今回の「二重国籍問題」では、政府・自民党筋からはほとんど反応がなかったと思う。そりゃあ、そうだよなと少しでも歴史的経緯を判っている人は思っただろう。でも、学校教育でもほとんど取り上げないし知らない人もいるだろう。簡単に「台湾問題」を振り返っておきたいと思う。
蓮舫氏が二重国籍だったと非難する人がいるわけだが、では「どことどこの国の二重国籍なのか」と問えば、何と答えるのだろうか。もちろん一つは「日本国」だけど、もう一つはどこか。マスコミ等も「台湾籍」と書いているけど、そうなってくると「台湾は国なのか?」という大問題が発生する。そこに関しては、日本政府としては「台湾を国と認めているわけではない」と答えるしかないだろう。
「台湾」は、「中華民国」という「国名」を持っている。日本も、1972年9月29日までは「中華民国」を承認していた。田中角栄内閣による「日中国交回復」、それをもたらした「日中共同宣言」により、日本は中華人民共和国を承認した。それに伴い、自動的に日本と中華民国間の外交関係は断絶することになった。以後、ずっとそのままながら、民間交流という形で双方の関係は維持されている。
「中華民国」は、だんだん世界的な孤立が進んでいるけれど、今もなお世界で22か国が承認している。だけど、政治的、経済的な大国である「中華人民共和国」を無視できる重要国はないと言っていい。だから、いまも「中華民国」を承認している国は小国ばかりである。太平洋やカリブ海の島国が多く、中米のパナマ、ニカラグア、ホンジュラスなんかが大きい方になる。中国は少しでも「寝返り」を期待して援助を持ち掛け、一方台湾側も援助で引き留めているという熾烈な争いが続いている。
この「台湾問題」は、朝鮮半島の南北分断とはまた違った意味を持っている。戦後の米ソ冷戦の中で、東西ドイツ、南北朝鮮、南北ヴェトナムなどの「分断国家」があった。(ドイツは冷戦終結後の1990年に統一し、ヴェトナムは1975年に北が武力で統一した。)その分断のいきさつはそれぞれだが、(細かくなるので省略)お互いに「自分が正しい」と主張はするものの、「分断されている事実」そのものは認めていた。だから、両方の国と国交を持つことは可能になる。日本もある時点で東ドイツや北ヴェトナムを承認していた。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)だって、実は日米仏などの数か国を除いて、世界のほとんどの国と国交を持っていて、南北双方と国交を有することが可能である。
でも、それは中国に関してはありえない。どっちかとしか正式な国交は持てない。それが「一つの中国」の原則である。この原則は中華人民共和国が世界に求めたものだが、世界各国も認めているわけである。その差はどこにあるのか。中国の場合は、戦後の国際関係で生じた分断ではなく、国内で起こった革命戦争の勝者と敗者がいるだけだということだろう。中国史に時々出てくる、全国統一までの間に一時的に存在した「単なる地方政権」だという扱いになるんだと思う。
中国近代史は、国土が外国勢力に踏みにじられた歴史である。だから、「国土統一」は中国政府(だけでなく国民にとっても)非常にナーバスな問題である。日本ももちろん「踏みにじった側」だし、イギリスやフランス、ドイツ、アメリカ、ロシア…世界の重要国はみな同じである。そこからの抵抗の中で、1911年の辛亥革命が起き、清国が倒れ中華民国が誕生した。(ちなみに、中華民国はアジア初の共和国、つまり君主制ではない国である。)
だけど、この中華民国もなかなか統一されず、指導者の孫文の死後、後継者の蒋介石によって、ようやく国土統一がなされる。しかし、蒋介石を脅かす存在があった。一つが毛沢東を指導者とする中国共産党、もう一つが中国東北部(満州)を事実上の植民地(「満州国」)にした日本軍である。蒋介石は、日本と戦う前に国内を固めるとして、共産党攻撃を優先した。これに対して国内で争わず日本に抵抗せよとの声が高まり、ついに蒋介石の国民党と毛沢東の共産党は「国共合作」に踏み切る。
