prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「石油の一滴は水の一滴」(シナリオ)

2020年04月18日 | 石油の一滴は水の一滴(シナリオ)
【登場人物】
本多維富(これとみ)発明家と称する詐欺師
東勝熊明治三十七年ニューヨークの警官たちを柔術でなぎ倒して名を上
げた柔術家、のち石油輸入業に手を出して失敗

山本五十六少将
大西瀧治郎大佐

山川信吾中佐本多の発明を最も熱心に支持する
一条実孝公爵

渡辺伊三郎 軍需局第二課長中佐
柳原博光  軍需局第二課第一係長少佐 本多のイカサマをなんとか証明しようとする化学技官 このドラマの主人公

植村澄三郎 油田を探索する実業家
高窪喜八郎 天津教教祖 弁護士 神の山富士山の麓から石油が出るという
お告げを受けたと主張

長尾千鶴子 千里眼の持ち主と称する
長尾郁子  千鶴子の母やはり千里眼の能力がいくらかあると名乗るが、
基本的には千鶴子のマネージャー的役割 
この二人はこのドラマのコロス的役割も果たす。

長谷川村長

〇廃墟(海軍共済組合病院)
その外景。
白黒画面― 全編基本的にモノクロだが、適宜カラーになる(その都度、指定する)。

〇廊下・階段など
人気がなく、がらんとしている。

〇実験室
がらんと広い、遺棄された理科室のような一室。
おそらく実験が行われていたであろう机も一部残っているが大半は撤去されている。
フラスコや試験管、バーナーといった実験器具が机の上や洗い場、整理棚のそこかしかに無造作に置かれている。
母娘の巫女が(長尾郁子・長尾千鶴子)が入ってくる。
母の一応四十歳だが、ひどく老けているようにも娘のようにも見える。
二人の手にした長い棒に火が灯っている。
棒をいったん花を花瓶に挿すようにフラスコに挿し、散らばっているアルコールランプ、バーナー、蝋燭などを部屋のあちこちから集めてくる。
そして方陣を組むように部屋の四隅に配置し、動きを合わせて挿していた棒からそれぞれに火を灯していく。
(炎だけがうっすらと暖色の光を放つ)
すうっと外が曇り、部屋が陰ってくる。
と、炎に導かれるように軍服あるいは白衣といった制服あるいは私服を着た男たちがゆっくりと、儀式のような身振りで入場してくる。
いや、これは死者たちの召喚の儀式なのだ。
白衣を着た科学技官が隅に来て立つ。
郁子がするすると黒子のように寄ってきて、手にした巻物をカメラに向かって広げる。
「柳原博光 化学技官 軍需局課長」
さらにやはり白衣を着たやや年下の技官がその傍らに立つ。
同じく千鶴子が巻物が広げる。
「榎本隆一郎 化学技官 軍需局係長」
うって変わってなんともいえない派手で怪しげな恰好をしたたちが入ってくる。
ひょろっとした植物的な男と、がっちりした格闘家体形の男。
それぞれにやはり巻物で注釈がつけられる。
「本多維富 発明家」
「東勝熊 柔術家」
柳原と榎本と相対するように立つ。
まるでボクシングのチャレンジャーとチャンピオンの対戦前の光景のようでもある。
さらに続く。
「山川信吾 海軍中佐」
「一条実孝 公爵 海軍少佐」
左右対称に、これまで入場したきた男たちのやや上座にあたる位置につく。
また二人、民間人の入場。
「植村澄三郎 実業家」
「高窪喜八郎 天津教教祖 弁護士」
トリという感じで、いかにも偉い感じの軍人二人が入ってくる。
「山本五十六 大日本帝国海軍少将 のち二十七代連合艦隊司令長官」

