韓国のホン・サンス監督が最近好調である。ベルリン映画祭では、『夜の浜辺でひとり』(2017)が主演女優賞、『逃げた女』(2020)が監督賞、『イントロダクション』(2021)が脚本賞、そして『小説家の映画』(2022)が審査員大賞と、3年連続計4回受賞している。この間、2021年の『あなたの顔の前に』はカンヌ映画祭オフィシャル・セレクションに選ばれ、2022年のキネマ旬報ベストテン10位に入賞した。でも僕はホン・サンスの映画は苦手であまり見て来なかった。
1996年の『豚が井戸に落ちた日』がデビューだから今年で27年になるが、最新作『小説家の映画』は何と長編映画27作目である。作りすぎで、とても全部見ていられない。短い映画が多く、『逃げた女』は77分、『イントロダクション』は66分、『あなたの顔の前に』は85分、そして今回の『小説家の映画』は92分である。最近ではムダに長い映画が多く、短いのは体力的にありがたい。だが、この時間ではどうしても本格的人間ドラマになるはずもなく、淡彩的人間スケッチが多くなる。それもいいけれど、『それから』『逃げた女』なんか、えっ、これで終わっちゃうの的ラストに驚いてしまった。
最新作『小説家の映画』公開に合わせ、江東区菊川に出来た小さな映画館「Stranger」で特集上映をやっていたので、『あなたの顔の前に』と近作2本を続けて見てみた。どっちもなかなかゴキゲンな映画で、満足感が高い。ホン・サンス映画と言えば、2015年の『正しい日 間違えた日』以来、キム・ミニが主演を務めることが多かった。いつの間にか、この二人は「公私ともにパートナー関係」と言われるようになって、それはつまり「不倫」なので、韓国映画界から無視されている感じ。だが、2本の最新作にはイ・ヘヨンという大女優が主演していて、それが功を奏している。イ・ヘヨン(1962~)は80年代以後に、数多くの舞台、テレビで活躍してきた人だという。映画にもずいぶん出ていたようだが、あまり意識したことがなかった。

『小説家の映画』はモノクロ映画だが、ホン・サンス映画では「今どき珍しく」とは言えない。カラー映画だと、あれ今回はカラーなのかと思うぐらいである。イ・ヘヨン扮するジェニは有名小説家らしいが、最近はしばらく書いていない。今日はやはり作家を引退状態の後輩がやっている書店兼カフェを訪ねるところ。ちょっと小耳にはさんで会いに来たという。その後、近くのタワーに寄ると、ちょっとした知り合いの映画監督夫妻に出会う。そのタワーはユニオンタワーと言われている。調べてみると、ソウル東方の河南市にあって漢江を望める。ソウルのベッドタウンだが、ちょっと都心から離れたという感じだろう。
(『小説家の映画』)
ジェニと監督夫妻はタワーを下りて散歩しようと思うと、そこで女優のギルス(キム・ミニ)と出会う。ギルスは人気があったのに、しばらく仕事をしていない。陶芸をやってる夫と静かに暮らしているらしい。監督はそれは良くないと批判したが、ジェニはギルスは大人なんだから自分で決めればいいと反論する。二人は気があって、ジェニはギルス出演の映画を作ってみたいと言い出す。その後、食べに行くことになったが、ギルスに電話が掛かって来る。急に人が少なくなったので詩人との会食に来ないかという。ギルスはジェニも一緒にどうかと誘う。もうこの辺でこの映画の仕掛けが判ってくる。
(『小説家の映画』)
この映画の中心的な登場人物である、ジェニとギルスは「とても知られている人だが、最近は仕事に行き詰まっている」という共通点がある。それがひょんな出会いから、小説家であるジェニが映画製作を思い立つのである。出会いが出会いを呼ぶ「奇跡の一日」が生み出した映画とは…? 知り合いにばかり偶然出会うのは、普通ならおかしいけど、この映画ではあまり不自然には感じない。そのような「仕掛け」で作られたエッセイのような映画だと判っているからだ。会話だけでドラマらしいドラマも生まれないが、とても気が楽になる映画。ラストに出て来る劇中劇(映画中映画)はカラーでハッとする。

