尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

イエジー・スコリモフスキの怪作「イレブン・ミニッツ」

2016年09月17日 22時48分49秒 |  〃  (新作外国映画)
 ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ(1938~)の新作、「イレブン・ミニッツ」が公開中。映画の話題もたくさんあるので、続けて書いてしまう。これはあっと驚く仕掛けの映画で、こういうのを思いついたから作ってしまおうという78歳の監督の若さが凄い。一体成功しているんだかどうかは判断が難しいけど、こういう怪作は見ておきたいという向きには見逃せない。

 映画に限らず、演劇や小説など「物語」系では、大体「ある程度のまとまった時間」が描かれる。そうじゃないと、人間や社会の深さをじっくり追及できない。男と女が出会って、それで終わりっていう映画じゃ、誰も満足できない。「その後」が知りたいだろ。映画では、むしろ「長い時間」をいかにうまく処理するか、時間を行ったり来たりしたり、画面が暗くなっていく(フェイド・アウト)など、様々な時間処理法が開発されてきた。でも、「イレブン・ミニッツ」では、ある日の「5時から5時11分」までのたった11分しか描かれない。題名の由来である。

 時間の「同時進行映画」だったら結構ある。アニェス・ヴァルダ監督の「5時から7時までのクレオ」という映画では、名前の通り5時から7時までの時間が描かれている。そういうのは前にもあったけど、たった11分しか映画内で時間が進行しないというのは、あっと驚く手法である。いくつかのエピソードが同時並行的に描かれ、何が何だか判らないけど、最後に一つにまとまる。ある町(ポーランドの首都ワルシャワ)のホテルや町の中心部を描き、何でこうなっちゃうの?っていうラストだけど…。

 しかも映像がぶっ飛んでいる。普通の映画カメラだけではなく、監視カメラWeb カメラカメラ付き携帯CGなんかの様々な映像が散りばめられている。ローアングルやスローモーションなど多様な撮影技法、いろんな都市のノイズなど、この映画は多様な方法で「11分間」を描き分けている。出てくる人物も、変というか嫌なやつが多い。女好きの映画監督はホテルの一室で女優に出演交渉(それ以上?)をしている。ホテル前には出所したばかりのホットドッグ屋、またある一室では不倫しているバイク便の男、ポルノ映画を見ているカップル、そしてちょうど通りかかるバスの乗客たち。そんな様々な人物をモザイク状に描き分けていく。はっきり言って、何が何だかよく判らずに映画は進行する。

 そして、最後の一瞬にすべてがつながってしまう。「グランドホテル形式」というのがある。ある一点(ホテルなど)にいる様々な人物のエピソードをモザイク状に語っていく形式だけど、「イレブン・ミニッツ」は全く無関係の人物を同時進行で描いていく。これは確かに脚本、監督のイエジー・スコリモフスキの発明じゃないか。

 スコリモフスキは、ポランスキーの「水の中のナイフ」の共同脚本で認められ、ポーランドで「身分証明書」で監督デビュー、続いて「不戦勝」「バリエラ」と撮った。次にベルギーでジャン=ピエール・レオ主演の「出発」を撮り、ベルリン映画祭で金熊賞。今ではこれらの映画も日本で見られるが、案外に「前衛的」で「ヌーヴェルヴァーグ風」の作風だから、社会主義時代のポーランドにはいられない。外国で撮るようになるが、日本初公開はイギリス映画「早春」(1971)という少年の年上女性への憧れを厳しくも美しく描いた映画。小規模な公開だったけど、鮮烈な映像美に心を囚われた。

 以後も世界で撮りながら、映画祭で受賞したりしているが、日本公開は恵まれない。「ザ・シャウト」とか変な内容の映画が多い。そのうち、監督を休んで俳優ばかりやるようになった。2008年に17年ぶりの映画「アンナと過ごした4日間」を撮って、東京国際映画祭にやってきた。審査員特別賞を得て、ベストテンにも入ったけど、これはまた陰鬱なポーランドの田舎町を舞台に、異常な愛の形を描いていた。次の「エッセンシャル・キリング」(2010)はヴェネツィア映画祭で審査員特別賞。これもテロリスト風の男がただ逃げて逃げて逃げ回る強烈な映画だった。こうしてみると、監督人生をかけて変な映画ばかり作ってきたような人である。「イレブン・ミニッツ」もまた、内容も形式もぶっ飛んだ映画だった。大作とか名作よりも、変な映画を偏愛する向きには、落とせない映画だ。
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ステキな夏休み映画「グッバイ,サマー」

