二村真弘監督のドキュメンタリー映画『Mommy マミー』をようやく見た。この映画は和歌山カレー事件を現時点で検証し直す映画である。8月3日に公開されて評判になったのは知っていたが、東京で上映しているシアター・イメージフォーラムが駅から遠く猛暑の時期は避けたくなる。今日は駅直結の柏・キネマ旬報シアターでやってるので見に行くことにした。
1998年に起きた和歌山カレー事件は、よく覚えてない(または年齢的に知らない)という人もいるだろう。ホームページからコピーすると「1998年7月25日、和歌山市園部地区の夏祭りで提供されたカレーを食べた67人が急性ヒ素中毒を発症、そのうち4人が死亡。同年12月、和歌山県警はカレーへのヒ素混入による殺人と殺人未遂容疑で林眞須美を逮捕。1999年5月、初公判。林眞須美は、過去の保険金詐欺は認めるものの、カレー事件をはじめとするヒ素関連事件については否認。続く二審からは無実を訴えた。2009年5月、最高裁で死刑が確定。戦後日本で11人目の女性死刑囚となる。2024年2月、弁護団が3回目の再審請求を和歌山地裁に申し立てる。林眞須美は現在も大阪拘置所に収容されている。」と出ている。
(林眞須美夫妻)
林眞須美死刑囚は一切の供述をしなかったので、動機は不明とされたたまま状況証拠の積み重ねで確定した死刑判決だった。発生当初の大報道は今も鮮明に覚えている人が多いだろう。事件発生現場付近に「怪しい夫婦」がいると報道され始め、その林夫婦は保険金詐欺で暮らしているなどと大報道がなされた。今回はもちろん死刑囚本人には取材できないが、息子が案内して今は施設で暮らしているらしい夫はよく語っている。また同居していた男性がいて、その家にも直撃取材を行っている。
そこら辺は非常に興味深いシーンなのだが、全体的には「冤罪映画」としては飯塚事件を扱った『真実の行方』の方が「面白い」だろう。面白さで比べちゃいけないだろうが。両者の違いはこの映画では捜査員が全く取材に応じないことである。検察官や裁判官(故人であると判明する)まで直撃しているが、もちろん何も語らない。(守秘義務があるから本来語る方がおかしい。)飯塚事件は死刑執行後に再審請求している事件だから、捜査当局側も「適正な捜査だった」と広報したいんだろう。一方、和歌山カレー事件は再審請求しているが、一般的には「もう終わった事件」である。今さら取り上げられたくないと思う。
一番の問題は「鑑定」ということになる。裁判を支えた捜査段階の鑑定人が出て来て説明する。そしてそれに反対意見を述べる有力な学者が登場する。問題は「ヒ素が同一かどうか」である。林宅にはヒ素が存在したが(当時はシロアリ駆除などのためヒ素を所有する家庭も多かったという)、そのヒ素と事件当時のカレーやカレーに入れた時に使用したとされる紙コップから検出されたヒ素が同一物質かどうか。ヒ素は皆同じかと思うと、産地ごとに「亜ヒ酸」の化学的組成がかなり異なっているという。
兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」で行われた鑑定の結果、ヒ素は同一由来とされた。それはおかしいと批判されるが、僕には判定が難しい。「パッと見」で同一パターンと見るのは危険と批判されているが、「パッと見」なら同じに見えるとは僕も思った。再審過程でもう一回再鑑定をするべきだろうが、日本の裁判所はそれを認めていない。「ヒ素が違うと新たに証明された」と断言出来るほど原審での鑑定が揺らぐのかどうか。僕にはそこまで判らない。再審請求で鑑定が問題になっていることは知識として持っていたが、その内容は難しくて(現時点では)判断出来ない。
(二村監督)
僕は死刑廃止論者なので、この事件が冤罪かどうかに関わらず死刑制度は無くすべきだと思っている。では「冤罪なのか」と「有罪判決が正しいのか」はまた別の問題だ。再審請求が行われても裁判官の裁量範囲が大きすぎる。原審段階の未提出証拠もあるだろうし、鑑定は疑問が出されたらやり直してみるべきだ。関係者は口を開かない中で、二村監督はラスト近くで、関係者の車にGPS発信器を取り付けようとして「不法侵入」で警察の取り調べを受ける。(示談が成立して不起訴と出る。)監督の暴走で終わる映画で、監督は「無実」を信じているのだろう。そういうタイプの映画で、そこが面白くもあり、大丈夫かなとも思う。
二村真弘監督は1978年生まれで、日本映画学校卒業後多くのテレビドキュメンタリーを作ってきたという。「見る当事者研究」(2015)、「情熱大陸/松之丞改め神田伯山」(2020)、「不登校がやってきた」シリーズ(21~/NHK BS1)などがあると出ている。今回が映画初監督作品。東京では忘れられ、現地では「タブー」とされている事件を追う情熱は見事。製作陣の勇気を称えて、見ておくべきだと思う。