正面の中央、座敷だったら床柱を背負うような位置に据えられた戦国武将が使うような床几に座る。
「大西瀧治郎 大日本帝国海軍大佐 のち海軍中将神風特攻隊の創始者」
郁子と千鶴子が最後に一番下座につく。
召喚用の炎が消え、画面はまた白黒オンリーになる。
山本「さて、これから一つの実験をしてもらう。対決といっていいかもしれない。その実験が成功するか、失敗するか、またその実験が正しい
手続きで行われたのかどうか。その判定をする」
大西「(挨拶を引き継ぐ)実験してもらうのは本多維富(これとみ)氏。
東勝熊氏が助手を務める」
本多、東、頭を下げる。
大西「対するに、この実験の成否を監視するのは、軍需局の燃料廠製油部長、柳原博光中佐。助手に榎本隆一郎軍需局係長。ともに石油の調達に関わる要職にあり、化学知識も豊富なこのお二人に実験の監督をお願いし
た」
柳原、榎本、同じく頭を下げる。
大西「委員として、高窪法律事務所所長で弁護士の高窪喜八郎氏、日本麦酒株式会社会長の植村澄三郎氏、一条実孝公爵、山川信吾第一航空隊中佐」
それぞれ頭を下げる。
山本「そして、大西瀧治郎大日本帝国海軍大佐」
大西、頭を下げる。
山本「そして、不肖この山本五十六大日本帝国海軍少将が見届け人を務めさせていただく」
全員が頭を下げる。
山本「では、水から石油を作る実験、始めっ」
T「石油の一滴は水の一滴」
柳原、憮然とした調子でカメラに向かって語りかける。
「バカバカしい。バカバカしいのにも程がある。なんでこんなことをしなくてはいかんのだ」
語りかける間、集まった人間たちは能の演者のようにぴたっと動きを止めている。
柳原「私があの本多という男と会ったのは、もう十年以上前、大正十四年のこと、ところは山形県庄内だった」

〇ひなびた農村(以下、カラー)
稲を刈り取った後の田んぼが広がっている。

〇農家・前
大きな鍋が用意され下に薪が並べられ、その傍らで種火が熾っている。
集まっている村人たち。
積み上げられている藁束。
本多「ここにこの村から出た藁があります」
と、藁を集まった一同に見せてから鍋に入れる。
鍋にはすでに水が張ってある。
本多「それから、取り出しましたる私が発明いちしましたこの秘薬」
と、取り出した物々しい容器から何か加え、蓋をする。
本多「これを加えまして、煮立てまする」
火を熾して煮る。
村人たち、じっと注視している。
ややあって蓋を開けると、中が白っぽいふわふわした物に一変しているので、村人たちが驚きの声を上げる。
棒で中をすくって引き上げると、糸状のものがひっかかって上がってくる。
それを村長(長谷川)に差し出す。
本多「改めてください」
、吹いて冷ましてからほぐしてしげしげと見る。
「(顔中に驚きの色が広がる)絹だ。絹だぞ」
どよめきが広がる。