まあこの説明は簡略すぎるし、もう少し詳しいことを知っている人も多いだろう。国民党も共産党も、そういう公式的な解釈では理解できない複雑な面もあった。だけど、非常に簡単に書けば、1937年に日中全面戦争が始まった時に、共産党軍は「八路軍」として正規の抗日部隊として認められていた。日本の攻撃で、蒋介石は首都の南京から、武漢へ、そして「抗日首都」重慶へと移りながら抵抗をつづけた。アメリカやイギリスは中国を支援したが、その援助物資は重慶の国民党を腐敗させ、共産党への支持が大きくなっていく。
1945年8月に大日本帝国が敗北した時、正式な中国政府は蒋介石の「中華民国」(国民政府)である。だけど、この勝利は「惨勝」と言われたように、破壊された国土の中で、国共両党の内戦が復活しただけだった。次第に共産党が優勢となり、1949年10月1日、北京で中華人民共和国の成立が宣言された。しかし、その時に蒋介石と国民党は、日本の植民地から「解放」されたばかりの台湾に政府を移したのである。もっと簡単に言えば、逃亡したわけである。
こういう経緯からすれば、その後、まあ文化大革命など様々な悲惨事があったとはいえ、中華人民共和国が全土を支配する統治機構を持つ、有効な全国政府であることは疑えない。だから、中国の正統政府は中華人民共和国である。この原則はいまさら変更できない。それに中国近代史を見れば判る通り、中国共産党が革命に勝利したのは、日本の中国侵略にもっともよく抵抗したからである。かつて日本は日清戦争の勝利により台湾を植民地とした。そういう日本が台湾の国際的位置に関して発言することは、慎まないといけない。内容がどんなことであれ、中国だけでなく、(かつて第二次大戦では中国の同盟国だった)アメリカなどの誤解を招きかねない。「外交的センス」のなさに世界を呆れさせるだろう。
人民共和国成立後、中国側は「台湾統一」を叫ぶものの、アメリカと結ぶ台湾を武力で統一できる海軍力はなかった。一方で、人民共和国建国の翌年に、朝鮮戦争が起こり、中国は劣勢に立たされた北側を支援して「義勇軍」を送り、大変な人的、経済的負担を強いられた。(それが現在に残る「中朝の血の絆」になる。)だから、台湾統一にさける余裕はなかったのである。今に至るまで、台湾が中国本土と違う政治体制を続けてこられたのは、こういう東アジアの複雑な現代史によるものである。
だけど、台湾は1895年以来、120年間も大陸中国から切り離されてきた。そこでは独自の歴史、独自の文化が生まれるのは当然である。特に1975年に蒋介石が死んだのち、息子の蒋経国が後を継ぎ、少しづつ政治や社会の民主化が進められていった。経済的にも本土に先がけて工業化に成功し、韓国やシンガポール、香港と並んで「アジアの4匹の龍」と言われるまでになった。中国本土が1989年の天安門事件以後、政治的自由が極度の制限されているのに対し、民主主義的成熟度では台湾が圧倒的にリードしているのが事実だ。
となると、どうなるか。事実上、台湾側は「中国全土の正式国家」だという主張を今はしていないけど、だからと言って「台湾独立」は認められない。一方、中国は世界的大国として、台湾問題を軍事的に解決しようとすることは認められない。日本が政府レベルで守るべきことは、以上二つの原則になるだろう。だけど、まあ、僕は政府の立場ではないから、中国はウィグル族やチベットに対する自治を検討するべきだと思う。そういう中で、将来的には台湾も「高度な自治」という形で、統一が可能になる日が来るかもしれない。しかし、そのためには中華人民共和国における「政治改革」が先決となる。複数政党制が導入されれば、台湾と同じということになるのだから。
だけど、そういう遠い将来のことは置いて、当面は「独立」も、「統一」もないという現状を維持しないといけない。台湾は「チャイニーズ・タイペイ」という名前でオリンピックに参加し、中台交流も維持されるべきだろう。民進党政権が誕生して、ギクシャクしているのが実態だろうが、いずれ何らかの解決が図られることを期待したい。なんだか長くなってしまったけど、こういう問題が背後にあるから、蓮舫氏は「二重国籍」だなどと簡単に発言してはいけないということである。判っていて挑発しているなら困ったことで、「右派」が国政の運営に責任感がないということだ。知らないならもっと困ったことだけど。