1998年に起きた和歌山カレー事件は、よく覚えてない(または年齢的に知らない)という人もいるだろう。ホームページからコピーすると「1998年7月25日、和歌山市園部地区の夏祭りで提供されたカレーを食べた67人が急性ヒ素中毒を発症、そのうち4人が死亡。同年12月、和歌山県警はカレーへのヒ素混入による殺人と殺人未遂容疑で林眞須美を逮捕。1999年5月、初公判。林眞須美は、過去の保険金詐欺は認めるものの、カレー事件をはじめとするヒ素関連事件については否認。続く二審からは無実を訴えた。2009年5月、最高裁で死刑が確定。戦後日本で11人目の女性死刑囚となる。2024年2月、弁護団が3回目の再審請求を和歌山地裁に申し立てる。林眞須美は現在も大阪拘置所に収容されている。」と出ている。
(林眞須美夫妻)
林眞須美死刑囚は一切の供述をしなかったので、動機は不明とされたたまま状況証拠の積み重ねで確定した死刑判決だった。発生当初の大報道は今も鮮明に覚えている人が多いだろう。事件発生現場付近に「怪しい夫婦」がいると報道され始め、その林夫婦は保険金詐欺で暮らしているなどと大報道がなされた。今回はもちろん死刑囚本人には取材できないが、息子が案内して今は施設で暮らしているらしい夫はよく語っている。また同居していた男性がいて、その家にも直撃取材を行っている。
そこら辺は非常に興味深いシーンなのだが、全体的には「冤罪映画」としては飯塚事件を扱った『真実の行方』の方が「面白い」だろう。面白さで比べちゃいけないだろうが。両者の違いはこの映画では捜査員が全く取材に応じないことである。検察官や裁判官(故人であると判明する)まで直撃しているが、もちろん何も語らない。(守秘義務があるから本来語る方がおかしい。)飯塚事件は死刑執行後に再審請求している事件だから、捜査当局側も「適正な捜査だった」と広報したいんだろう。一方、和歌山カレー事件は再審請求しているが、一般的には「もう終わった事件」である。今さら取り上げられたくないと思う。
一番の問題は「鑑定」ということになる。裁判を支えた捜査段階の鑑定人が出て来て説明する。そしてそれに反対意見を述べる有力な学者が登場する。問題は「ヒ素が同一かどうか」である。林宅にはヒ素が存在したが(当時はシロアリ駆除などのためヒ素を所有する家庭も多かったという)、そのヒ素と事件当時のカレーやカレーに入れた時に使用したとされる紙コップから検出されたヒ素が同一物質かどうか。ヒ素は皆同じかと思うと、産地ごとに「亜ヒ酸」の化学的組成がかなり異なっているという。
兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」で行われた鑑定の結果、ヒ素は同一由来とされた。それはおかしいと批判されるが、僕には判定が難しい。「パッと見」で同一パターンと見るのは危険と批判されているが、「パッと見」なら同じに見えるとは僕も思った。再審過程でもう一回再鑑定をするべきだろうが、日本の裁判所はそれを認めていない。「ヒ素が違うと新たに証明された」と断言出来るほど原審での鑑定が揺らぐのかどうか。僕にはそこまで判らない。再審請求で鑑定が問題になっていることは知識として持っていたが、その内容は難しくて(現時点では)判断出来ない。
(二村監督)
僕は死刑廃止論者なので、この事件が冤罪かどうかに関わらず死刑制度は無くすべきだと思っている。では「冤罪なのか」と「有罪判決が正しいのか」はまた別の問題だ。再審請求が行われても裁判官の裁量範囲が大きすぎる。原審段階の未提出証拠もあるだろうし、鑑定は疑問が出されたらやり直してみるべきだ。関係者は口を開かない中で、二村監督はラスト近くで、関係者の車にGPS発信器を取り付けようとして「不法侵入」で警察の取り調べを受ける。(示談が成立して不起訴と出る。)監督の暴走で終わる映画で、監督は「無実」を信じているのだろう。そういうタイプの映画で、そこが面白くもあり、大丈夫かなとも思う。
二村真弘監督は1978年生まれで、日本映画学校卒業後多くのテレビドキュメンタリーを作ってきたという。「見る当事者研究」(2015)、「情熱大陸/松之丞改め神田伯山」(2020)、「不登校がやってきた」シリーズ(21~/NHK BS1)などがあると出ている。今回が映画初監督作品。東京では忘れられ、現地では「タブー」とされている事件を追う情熱は見事。製作陣の勇気を称えて、見ておくべきだと思う。