尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「オーバー・フェンス」

2016年10月06日 21時46分05秒 | 映画 (新作日本映画)
 昨日書いた佐藤泰志原作を映画化した「オーバー・フェンス」を見た。原作以上に、主演のオダギリジョー蒼井優の圧倒的な存在感が印象的な青春映画である。監督は山下敦弘で、今年はもうすぐ「ぼくのおじさん」(北杜夫原作)の公開も控えている。佐藤泰志原作の映画化では、「海炭市叙景」が熊切和義、「そこのみにで光り輝く」が呉美保だから、みな大阪芸大芸術学部映像学科出身である。比べてみるのも面白いと思うが、細かいことは忘れてしまったので、誰かにおまかせ。

 東京で働き、結婚し、子どもも生まれた。仕事に明け暮れしているうちに妻の心が壊れ、離婚して故郷の函館に戻った白岩オダギリジョー)。職安に行ったら、職業訓練校の建築科が空いているといわれて通っている。一人でアパートに暮らし、弁当と缶ビール2本を買うだけの毎日。

 訓練校では様々な事情で来たやる気のない仲間たちがいて、教官は各科対抗のソフトボール大会の練習に余念がない。原作ではこの訓練校のメンバーの様子がもっと詳しく書かれている。原作の佐藤泰志は、1981年に函館に戻った時に、実際に訓練校に通っていた。原作には、炭鉱が閉山になって通っている戦争体験者なんかも出てくるが、さすがに今の時点の映画化では変えられている。

 訓練校の仲間、代島松田翔太)に誘われ、ある日白岩はキャバクラに連れていかれ、そこで不思議な感じを漂わせる女性、(さとし、蒼井優)に出会う。聡は男名前だが、「親が頭おかしい」と言うのだった。実は前に彼女を見たことがあり、その時には「ダチョウの求愛」を路上でやっていた。代島から、聡は函館公園で働いていると聞き、訪ねていく。そこには遊園地と動物園があり、聡は動物の真似をして見せるのだった。

 この函館公園の設定は原作にはない。実際に函館南部にある古い公園だけど、そこのロケが面白い。蒼井優の設定は不自然だけど、「壊れかけた女」の怪しい魅力を、動物の演技をすることで鮮やかに印象付けている。この映画の蒼井優は、初期の岩井俊二「花とアリス」や代表作と言える李相日「フラガール」などの素晴らしいダンスシーンに匹敵するような肉体演技をしている。動物の真似と言うことなんだけど、なんとも忘れがたいほど精神と肉体の狭間の危なさを表出している。

 どうしようもなく聡にひかれていく白岩なんだけど、どうして「バツイチ」なんだか聡に説明が難しい。別れた妻と会うことになり、やはり別れを確認する。(前妻は優香がやってるけど、原作には出てこない。ちょっとイメージが違う感じがするけど。)そんな中、訓練校でも人間関係のあつれきが起こるが、そんな中でソフトボール大会の日が近づいてくる。白岩は聡に見に来てくれと頼んでいたが…。

 映画は実際に「函館高等技術専門学院」でロケされているという。場所を見ると、結構北の方で、五稜郭よりもっと北にある。「職業訓練校」は法に基づき各地にあるけど、名前は様々なんだという。中学や高校からも行く場合があるので、僕も説明会や生徒引率で何回か行ったことがある。東京では、今は「職業能力開発センター」と言ってる。映画では、なんといっても山田洋次監督「学校Ⅲ」を思い出すが、あれはもっとずっと年上の通所者を描いていた。こっちの方がずっと現実っぽい。

 函館はよく映画に出てくる。映画祭もあるし、風景も映画向きである。でも「オーバー・フェンス」には観光的要素は全くなく、函館の日常的風景を描く。それでも画面の奥に市電が出てくるだけで、なんとなくムードが高まる。そんな街の何気ない風景がなつかしい。原作以上に、登場人物二人の「愛の物語」になっていると思う。(原作は「青春労働小説」の匂いが強い。)蒼井優の「危なっかしさ」が切ないけど、ちょっと重いなあと感じるときもある。山下監督得意の、不思議ムードの青春映画になってるかもしれない。
コメント
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