どっちの映画も見ごたえがあったが、アメリカ社会の強さともろさを考えさせる映画だった。
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