尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大傑作「カササギ殺人事件」

2019年01月24日 22時50分32秒 | 〃 (ミステリー)
 長大な「幕末維新変革史」を読み終わってから、ようやくミステリー三昧。ごひいきのマイクル・コナリーの新作「贖罪の街」、いまや文庫に入らないと読まないジェフリー・ディーヴァー「スキン・コレクター」、続いて「ミレニアム」シリーズの4部、5部。全部上下2巻、合計8冊を読みふけった。いよいよアンソニー・ホロヴィッツカササギ殺人事件」(創元推理文庫)に取り掛かったが、この巧緻な作品の下巻の半ばでインフルエンザにより中断してしまい、ようやく読み終わった。

 年末の各種ミステリーランキングで1位を獲得し、ミステリーファン以外にも読まれている。よく練られた構成と圧倒的な独創性で、ものすごく面白い。確かに近年になく本格的な「フーダニット」(犯人探し)の大傑作だ。しかも、古風な英国田園ミステリーでありつつ、現代風メタ・ミステリ-でもある。なにより「謎を追う楽しみ」に満ちている。ジャンル小説を読む楽しみである。

 「カササギ殺人事件」って言うけど、それはこの本の中で出版予定の小説の名前である。アラン・コンウェイの「アティカス・ピュント」シリーズの第9作。ポアロにも匹敵する大人気シリーズ? そんなものは知らないのも道理。それはこの本の創作で、語り手はそのシリーズ編集者のスーザン・ライランド。新作を持って帰ってさっそく読み始めたけど、この本が運命を変えてしまった。

 劇中の「カササギ殺人事件」はいかにも昔風の英国推理小説で、なかなかよく出来ている。1955年サマセット州、広大な屋敷に住む貴族一家、謎のありそうな村人たち。屋敷の家政婦が階段から転落死しているのが見つかり、村では噂が広がってゆく。別の事件も発生し、ついにアティカス・ピュントが警察に協力することになる。アティカスはドイツ生まれのユダヤ人で、ホロコーストを一人生き延びた。戦後にイギリスに来て多くの事件解決したと言われる。

 いかにも昔風の設定で、イマドキこんな小説があるかとも思うが、いろんな人物の出し入れが上手で飽きない。怪しげな人物、秘密を抱えた人間はどこにもいる。平時には隠れているが、いったん事件が起きれば村人たちの「心の闇」があぶり出される。でもどうも犯人が判らないまま上巻は終わりに近づく…。そして下巻になると、話が全然違ってしまうのだ。最後の真相部分が見つからないまま、下巻では著者のアラン・コンウェイが死んでしまうのだ。

 下巻では「わたし」が真相を求めて、さまざまな人に会い続ける…。しかし、現実(小説内での「現実」)も小説(小説内での「小説」)も、真相にたどり着くんだろうか。と思うと、すべての伏線を完全に解決するラストが待っている。世の中は複雑で、あまりにも多くの不要な伏線(怪しいように思える行動)がある。作者の置いた「躓きの石」が実にうまくて、あちこち引きずり回される。

 アンソニー・ホロヴィッツ(1955~)はずいぶんたくさん書いてきたらしい。「女王陛下の少年スパイ!」などの若者向けシリーズで評価され、テレビのポワロシリーズなどの脚本も手掛けた。コナン・ドイル財団やイアン・フレミング財団公認の続編も書いている。つまり実に器用な人物だから、、いろいろと使われて、出版界やテレビ界を見て来たんだろう。この小説が初めての本格長編で、構想15年とある。中に「トリックの盗作」問題が出てきて、凡作が盗作により見事に化けるシーンがある。シロウトの凡作を見事に書いてしまうなど達者すぎる腕だ。
 (カササギ)
 なおカササギ(magpie、マグパイ)はカラスの一種で、ユーラシア大陸に広く分布している。朝鮮半島では昔から珍重されてきたが、日本にはあまりいない。佐賀県の県鳥だが、東京にはいないのでよく知らない。欧米では「おしゃべり好き」の意味があるという。あるいは「黒白まだら模様」とも。なかなか考えられたタイトルだ。しかし、パイ屋敷のサー・マグナス・パイなんてのは現実にはない名前なんだろうと思う。
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