尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「入籍」と「婚姻」の違いー戸籍制度考①

2023年08月18日 22時35分58秒 | 社会(世の中の出来事)
 「マイナンバーカード」及び'「マイナ保険証」を考えていく中で、「戸籍制度」を考えてみたい。本来、「マイナンバー」と「戸籍」は重大な関係にあるはずだが、日本ではそういう認識さえほとんどないのが現状だ。そして、まさにいま自分にとっても大問題。「相続」では、どうしても「戸籍謄本」を何通か取らざるを得ない。そのことについては次回に書きたい。

 まずは「羽生結弦選手の入籍」に関して。「プロ・フィギュアスケーター」というか、「元フィギュアスケート選手」というべきか、とにかく冬季五輪で2回連続して金メダルを獲得した「羽生結弦」選手(本来なら難読人名だが、誰でも読めるだろう)が「結婚」したと報道された。それが8月4日で、何でもその日はおめでたい日だそうだ。藤田ニコルもその日に結婚した。

 その日は「一粒万倍日」にして「天赦日」、かつ「大安」なんだという。「大安」というのは、確かに昔から聞いていた。しかし、「一粒万倍日」なんて最近になるまで聞かなかった。「天赦日」に至っては、今回初めて聞いた。昔は「大安」「仏滅」「友引」などの「六曜」は「迷信」だと多くの人が言っていた。こういう迷信は近代化した日本では無くすべきだと言われていたが、結局無くならなかったのである。これも「僕らの敗北」かもしれない。

 さて、そういう「おめでたい日」の発表なんだから、羽生結弦選手はこの日に「結婚」したのだろう。しかし、羽生選手の発表では「入籍」としか書かれていない。普通は「結婚式」をするとか、「結婚記者会見」を行うものだ。あるいは、相手に関して報告するか、または「相手は一般人なので、名前などは発表しない」旨の断りをするか。それら一切の発表が何もないから、いろんな憶測もないではないようだ。当日発表のコメントを以下に添付するが、確かにこれでは「結婚」なのかどうかも不明である。

 昔はよく「結婚」のことを「入籍」と表現していた。その後、事実として「入籍」は間違いなので、近年はあまり使わないようになってきたと思う。結婚した場合、親の戸籍を脱して自分(たち)独自の戸籍が作成される。だから、結婚の場合はどちらかと言えば「出籍」という方が正しいだろう。というか、「出籍」したあとに「創籍」するのである。それまでの戸籍には、○○と婚姻届提出のため「除籍」と書かれる。名前の欄には大きく「×」印が書かれるのである。
(結婚した場合の戸籍)
 じゃあ「入籍」というのは何だろうか。それは「養子」に入った時である。それはいわゆる「婿養子」ではない。法的に家族制度は無くなっているので、「婿」も「嫁」も今はない。結婚した夫と妻は同じ姓を名乗る決まりで、それは新しい姓ではダメなので「夫または妻の姓」にすることになる。それはともかく、本当の意味で誰かの「養子」になる場合、「養親」の戸籍に入ることになる。自分より年少者の養子になることは出来ないが、1歳でも上回っていたら家族間でも(兄や姉の養子でも)可能である。

 結婚相手と同じ戸籍になることを、「同じ戸籍に入る」と表現して「入籍」と呼ぶ風習がいつの頃からか出来たのだろう。それは「同じ戸籍に入れない」場合、つまり「同性愛者」などを排除することになる。だから、僕は「結婚」を「入籍」と表現するのは、もう止めた方が良いと思っている。「婚姻届を提出した」と言えば良いのではないか。なお、羽生選手の事情について、僕は特に知りたいわけじゃない。普通なら、相手は誰だとワイドショーなんかで大騒ぎになるだろうが、世界中にファンが多い羽生選手の場合、安易に騒ぐと「炎上」しかねないので放置されているらしい。

 誰にもプライバシーの権利があるから、本人が秘しておきたいなら探す必要もないだろう。そういう有名人も増えてきたと思う。子どもの有無、性別等も公表しない人が多くなってきた。逆に子どもの写真などをたくさんSNSに挙げていると、こっちの方が心配になったりする。そういう時代が良いか悪いか。もう僕にどうしようもないけれど、羽生選手のケースを取り上げて「入籍」と「結婚」の問題を書いてみた次第。
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