〇軍需局研究室
びっしり壁に化学・工学に関する専門書が並んでいて、その間に辛うじて机と椅子が置いてある。
渡辺が机についている
ノックの音がして、柳原が入ってきて敬礼する。
柳原「柳原、参りました」
渡辺「ご苦労。座りたまえ」
軍人ではあるのだが、それほど堅苦しい所作ではない。
渡辺「実はだな、一つ調べてほしいことがあるのだ」
柳原「何でしょう」
渡辺「君は藁を絹糸に変えることができると思うかね」
柳原「は?(当惑する)藁を、絹糸に、ですか?」
渡辺「どうかね」
柳原「ご質問の意味がわかりかねますが」
渡辺「まあそうだろうな。実はだな、藁を絹糸に変える技術というのを開発したと主張する男がその技術を軍に売り込みに来たのだよ」
柳原「(言下に)ありえませんな」
渡辺「そう思うかね」
柳原「思う、ではありません。科学の法則に反することです。藁は植物性、絹は動物性、全く別物です」
渡辺「だが牛は草を食って肉になるぞ」
柳原「しかしそれには極めて複雑な工程が牛の体内で行われた結果であり、現在の人類の技術では到底再現不可能なものです」
渡辺「それができる、と言っているのだな」
柳原「誰が、ですか」
渡辺「この男だ」
と、写真を添えた資料を机の上に出す。
本多の写真だ。
柳原「どんな男ですか」
渡辺「名を本多維富(これとみ)という。自称発明家だ。どんな経歴なのかはっきりしない。ただ山形県庄内の農村を手始めに藁から絹糸を作って見せて、安い藁を高価な絹に変えることができればこれは村の経済に大いに貢献するものではないかと売り込んできた」
柳原「そんなことが実際にできたとでも言うのですか」
渡辺「少なくとも村人を集めた前での実験では成功したそうだ」
柳原「信じられませんな」
渡辺「まあそうだろう。しかしこのように新聞記事にもなり―」
と、資料をめくってスクラップされた新聞記事を見せる。
柳原「(読み上げる)日本国建国以来の大発明」
と書かれている見出し。
柳原「(読み上げる)" 藁一貫が絹五匁になるとして、ほとんどただの物が一円二十銭になると。しかも、わらだったらほとんど無尽蔵に供給できる。庄内は米の名産地として有名であるが農家の収入は必ずしも多いとは言えないその状況を根底から改善する日本国建国以来の大発明である。" …しかしこれですとこの記事を書いた記者の主観による判断でありますね」
渡辺「そうだな」
柳原「産業というものは科学に基づくものであり、科学には主観の入り込む余地はないのであります」
渡辺「もちろんそんなことはわかっている。ただこの発明を支持しているのは新聞社だけじゃないのだ」
柳原「どういうことでしょう」
渡辺「まず村人たちだ。記事にも出ているが、村の生活は豊かとは言えない。現金収入の道があれば飛びつきたくなるのは人情だろう」
柳原「しかし出来もしない絹でつるのはこれは詐欺ではありませんか。その設備を整えるのに出資を募っているのでありませんか」
渡辺「まさにその通りだ」
柳原「でしたら村人たちにその誤りを指摘し詐欺師から守るべきでありませんか。ありもしない希望を持たせるのは罪作りですし、金銭的な損害をもたらすのは明白です」
渡辺「だからその役目を君に果たしてもらいたいのだ」
柳原「しかし自分は科学技術に携わる者とはいえ、身分は軍人です。なぜそのような役目を仰せつかるのでしょうか。それは警察の役目ではありませんか」
渡辺「確かにそうだ。だがこの話はまだはっきり詐欺と証明されたわけではないし、もし詐欺だと表沙汰になったら村にとっては大きな恥になる。
柳原「はい」
渡辺「それと、実を言うとな。すでに本多たちは庄内創絹協会と言う組織を設立してあちこちに出資を募っているのだ。それから」
と、声を潜める。
渡辺「私の知り合いにも出資を呼びかけられている者がいる。困ったこと彼はかなり乗り気なのだ。あまりおおっぴらにインチキを暴くと彼にも恥をかかせることになる。そこで内密に頼める君にお願いするのだ」
柳原「わかりました。及ばずながら全力を尽くします」
渡辺「よろしく頼む」