蓮舫氏が二重国籍だったと非難する人がいるわけだが、では「どことどこの国の二重国籍なのか」と問えば、何と答えるのだろうか。もちろん一つは「日本国」だけど、もう一つはどこか。マスコミ等も「台湾籍」と書いているけど、そうなってくると「台湾は国なのか?」という大問題が発生する。そこに関しては、日本政府としては「台湾を国と認めているわけではない」と答えるしかないだろう。
「台湾」は、「中華民国」という「国名」を持っている。日本も、1972年9月29日までは「中華民国」を承認していた。田中角栄内閣による「日中国交回復」、それをもたらした「日中共同宣言」により、日本は中華人民共和国を承認した。それに伴い、自動的に日本と中華民国間の外交関係は断絶することになった。以後、ずっとそのままながら、民間交流という形で双方の関係は維持されている。
「中華民国」は、だんだん世界的な孤立が進んでいるけれど、今もなお世界で22か国が承認している。だけど、政治的、経済的な大国である「中華人民共和国」を無視できる重要国はないと言っていい。だから、いまも「中華民国」を承認している国は小国ばかりである。太平洋やカリブ海の島国が多く、中米のパナマ、ニカラグア、ホンジュラスなんかが大きい方になる。中国は少しでも「寝返り」を期待して援助を持ち掛け、一方台湾側も援助で引き留めているという熾烈な争いが続いている。
この「台湾問題」は、朝鮮半島の南北分断とはまた違った意味を持っている。戦後の米ソ冷戦の中で、東西ドイツ、南北朝鮮、南北ヴェトナムなどの「分断国家」があった。(ドイツは冷戦終結後の1990年に統一し、ヴェトナムは1975年に北が武力で統一した。)その分断のいきさつはそれぞれだが、(細かくなるので省略)お互いに「自分が正しい」と主張はするものの、「分断されている事実」そのものは認めていた。だから、両方の国と国交を持つことは可能になる。日本もある時点で東ドイツや北ヴェトナムを承認していた。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)だって、実は日米仏などの数か国を除いて、世界のほとんどの国と国交を持っていて、南北双方と国交を有することが可能である。
でも、それは中国に関してはありえない。どっちかとしか正式な国交は持てない。それが「一つの中国」の原則である。この原則は中華人民共和国が世界に求めたものだが、世界各国も認めているわけである。その差はどこにあるのか。中国の場合は、戦後の国際関係で生じた分断ではなく、国内で起こった革命戦争の勝者と敗者がいるだけだということだろう。中国史に時々出てくる、全国統一までの間に一時的に存在した「単なる地方政権」だという扱いになるんだと思う。
中国近代史は、国土が外国勢力に踏みにじられた歴史である。だから、「国土統一」は中国政府(だけでなく国民にとっても)非常にナーバスな問題である。日本ももちろん「踏みにじった側」だし、イギリスやフランス、ドイツ、アメリカ、ロシア…世界の重要国はみな同じである。そこからの抵抗の中で、1911年の辛亥革命が起き、清国が倒れ中華民国が誕生した。(ちなみに、中華民国はアジア初の共和国、つまり君主制ではない国である。)
だけど、この中華民国もなかなか統一されず、指導者の孫文の死後、後継者の蒋介石によって、ようやく国土統一がなされる。しかし、蒋介石を脅かす存在があった。一つが毛沢東を指導者とする中国共産党、もう一つが中国東北部(満州)を事実上の植民地(「満州国」)にした日本軍である。蒋介石は、日本と戦う前に国内を固めるとして、共産党攻撃を優先した。これに対して国内で争わず日本に抵抗せよとの声が高まり、ついに蒋介石の国民党と毛沢東の共産党は「国共合作」に踏み切る。