その前の『あなたの顔の前に』はイ・ヘヨン演じるアメリカ帰りの元女優サンオクが突然帰国して始まる。妹のマンションにいるが、かつて突然駆け落ちしてアメリカに行ったため、妹とも疎遠になってきた。今何故帰って来たのかも妹には言わない。時々神様に向かって心の中で語りかけるだけ。ある日は思い立って、姉妹で川沿いのカフェに朝食を取りに行く。なんて言うこともない会話が続き、甥(妹の息子)が始めたというトッポッキ屋に行ってみる。その後会食に向かうが、時間と場所が急に変わったため、幼い頃に住んでいた梨泰院に寄ってみる。そして会食に行くと、そこではサンオクに出演依頼した映画監督がいる。
(『あなたの顔の前に』)
この映画監督は次作『小説家の映画』でも映画監督をやってる。クォン・ヘヒョという俳優で、近年のホン・サンス映画には出突っ張りで、「この人は一体何なんだろう?」という観客を苛立たせる役柄を巧妙に演じている。『それから』の出版社の社長役が印象的だが、独善性を体現するような役柄をいつも楽しげにやっている。『冬のソナタ』にキム次長役で出演していた人である。この映画も短いながら、人生のエッセンスを巧みに切り取って見事。キム・ミニは出演せず、プロデューサーに回っている。ちょっとした場面で、ハッとしたりホッとしたりする。上手いなあと思った。
(ホン・サンス監督とキム・ミニ)
ホン・サンス(洪常秀、1960~)の映画は人を選別するかもしれない。好きな人にはハマってしまう魅力があるらしい。僕はそこまで好きじゃないけど、この2作に関してはキャリア・ベスト級かもしれないと思う。韓国映画という範疇で考えると、たくさん作られている犯罪や恋愛の大作映画とは全然違い、イ・チャンドンやパク・チャヌク、ポン・ジュノなどのアート系の世界的巨匠とも違う。というか、世界の誰とも違う独自のタッチの映画を作り続けて来た。その軽いタッチのエッセイ風映画も、次第に手法的に洗練を極めて、人生の深淵に触れる瞬間をサラッと描くのである。
1996年の『豚が井戸に落ちた日』がデビューだから今年で27年になるが、最新作『小説家の映画』は何と長編映画27作目である。作りすぎで、とても全部見ていられない。短い映画が多く、『逃げた女』は77分、『イントロダクション』は66分、『あなたの顔の前に』は85分、そして今回の『小説家の映画』は92分である。最近ではムダに長い映画が多く、短いのは体力的にありがたい。だが、この時間ではどうしても本格的人間ドラマになるはずもなく、淡彩的人間スケッチが多くなる。それもいいけれど、『それから』『逃げた女』なんか、えっ、これで終わっちゃうの的ラストに驚いてしまった。
最新作『小説家の映画』公開に合わせ、江東区菊川に出来た小さな映画館「Stranger」で特集上映をやっていたので、『あなたの顔の前に』と近作2本を続けて見てみた。どっちもなかなかゴキゲンな映画で、満足感が高い。ホン・サンス映画と言えば、2015年の『正しい日 間違えた日』以来、キム・ミニが主演を務めることが多かった。いつの間にか、この二人は「公私ともにパートナー関係」と言われるようになって、それはつまり「不倫」なので、韓国映画界から無視されている感じ。だが、2本の最新作にはイ・ヘヨンという大女優が主演していて、それが功を奏している。イ・ヘヨン(1962~)は80年代以後に、数多くの舞台、テレビで活躍してきた人だという。映画にもずいぶん出ていたようだが、あまり意識したことがなかった。

