吉田裕(よしだ・ゆたか、1954~)氏の中公新書「日本軍兵士」は2017年12月に出た本で、何でもかなり売れてるらしい。最近近現代史の本は、一応買ってもすぐには読まないことが多い。知ってることが多いし、知らないことは細かすぎる。むしろ自分の専門じゃない中世史や世界各国の歴史の方を読んでしまう。でも、ようやくこの本を読んだことで、アジア太平洋戦争の歴史は今に通じる問題だと改めて感じた。少し続けて考えてみたい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/03/c2/b1776d4ed19571f61e7ddf43d2f258fa_s.jpg)
吉田さんの本が中公新書で出るのか。岩波新書なら「昭和天皇の終戦史」「日本の軍隊」「シリーズ日本近現代史 アジア・太平洋戦争」と3冊もある。これらの本も別にそんなに難しい本じゃないけど、今回の「日本軍兵士」を読んで、とてもわかりやすいので驚いた。史料の引用にあたって、仮名遣いはもちろんだけど、カタカナをひらがなに改めている。それだけでもずいぶん読みやすい。そして「面白い」というとちょっと違うかもしれないが、日本を考えるときの知的好奇心が刺激される。必読の本だと思う。中公から出て今までと違う読者層にも届くとよい。
日本軍兵士の死者には戦病死や広い意味での餓死が多いことは、今までにも取り上げられてきた。この本でも当然触れられているが、今までに考えたことがない視点も多い。例えば軍内の歯科医の問題である。あるいは戦場で広がる水虫。虫歯や水虫で苦しんだ経験は多くの人にあるだろう。でも「死に至る病」ではないから、あまり戦争と関連付けて考えた人はいないだろう。
日本軍は兵站、補給を軽視したから、食料などは現地の人々から調達することを前提にした作戦行動が多かった。それが戦争犯罪を生む原因となる。トラックも少ないから、広大な中国大陸やニューギニア、ビルマなどを徒歩で行軍する。ベストセラーになって映画化もされた火野葦平「土と兵隊」なんか、ひたすら歩きだけのような記録である。そういうことはよく言われていたわけだが、ただひたすら歩く戦場ではちゃんと食べて歯を磨くこともできない。
それがいかに戦力を落とすか。考えてみればすぐに判る。栄養も取れなくなり、体力も落ちて来る。今じゃ歯が痛ければすぐに歯医者に行けるから、何カ月も歯をちゃんと磨かずに無理を続けるとどうなるかを思いつかない。欧米の軍隊ではそれに気付いて軍隊内の歯科医制度があったが、日本軍では歯科医の整備が遅れていた。また無理な行軍を続ければ、足も蒸れて水虫になってしまう。元外務大臣の園田直は戦場でかかった水虫に戦後も長く悩まされ続けたというエピソードが出てくる。今まで気づかなかったので、虫歯や水虫を書いたけど、もちろんそれよりずっと深刻な多くの問題が出てくる。全部書いてられないので目次を紹介しておく。
序章 アジア・太平洋戦争の長期化
第1章 死にゆく兵士たちー絶望的抗戦期の実態Ⅰ
1 膨大な戦病死と餓死
2 戦局悪化のなかの戦病死と特攻
3 自殺と戦場での「処置」
第2章 身体から見た戦争ー絶望的抗戦期の実態Ⅱ
1 兵士の体格・体力の低下
2 遅れる軍の対応ー栄養不良と排除
3 病む兵士の心ー恐怖・疲労・罪悪感
4 被服・装備の劣悪化
第3章 無惨な死、その歴史的背景
1 異常な軍事思想
2 日本軍の根本的欠陥
3 後発の近代国家ー資本主義の後進性
終章 深く刻まれた「戦争の傷跡」
戦争末期に大量の徴兵が必要になり、そのため体格的な面だけでなく、知的なレベルでも従来は軍に取られなかった層も入ってきた。軍では軍人勅諭などの暗唱が必須だが、それもできないとなれば私的制裁の対象となりやすい。また当時は「戦争神経症」と呼ばれた心を病む兵士も多かった。「障がい者と戦争」というのは重大なテーマだ。兵隊に対しては「兵力増強剤」と呼ばれた覚醒剤、商品名ヒロポンも多く使われた。戦後社会で覚醒剤が広がるのは軍から始まるというのも大事な視点だ。軍服や軍靴の驚くべき劣化という問題も大事な指摘だ。