まあこの説明は簡略すぎるし、もう少し詳しいことを知っている人も多いだろう。国民党も共産党も、そういう公式的な解釈では理解できない複雑な面もあった。だけど、非常に簡単に書けば、1937年に日中全面戦争が始まった時に、共産党軍は「八路軍」として正規の抗日部隊として認められていた。日本の攻撃で、蒋介石は首都の南京から、武漢へ、そして「抗日首都」重慶へと移りながら抵抗をつづけた。アメリカやイギリスは中国を支援したが、その援助物資は重慶の国民党を腐敗させ、共産党への支持が大きくなっていく。
1945年8月に大日本帝国が敗北した時、正式な中国政府は蒋介石の「中華民国」(国民政府)である。だけど、この勝利は「惨勝」と言われたように、破壊された国土の中で、国共両党の内戦が復活しただけだった。次第に共産党が優勢となり、1949年10月1日、北京で中華人民共和国の成立が宣言された。しかし、その時に蒋介石と国民党は、日本の植民地から「解放」されたばかりの台湾に政府を移したのである。もっと簡単に言えば、逃亡したわけである。
こういう経緯からすれば、その後、まあ文化大革命など様々な悲惨事があったとはいえ、中華人民共和国が全土を支配する統治機構を持つ、有効な全国政府であることは疑えない。だから、中国の正統政府は中華人民共和国である。この原則はいまさら変更できない。それに中国近代史を見れば判る通り、中国共産党が革命に勝利したのは、日本の中国侵略にもっともよく抵抗したからである。かつて日本は日清戦争の勝利により台湾を植民地とした。そういう日本が台湾の国際的位置に関して発言することは、慎まないといけない。内容がどんなことであれ、中国だけでなく、(かつて第二次大戦では中国の同盟国だった)アメリカなどの誤解を招きかねない。「外交的センス」のなさに世界を呆れさせるだろう。
人民共和国成立後、中国側は「台湾統一」を叫ぶものの、アメリカと結ぶ台湾を武力で統一できる海軍力はなかった。一方で、人民共和国建国の翌年に、朝鮮戦争が起こり、中国は劣勢に立たされた北側を支援して「義勇軍」を送り、大変な人的、経済的負担を強いられた。(それが現在に残る「中朝の血の絆」になる。)だから、台湾統一にさける余裕はなかったのである。今に至るまで、台湾が中国本土と違う政治体制を続けてこられたのは、こういう東アジアの複雑な現代史によるものである。
だけど、台湾は1895年以来、120年間も大陸中国から切り離されてきた。そこでは独自の歴史、独自の文化が生まれるのは当然である。特に1975年に蒋介石が死んだのち、息子の蒋経国が後を継ぎ、少しづつ政治や社会の民主化が進められていった。経済的にも本土に先がけて工業化に成功し、韓国やシンガポール、香港と並んで「アジアの4匹の龍」と言われるまでになった。中国本土が1989年の天安門事件以後、政治的自由が極度の制限されているのに対し、民主主義的成熟度では台湾が圧倒的にリードしているのが事実だ。
となると、どうなるか。事実上、台湾側は「中国全土の正式国家」だという主張を今はしていないけど、だからと言って「台湾独立」は認められない。一方、中国は世界的大国として、台湾問題を軍事的に解決しようとすることは認められない。日本が政府レベルで守るべきことは、以上二つの原則になるだろう。だけど、まあ、僕は政府の立場ではないから、中国はウィグル族やチベットに対する自治を検討するべきだと思う。そういう中で、将来的には台湾も「高度な自治」という形で、統一が可能になる日が来るかもしれない。しかし、そのためには中華人民共和国における「政治改革」が先決となる。複数政党制が導入されれば、台湾と同じということになるのだから。
だけど、そういう遠い将来のことは置いて、当面は「独立」も、「統一」もないという現状を維持しないといけない。台湾は「チャイニーズ・タイペイ」という名前でオリンピックに参加し、中台交流も維持されるべきだろう。民進党政権が誕生して、ギクシャクしているのが実態だろうが、いずれ何らかの解決が図られることを期待したい。なんだか長くなってしまったけど、こういう問題が背後にあるから、蓮舫氏は「二重国籍」だなどと簡単に発言してはいけないということである。判っていて挑発しているなら困ったことで、「右派」が国政の運営に責任感がないということだ。知らないならもっと困ったことだけど。