〇長谷川の家・中
長谷川「いやー、確かにこの目で見たんですよ。わらを鍋に入れて水と何かの薬と一緒にいると白いふわふわの糸の塊に変わったんで。調べてみましたが、確かに本物の絹でした」
柳原「どんな薬か話しましたか」
長谷川「いやそれは極秘だということで、教えてもらっておりません」
柳原「その薬の値段というのを聞いていますか」
長谷川「いいえ」
柳原「もちろんどうやって作るかも聞いていませんよね」
長谷川「はい」
柳原「工場の建設はもう始まっていますか」
長谷川「まだですけれども、資金はかなり集まっています」
柳原「必要なのは水と藁と、その薬だけなんですね」
長谷川「へえ」
柳原「つまり、それほど大掛かりな設備は必ずしも必要ではないわけだ」
長谷川「まあそうですが」
柳原「でしたら、早いうちに少しでも絹を作って売って資金に充てるのが良いのではないでしょうか」
長谷川「でも本多さんが、設備が大掛かりな方が生産量も多くなるって」
柳原「実際に作るところを見たいのです」
長谷川「なぜです。(色をなして)インチキだとでも。田舎者は無知だからインチキが見破れなくて騙されそうだから、お偉い博士様が助けてやろうと、こ
ういうわけですか」
はっきり怒りの色が長谷川の顔面に現れている。
柳原「いえ、そういうわけでは」
長谷川「大体、あなたはどういう資格と権限でお調べになろうというのですか。あなたが出資なさってるとでも言うのならば分かりますけれどもね」
柳原「わかりました。そうおっしゃるのでしたら、私も少額ながら出資いたします。その上で実際に藁を絹糸に変えるところを見せていただきたい」
長谷川「まあそういうことでしたら、否やは申しますまい」
柳原「では。場所と日時は後日改めて打ち合わせるということで」
×    ×
藁を改めて何か仕掛けがないか調べる柳原。
同じように鍋、竈、薪、水、それから本多が持っている薬瓶を調べる。
本多、表情を変えないで柳原のチェックを眺めている。
長谷川ほか、数人の村人が立ち会っている。
柳原がチェックを終え、軽く頷く。
本多が作業を始める。
じっと見張っている柳原。
目が細かく動いている。
本多の手。
鍋。
薬瓶。
藁。
炎。
それらひとつひとつを注視する。
だが、怪しいところは発見できない。
ややあって― 柳原の目の前に絹糸が絡んでいる棒が突き出される。
本多「ご確認ください」
柳原、言葉がない。
やむなく、絹をとってしげしげと見る。
本多「間違いなく絹でしょう」
柳原、不承不承うなずく。
長谷川「(勝ち誇ったように)ほら、本物でしょう」
柳原、酢を飲んだような顔で黙っている。

〇剣道場
柳原と渡辺が対峙している。
主将「はじめっ」
激しい打ち合いが始まる。
渡辺はビシビシと容赦なく柳原を打ち据える。
主将「やめいっ」
打ち合っていた剣士たち、手を止めて面を外す。
渡辺と柳原も表面上は普通に試合を終えたような顔をしている。

〇同・外
渡辺と柳原が連れ立って歩いている。
渡辺「それでインチキは見破れなかったというわけか」
柳原「申し訳ありません。しかし」
渡辺「しかし、何だというのか」
柳原「あれは、あのインチキを見破るのは科学知識とはまた別のものだと思います」
渡辺「何だというのか」
柳原「科学者は必ずしも手品のタネに精通しているわけではありません。手品に関しては科学者といえどもただの素人です」
渡辺「手品、か」
石井が横手から現れる。
石井「困っているようだな」
柳原「申し訳ありません」
渡辺「私の不徳の致すところであります」
石井「早く言えばイカサマ、目くらましについて詳しい者がいれば良いのだな」
渡辺「それがよろしいかと」
石井「心当たりがある」
渡辺「どのような」

〇神社・境内(夜)
露店が並んでいる。
威勢のいい啖呵売の声が響いている中、私服の柳原、渡辺、石井が連れだってやってくる。
なんでこんなところに、という当惑の色が柳原の顔に浮かんでいる。
見世物小屋の前で、石井が立ち止まる。
呼び込みの口上が響く。
口上を述べているのは、(冒頭に一種の巫女として出てきた)長尾郁子。
小屋の外壁の一部が切り取られたようになっていて、中の喧騒が見えるが、肝腎の出し物はちらちらとしか見えない。
いぶかしげな柳原、渡辺。
と、そこに別の軍人ふたり(山川信吾中佐・一条実孝侯爵=少佐)がやってくる。
山川に敬礼する石井。
柳原と渡辺もそれに倣う。
石井「恐れ入ります」
山川「では、入るか」
と、自分から小屋の中に入っていく。
開いていて中の様子が少し見える。
観客でごった返しているのがわかるが、肝腎の出し物はちらちらとしか見えない。
当惑気味の柳原。
渡辺「おい」
柳原「は」
中に入る。
一条はスーツ姿だが、位が高い山川の方が遠慮して頭を下げて先導するような態度をとる。

