尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「日本で一番悪い奴ら」

2016年07月05日 22時35分48秒 | 映画 (新作日本映画)
 白石和彌監督、綾野剛主演の「日本で一番悪い奴ら」。とてつもなく面白い、すごい映画である。リアリズムというより、ピカレスクロマン(悪漢小説)風に、ひたすら面白いストーリイを語っていく。しかし、面白いだけでは済まない問題作でもある。何しろ「日本で一番悪い奴ら」というのは、北海道警察のお巡りさんなのである。警察批判というか、悪徳警官ものの最高傑作
 
 柔道に熱を挙げる青年、諸星(綾野剛)は北海道警からリクルートされ、道警はめでたく柔道で日本一となる。単に柔道要員だった諸星は、捜査の現場で苦労するが、先輩(ピエール瀧)から「エス」(スパイ)をたくさん持たないと点数を稼げないと教えられ、協力者作りに奔走する。チンピラやくざからの情報で、令状もなく一人でガサ入れした挙句、実績を上げることができた。そして、すすきのの美人ホステスと付き合い、道警のエースと言われるようにまでなる。

 その諸星がいかにして暴走し、違法なおとり捜査に翻弄されるか。90年代半ば、警察庁長官狙撃事件を頂点に、銃器犯罪が多発。警察は銃器摘発に血道を上げることになる。そこで知り合いのヤクザに頼み込んで、銃器重点月間に提出させるといった不正が起きることになる。やがては、覚せい剤の輸入をあえて見逃して、続いて予定されている大量の銃器輸入を摘発するという「作戦」が企画される。警察幹部の黙認のもとに、日本に大量の覚せい剤が持ち込まれたのである。諸星は幹部に迫る。シャブとチャカとどっちが大事なんですか?

 これが実話だというんだから驚く、と書ければいいんだけど、有名な事件だから細部はともかく話は知っていた。むしろ長いこと、北海道警の不正捜査や裏金事件、あるいは佐々木譲の「道警シリーズ」などを映像化する人はいないのかと思っていた。裏金問題を率先して報じた北海道新聞への道警の「仕返し」は、相当にえげつないものだった。やはり相当の覚悟がないと、映像化は不可能なのかと思っていたのである。まあ、それを言えば、この映画も「諸星のやり過ぎ」を面白く描くことに熱心で、警察組織の「権力犯罪」の全貌を描くことには向かわない。キャリア官僚の支配、点数至上主義、組織的な裏金作り、違法捜査の数々など、少しづつ触れられてはいるが、構造悪としては描かれない。

 でも、まあエンタメ映画だから、日本中で公開される。硬派の社会派では、多くの人に届かないだろう。それに諸星本人は、あくまでも北海道の治安を守るため、警察が目標とする銃器摘発に熱心なだけなのである。エスを作るのも、違法捜査に何の疑問も持たないのも、すべて本気でやってるのである。それが怖い。その「思い込み」の本気度が恐ろしいのである。悪徳警官ものは、映画にも小説にもかなりあるが、情報を取るために組織犯罪と癒着していく構造は同じである。深作欣二の「県警対組織暴力」は菅原文太と松方弘樹。こっちの映画は、綾野剛と中村獅童。中村獅童はかつての成田三樹男を思わせる役者になってきた。

 白石監督は2013年の「凶悪」で注目された。死刑囚が別の殺人を告発したノンフィクションを映像化したものだが、リリー・フランキーやピエール瀧らの「凶悪さ」が強く印象に残る映画だった。僕はあまり好きにはなれなかったが、流れるように見られるリズムは今度の映画と共通している。原作があり、主人公のモデルが服役後に書いた、稲葉圭昭「恥さらし 北海道警 悪徳警官の告白」という本である。講談社文庫に入ってるというが読んではいない。簡単に知るためには、ウィキペディアに「稲葉事件」がある。製作関係者は、今後しばらくは、身辺に気を付けてください。微罪で逮捕されても映画ぐるみアンタッチャブル視されかねないので。
コメント (1)
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