日本軍、あるいは日本社会に根強い人権無視が横行していたことを、特に「身体」という観点から例証している。詳しくない人には、こんなことがあったのかと衝撃も受けるだろう。この認識から正しい戦争観を身に付けないと、未来の日本の道筋を誤るだろう。著者の吉田裕氏は東大卒業後、一橋大学大学院で、近代日本の軍事史を切り開いた現代史家藤原彰氏に学んだ。その後一橋大学で長く教え、2018年に定年退職、一橋大学名誉教授。その藤原彰氏の「餓死した英霊たち」がちくま学芸文庫に入ったので、読み返してみた。次はその本について。
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吉田さんの本が中公新書で出るのか。岩波新書なら「昭和天皇の終戦史」「日本の軍隊」「シリーズ日本近現代史 アジア・太平洋戦争」と3冊もある。これらの本も別にそんなに難しい本じゃないけど、今回の「日本軍兵士」を読んで、とてもわかりやすいので驚いた。史料の引用にあたって、仮名遣いはもちろんだけど、カタカナをひらがなに改めている。それだけでもずいぶん読みやすい。そして「面白い」というとちょっと違うかもしれないが、日本を考えるときの知的好奇心が刺激される。必読の本だと思う。中公から出て今までと違う読者層にも届くとよい。
日本軍兵士の死者には戦病死や広い意味での餓死が多いことは、今までにも取り上げられてきた。この本でも当然触れられているが、今までに考えたことがない視点も多い。例えば軍内の歯科医の問題である。あるいは戦場で広がる水虫。虫歯や水虫で苦しんだ経験は多くの人にあるだろう。でも「死に至る病」ではないから、あまり戦争と関連付けて考えた人はいないだろう。
日本軍は兵站、補給を軽視したから、食料などは現地の人々から調達することを前提にした作戦行動が多かった。それが戦争犯罪を生む原因となる。トラックも少ないから、広大な中国大陸やニューギニア、ビルマなどを徒歩で行軍する。ベストセラーになって映画化もされた火野葦平「土と兵隊」なんか、ひたすら歩きだけのような記録である。そういうことはよく言われていたわけだが、ただひたすら歩く戦場ではちゃんと食べて歯を磨くこともできない。
それがいかに戦力を落とすか。考えてみればすぐに判る。栄養も取れなくなり、体力も落ちて来る。今じゃ歯が痛ければすぐに歯医者に行けるから、何カ月も歯をちゃんと磨かずに無理を続けるとどうなるかを思いつかない。欧米の軍隊ではそれに気付いて軍隊内の歯科医制度があったが、日本軍では歯科医の整備が遅れていた。また無理な行軍を続ければ、足も蒸れて水虫になってしまう。元外務大臣の園田直は戦場でかかった水虫に戦後も長く悩まされ続けたというエピソードが出てくる。今まで気づかなかったので、虫歯や水虫を書いたけど、もちろんそれよりずっと深刻な多くの問題が出てくる。全部書いてられないので目次を紹介しておく。
序章 アジア・太平洋戦争の長期化
第1章 死にゆく兵士たちー絶望的抗戦期の実態Ⅰ
1 膨大な戦病死と餓死
2 戦局悪化のなかの戦病死と特攻
3 自殺と戦場での「処置」
第2章 身体から見た戦争ー絶望的抗戦期の実態Ⅱ
1 兵士の体格・体力の低下
2 遅れる軍の対応ー栄養不良と排除
3 病む兵士の心ー恐怖・疲労・罪悪感
4 被服・装備の劣悪化
第3章 無惨な死、その歴史的背景
1 異常な軍事思想
2 日本軍の根本的欠陥
3 後発の近代国家ー資本主義の後進性
終章 深く刻まれた「戦争の傷跡」
戦争末期に大量の徴兵が必要になり、そのため体格的な面だけでなく、知的なレベルでも従来は軍に取られなかった層も入ってきた。軍では軍人勅諭などの暗唱が必須だが、それもできないとなれば私的制裁の対象となりやすい。また当時は「戦争神経症」と呼ばれた心を病む兵士も多かった。「障がい者と戦争」というのは重大なテーマだ。兵隊に対しては「兵力増強剤」と呼ばれた覚醒剤、商品名ヒロポンも多く使われた。戦後社会で覚醒剤が広がるのは軍から始まるというのも大事な視点だ。軍服や軍靴の驚くべき劣化という問題も大事な指摘だ。
日本軍、あるいは日本社会に根強い人権無視が横行していたことを、特に「身体」という観点から例証している。詳しくない人には、こんなことがあったのかと衝撃も受けるだろう。この認識から正しい戦争観を身に付けないと、未来の日本の道筋を誤るだろう。著者の吉田裕氏は東大卒業後、一橋大学大学院で、近代日本の軍事史を切り開いた現代史家藤原彰氏に学んだ。その後一橋大学で長く教え、2018年に定年退職、一橋大学名誉教授。その藤原彰氏の「餓死した英霊たち」がちくま学芸文庫に入ったので、読み返してみた。次はその本について。