〇見世物小屋・中
怪しげな出し物が展開している。
大蛇を身体に巻いている半裸の女―これも冒頭で巫女として現れた長尾千鶴子。
見ている三人の軍人(技官だが)。
座席はなく、客は全員立ち見。
当惑している柳原。
千鶴子、踊りを終え、さらに小さな蛇を出してくる。
蛇を頭から飲んでいく。
飲んだ先は下ではなく、上の方に向ける。
やがて、鼻の孔から蛇の頭が出てくる。
その出てきた蛇の頭をつかんで、口と鼻の間に通った通路をごしごしこする。
柳原、こういうゲテモノは見慣れていないのか、肝を潰す。
山川はひどく喜んだ調子で見ている。
蛇を改めて引きずり出し、全体を客席に見せる。
固唾を呑む観客たち。
千鶴子、蛇の頭を食いちぎる。
柳原、腰を抜かしそうになる。
千鶴子、食いちぎった頭を舞台の袖にぷっと吹いて捨て、残りの胴体を客席に投げ込む。
わあっとむしろ楽しそうに逃げ惑う客たち。
郁子「はい、この出し物はこれでおしまい、次のお客様に場所を譲ってください」
混乱の中、さらに入ってきた客に押されて、押し出されてしまう柳原たち。

〇同・外
出てくる柳原たち。
柳原「(息を整えて)失礼ですが、今の見世物がイカサマを見破るのに何の関係があると言われるのですか」
山川「まあ待て。出し物はあれだけではない」
また入場料を払って中に入る。
柳原「また入るのですか」
渡辺「こら」
しぶしぶ後に続く。

〇中
今度は半裸の千鶴子が火のついた百目蝋燭を持ってあらわになった肌に融けた蝋を垂らしている。
そしてやおら炎を眼前に持ってくると、何を口に含んでいたのか火炎を口から噴射する。
仰天する客たち。
また追い出されてしまう柳原たち。

〇外
またすぐ入場料を払って再入場する一同。

〇中
今度は「千里眼」と大書された前に、着替えた千鶴子と郁子が出演している。
郁子「はい、どなたかお相手していただけるお客様はいらっしゃいませんか」
渡辺、柳原の脇を肘でつつく。
やむなく、手を挙げる柳原。
郁子「はい、そこの軍人さん」
柳原、やむなく舞台に上がるる
郁子「(にこにこしながら小声で)冷やかしはごめんに願いますよ」
柳原「冷やかしではない」
郁子「疑っていらっしゃる。わかるんだ」
柳原「あんたが占うのかね」
郁子「あたしじゃあない。この子(千鶴子)が千里眼を使うんだ」
それからね。占いじゃあない。千里眼さ。見通せるんだ。これから起こることも隠されてるものもね」
柳原「手品なんだろう、千里眼というのは」
郁子「試してみるかい」
柳原「試す」
郁子「もちろん」
柳原「お願いしよう」
郁子「(客に向かって)この軍人さんは、この子(千鶴子)の千里眼を試すそうだよ」
わーっと客たちが盛り上がる。
その間、ずっと千鶴子は黙って空を見つめて座っている。
×    ×
千鶴子は目隠しをして椅子に座っている。
その背後に衝立が置かれて、少し離れて柳原が花札を持っている。
柳原、花札を一枚ずつあげて客に見せていく。
もちろん位置からしても目隠ししていることからも千鶴子には見えるはずがない。
千鶴子「松に鶴…梅に鶯…芒に月…」
全部当たっている。
そのたびに客が湧く。
柳原「当たってるんですか」
と、また一枚引く。
千鶴子「(まったく表情を変えず)紅葉に鹿」
郁子「おや、シカトだよ」
渡辺「(客席で)シカト?」
山川「鹿の絵で十月だからな。鹿がそっぽ向いてるだろう。それでシカト。妙に合ってる(と、変な調子で笑う)」
郁子「おい、おしまい」
柳原、不満そう。
郁子「信用していただけましたか」
柳原「そうだな…」
千鶴子「(目隠ししたまま、いきなり言う)それはわらを火にくべているんですよ」
一同、え、と当惑する。
特に柳原は驚く。
柳原「(千鶴子に詰め寄る)今、藁を火にくべている、と、そう言ったな?」
千鶴子、黙って目隠しを取る。
柳原「なぜ藁のことなど知っている」
千鶴子、また遠い目をして沈黙を守っている。
郁子「はい、お客さん、お帰りはこちら。またご覧になるときは、お代を払ってからにお願いします」
と、追い出されてしまう。