2016年09月17日 18時40分33秒 |  〃  (新作外国映画)
 日本で上映されている映画は、もちろん「日本語映画」が一番多いだろう。二番目ももちろん「英語映画」である。英語映画は、アメリカやイギリスを舞台にしているものだけでなく、世界のどこの物語であっても世界市場に売るために英語で作ったりする。それ以外の言語の映画は、大きなシネコンなんかではほとんどやってないのではないか。でも、ミニシアター系などではフランス映画イタリア映画は、今でもけっこう上映されている。フランス映画で言えば、いまでも「エスプリ」の効いた映画がずいぶん作られている。そういうのを見たくなる時がある。

 前回書いた「ティエリー・トグルドーの憂鬱」は、フランス映画だけど現代社会を批評した辛口の映画だった。もちろん、フランス映画はそんな映画ばかりではない。見る者になつかしさと幸福感をもたらす、いかにもフランス映画らしいステキな映画が公開されている。ミシェル・ゴンドリー監督の自伝的少年映画「グッバイ,サマー」である。14歳の夏休み、転校生の友人と「ひと夏の冒険」に出る少年ダニエル。フランスの田舎風景もたっぷりと見せてくれる。宣伝コピーにある通り、まさに「キュートで甘酸っぱい青春ロードムービー」だ。素晴らしい映画。

 ベルサイユの学校に転校性テオが来る。「あの〝女子”の隣に座りなさい」と先生の指示。年の割りに可愛らしくてクラスでも浮いているダニエルは、先生にもそんな風に言われてしまうが、男の子の悩みで心の中はいっぱいである。親はうっとうしく、兄も変。好きな女の子も見向きもしてくれない。テオは機械いじりが趣味でガソリンくさい。クラスになじめない二人は友だちになったけど…。

 自分で部品を組み合わせて車を作っちゃうテオだけど、それは警察から車と認められない。そんなときに、ダニエルが「天才的アイディア」を思いつく。車じゃなくて、家にしちゃおう。「動く家」なら、警察が来たら路側帯に止めて家を装う。昼間は田舎道を進んで、夜は寝ることも可能。そんな家と車を兼ねたものを作って、それで夏休みに旅に出よう。このアイディアが凄い。二人の中学生に乾杯!

 親をうまくだまし出発したものの、トラブル続出。スマホはアッと驚く失敗で使えなくなる。いいとこに止めて寝ると、そこは怪しい歯科医夫婦の庭だった。家に招待され食事させてくれるが、彼らは一体どういう人? 山道は押さないと登れないし、髪を切ろうと街へ出たダニエルは「フーゾク兼カット店」みたいなフシギ空間に紛れ込む。ここは一体何だろ。日本語が聞こえてくるけど。逃げ出したダニエルの頭はとんでもないことになってる。そして、やっと着いたところは愛しの彼女の別荘のある湖。でも、そこで最大のトラブルが…。一体、家に帰れるのか、二人はどうなる?

 監督、脚本のミシェル・ゴンドリー(1963~)は、フランス生まれの映画監督だけど、アメリカにも住んで、ビョークなどのミュージック・ビデオで知られた。そこから映画監督になったので、「ヒューマン・ネイチャー」「エターナル・サンシャイン」など当初はアメリカで映画を作っていた。(「僕らのミライへ逆回転」というおバカ映画の大傑作が好き。)その後、フランスに戻ってボリス・ヴィアンの愛すべき大傑作「うたかたの日々」(日々の泡)を映画化した「ムード・インディゴ」(2012)を作った。

 自伝的というけど、どこまでがホントかは知らない。でも、ここまで素晴らしい夏休み映画も珍しい。この前書いたホウ・シャオシェンの「冬冬の夏休み」はもっと小さ時期だし、永遠の青春映画「スタンド・バイ・ミー」は、人生の転機にもなる怖い体験。日本の「旅の重さ」も、四国を廻っているうちに人生が変わってしまう。「グッバイ,サマー」は中学生の映画だけに、社会的な背景を感じさせながらも、ノスタルジックでカワイイ。ロードムービーの魅力が詰まっているのも素晴らしい。東京では恵比寿ガーデンシネマや新宿シネマカリテで上映中。
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