『小説家の映画』はモノクロ映画だが、ホン・サンス映画では「今どき珍しく」とは言えない。カラー映画だと、あれ今回はカラーなのかと思うぐらいである。イ・ヘヨン扮するジェニは有名小説家らしいが、最近はしばらく書いていない。今日はやはり作家を引退状態の後輩がやっている書店兼カフェを訪ねるところ。ちょっと小耳にはさんで会いに来たという。その後、近くのタワーに寄ると、ちょっとした知り合いの映画監督夫妻に出会う。そのタワーはユニオンタワーと言われている。調べてみると、ソウル東方の河南市にあって漢江を望める。ソウルのベッドタウンだが、ちょっと都心から離れたという感じだろう。

ジェニと監督夫妻はタワーを下りて散歩しようと思うと、そこで女優のギルス(キム・ミニ)と出会う。ギルスは人気があったのに、しばらく仕事をしていない。陶芸をやってる夫と静かに暮らしているらしい。監督はそれは良くないと批判したが、ジェニはギルスは大人なんだから自分で決めればいいと反論する。二人は気があって、ジェニはギルス出演の映画を作ってみたいと言い出す。その後、食べに行くことになったが、ギルスに電話が掛かって来る。急に人が少なくなったので詩人との会食に来ないかという。ギルスはジェニも一緒にどうかと誘う。もうこの辺でこの映画の仕掛けが判ってくる。

この映画の中心的な登場人物である、ジェニとギルスは「とても知られている人だが、最近は仕事に行き詰まっている」という共通点がある。それがひょんな出会いから、小説家であるジェニが映画製作を思い立つのである。出会いが出会いを呼ぶ「奇跡の一日」が生み出した映画とは…? 知り合いにばかり偶然出会うのは、普通ならおかしいけど、この映画ではあまり不自然には感じない。そのような「仕掛け」で作られたエッセイのような映画だと判っているからだ。会話だけでドラマらしいドラマも生まれないが、とても気が楽になる映画。ラストに出て来る劇中劇(映画中映画)はカラーでハッとする。

その前の『あなたの顔の前に』はイ・ヘヨン演じるアメリカ帰りの元女優サンオクが突然帰国して始まる。妹のマンションにいるが、かつて突然駆け落ちしてアメリカに行ったため、妹とも疎遠になってきた。今何故帰って来たのかも妹には言わない。時々神様に向かって心の中で語りかけるだけ。ある日は思い立って、姉妹で川沿いのカフェに朝食を取りに行く。なんて言うこともない会話が続き、甥(妹の息子)が始めたというトッポッキ屋に行ってみる。その後会食に向かうが、時間と場所が急に変わったため、幼い頃に住んでいた梨泰院に寄ってみる。そして会食に行くと、そこではサンオクに出演依頼した映画監督がいる。

この映画監督は次作『小説家の映画』でも映画監督をやってる。クォン・ヘヒョという俳優で、近年のホン・サンス映画には出突っ張りで、「この人は一体何なんだろう?」という観客を苛立たせる役柄を巧妙に演じている。『それから』の出版社の社長役が印象的だが、独善性を体現するような役柄をいつも楽しげにやっている。『冬のソナタ』にキム次長役で出演していた人である。この映画も短いながら、人生のエッセンスを巧みに切り取って見事。キム・ミニは出演せず、プロデューサーに回っている。ちょっとした場面で、ハッとしたりホッとしたりする。上手いなあと思った。

ホン・サンス(洪常秀、1960~)の映画は人を選別するかもしれない。好きな人にはハマってしまう魅力があるらしい。僕はそこまで好きじゃないけど、この2作に関してはキャリア・ベスト級かもしれないと思う。韓国映画という範疇で考えると、たくさん作られている犯罪や恋愛の大作映画とは全然違い、イ・チャンドンやパク・チャヌク、ポン・ジュノなどのアート系の世界的巨匠とも違う。というか、世界の誰とも違う独自のタッチの映画を作り続けて来た。その軽いタッチのエッセイ風映画も、次第に手法的に洗練を極めて、人生の深淵に触れる瞬間をサラッと描くのである。