〇同・外
柳原「我々がここに来るということをどこで聞いたのか」
一条「千里眼ではないと?」
柳原「当然ではありませんか」
渡辺「閣下はどちらでこの者たちをお知りになったのでありますか」
一条「それは、ここに見に来て、に決まっているだろう。あ、こう言い
たいのだな。私のような身分の人間がこのような怪しげな場所に出入りしていいのかと」
渡辺「いえ、そのような」
一条「このような身分だから、このような場所に出入りしたくなるのだ。
もとより、神社の境内に出ている出し物に貴賤の差などあるものか」
しゃべっているうちに、また郁子が出てきて、
「はい、今日はここまで、またのお越しをお待ちいております、ありがとうございました」
と頭を下げながら中の客を出しにかかる。
柳原、その後についていく。

〇中
客席も舞台も人は払ってがらんとしている。
柳原「あの娘はどうした」
郁子「もう休ませました」
柳原「話を聞きたい」
郁子「勘弁して下さいよ。出ずっぱりで疲れているんだから」
柳原「そこをなんとか頼めないか」
郁子「タネ明かしをしろっていうんですか」
柳原「タネがあるということを認めるのか」
郁子「さあ、どうでしょう。たとえあったって言いませんよ。聞くだけ野暮ってもので」
と、がらんとなった土間の掃除を始める。
ひょい、と頭を食いちぎられた蛇を拾い上げる郁子。
たじろぐ柳原。
郁子、蛇の頭に部分を手で握ってから、開く。
と、食いちぎられていた筈の頭が元に戻っている。
柳原「(驚き)どうっているんだ」
郁子「軍人さんがいちいち血を見てびっくりされていては困りますね。
さ、お帰りはあちら」
と、追い出しにかかる。

〇神社・本殿
参拝する柳原たち。

〇長谷川の家
腕を組んでいる長谷川。
その前にいる柳原。
長谷川「いや、本多先生の事業がなかなか進まないのですよ」
柳原「なぜでしょう?」
長谷川「本多先生によると、大がかりに事業化するとなると、鍋ではうまくいっていた実験がうまくいかないというのです」
柳原「で、その事業化するための設備はもうできているのですか」
長谷川「いいえ、資金が集まらないと途中で止まっております。(嘆息して)この村の稼ぎが増えると期待したのですけれどねえ」
柳原「で、本多氏には最近いつ会いましたか」
長谷川「それが、忙しくてなかなか会えないでいるのですよ」
柳原「どれくらい集まりましたか」
長谷川「さあ、よくわからないのですよ。お金の管理は村ではしていな
いもので」
柳原「ではいくら使ったかもわかっていないのですか」
長谷川「ええ。でもいくらも使っていないと思いますよ。まだ工事は始まってませんし」
柳原、憮然としている。

〇見世物小屋・中(イメージ)
舞台で鍋を火にかけている本多。
同じく舞台に立ってそれを見据え、厳しく指さす柳原。
動揺した本多の手から藁がこぼれ落ちて、下の焚火に吸い込まれていく。
勝ち誇ったような柳原―、ふと様子が違うのに気づく。
客席にいる千鶴子がじいっと本多を見ている。
本多はそちらに動揺しているのだ。

