尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

黒川博行「破門」とマカオのカジノ

2016年12月16日 23時17分12秒 | 〃 (ミステリー)
 黒川博行の直木賞受賞作「破門」(2014)が文庫化(角川)されたので、さっそく読んだ。黒川博行の本は、いつも面白くて満足するんだけど、直木賞ノミネート6回目にして、この本でやっと受賞に至った。映画化されていて、来年早々公開予定。今年大竹しのぶ主演で映画化された「後妻業の女」の原作「後妻業」も文庫に入ったので読んだ。映画は見てないけど、ミステリーとしては「破門」の方が面白い。

 「破門」は「疫病神シリーズ」の第5作で、僕は全部は読んでないけど、最初の「疫病神」と次の「国境」は抜群に面白い。「国境」は多分「破門」より面白かったと思うから、これで直木賞を取るかと期待した。(その時は、山本一力「あかね空」と唯川恵「肩越しの恋人」が受賞し、石田衣良や乙川優三郎も落選した激戦回だった。)ヤクザの桑原と建設コンサルタントの二宮が「腐れ縁」で動き回るようすを、絶妙の関西弁会話で追っていく。会話に引きずられ、いつのまにか作品世界にどっぷり浸かってしまう。

 二宮はカタギなんだけど、父親が組長だったので幼いころからヤクザ世界に近かった。稼業のコンサルタントも、要するに建設業界のヤクザ対策みたいなこと。いつの間にか、何かというと絡んでくる「イケイケ」のヤクザ、桑原に付きまとわれるようになっている。今回はなんと映画製作。関西で一番映画を作ったともいう小清水なるプロデューサーが、「フリーズ・ムーン」という日韓、それに北朝鮮も絡むアクション映画を作るという。ついては(「国境」で)北朝鮮まで見ている二宮たちにも助言を求めたい…てな成り行きで、自分たちも映画に投資することになる。ところが、ところが…。

 まず、最初の映画作りの実際の話が面白い。黒川博行は大の映画ファンということで、細部の取材も行き届いている。昔のように、大映画会社がどんどん自社で製作する時代ではないから、企画の後で製作委員会を作って出資を募る。当たればいいけど、こけたら大損。一種のバクチ的な仕事である。会社で作るなら、当たった映画で当たらない映画を帳消しにできるけど、今はなかなか難しい。ところで、この小説では映画製作どころでなく、途中でプロデューサーが金持ってトンズラする。

 桑原たちはその裏を探って、どんどん深みにはまってしまうのは、例によっての展開。ついにはマカオのカジノまで出かけてゆく。ウィキペディアによれば、作者は大のギャンブルファンで、若いころは阿佐田哲也(色川武大)の世話になったという。直木賞受賞時の記者会見でも、賞金の使い道は、マカオに行こうと思うと言って沸かせたと出ている。そんな作者の実体験が、実に見事に造形化されていて、これがカジノかとよく判る。とにかく絶対に儲からない。

 他のギャンブルに比べても、格段に高額な金が動く。競馬や競輪は一日にそんなにできない。馬を一日も何度も走らせるわけにはいかない。だけど、ルーレットは一日に何度も回せるし、バカラやブラックジャックなどのカードゲームもいくらでもできる。パチンコは一日中やってる人もいるだろうが、一日で何千万とか何億とかなくすことはない。依存症は多いだろうけど、カジノみたいに一日に何百万も儲けるとか損するという世界はカジノだけ。自分の金で損するだけならいいけど、多くの人は借金しても損を取り返そうとする。近寄らない方がいいなと思った。

 いや、そういう場のヒリヒリするようなスリルが想像できないわけじゃない。やみつきになれば、それは他の何物にも代えがたい魅力なんだろうと思う。でも、冷静に考えれば、まずは負けるわけ。なのに何故やるか。作者は二宮に「ま、いうたら、滅びの美学ですね」と言わせている。なるほど、そういうもんか。では、国と町の尊厳を捨てて、カジノを作って客を呼びたいという発想も、一種の「滅びの感覚」(美学とは言えない)がベースにあるのかなと思った。国が衰退に向かうと、そういう人が出てくる。

 ま、それはともかく、黒川博行の小説は、外れなく面白い。いやあ、こんな展開でいいんかいと思いつつ、知らない世界をのぞく面白さ。とにかく会話が面白く、あっという間に読めるけど、元が長いかからやっぱり数日掛かってしまう。疫病神シリーズもいいけど、悪徳警官ものの「悪果」もムチャクチャ面白い。たまにこういう本を読んで、厄落としというか、そういうことをするのは必要だと思う。
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