〇酒場
本多がテーブル席で浮かない顔で飲んでいる。
そこに体格のいい男―東勝熊がすっと向かいに座る。
疑わしそうな顔を向ける本多。
東「どうしたい、シケた顔して」
本多、知らんぷりで呑んでいる。
東「思ったほど儲からなかったか」
本多「…」
東「あんな小さな村をひっかけたって、いくらも出やしないよ」
本多「…」
東「知ってるぜ。藁を鍋に入れたふりをして燃やしてしまって、鍋に蚕
の蛹を抜いた繭を放り込んでるんだろう。繭はすごく小さく畳めるし、
湯で煮れば鍋いっぱいに膨らむ」
本多「何の話でしょう」
本多「どうしてトンズラを決め込んだかね。あれ以上は金が集まらないと見切りをつけたか、変な軍人だか学者だかがうろうろして目障りだからか」
本多「あなた、どなたですか」
東「ああ、これは失礼した。名乗ると長くなるのでな。まず、俺の名は東勝熊。にしひがしのひがしに、熊に勝つと書く。柔術をやっている。
まあ、見てみろ」
と、スクラップブックを出して広げる。
主にアメリカの新聞の切り抜きが貼り込まれている。
東「(指さして話す)これは、サンフランシスコでボクサーを戦った時の記事。二ラウンド三十二秒でカツクマ・ヒガシがアームロックでギブアップ勝ちとある。単純なアームロックではなくて腕ひしぎ十字固めな
んだが、まあ適当な英語がないからな。これはニューヨークの警察で乱取りした時の記事。警察学校で教えることになったのだが、毛唐は知っての通り図体もでかいし、ましてや警官となると腕っぷしに自信がある
奴がごろごろしている。そういうのを道場に上げて厳しく手玉にとった。
その時の記事だ」
×     ×
古い新聞に載るようなカリカチュア― 小さないかにも日本人といった着物姿の男が身体が倍もありそうな西洋人を投げ飛ばしている図。
ただし、その顔は実物の実物の東とはほど遠く端正。
それがふっと釣り目出っ歯といった西洋から見た日本人のカリカチュアに変貌し、また整った顔に戻る。
×     ×
本多「私も英語は読めます」
東「まあ、そうだろうが」
本多「わたしは柔術家でも格闘家でもありませんが」
東「わかってる。ん、わかってる」
本多「失礼ですが、何の御用でしょう」
東「さて、わしはこのように世界に雄飛してから日本に戻ってきたわけ
だが、ひるがえってわが国を省みるに、重大な不安が存ずることに気づかないわけにいかなかった。重大なる不安、だ。それが何か、君にはわかっているはずだ」
しばらく沈黙が続く。
本多「資源がないということですか」
東「そうだ。その通りだ。これからわが日本国と西欧列強との大相撲、鍔迫り合いはいよいよ激しくなる。これは火を見るより明らかだ。しかし、我が国は残念ながら資源に乏しい。自前で調達できる天然資源は限られている。その点、君の狙いはいい。実にいい。藁から絹糸を作る。知恵を使ってありふれたものから価値の高いものを作る。これは国家に対する大なる貢献である。ただ惜しむらくは」
ぐっと顔を寄せる。
東「小さい、考えることが」
本多、表情は変えない。
東「もっと大きなことを考えなさい。考えるべきなのは、村単位のこと
ではない。国のことだ」
本多「…」
東「植村澄三郎という方を知っているかな」
本多、首を横に振る。
東「日本を代表するビール会社の経営者だ」
本多、ふーんという感じで聞いている。
東「日本伝統の武道に興味と造詣が深い方でもある」
本多「…」
東「武道という線から、わしは知遇を得る機会に恵まれた」
本多「…」
東「(いきなり)ほら、それがいかん」
本多「?」
東「君はずうっとそうやって黙っている。それではいかん」
本多「…」
東「せっかく良いものを持っていても、黙っていてはわからん。わしは
アメリカをはじめ西洋の国々を巡ってきたが、彼らはきちんと言葉にしたものしか通じない。もちろん」
いきなり、テーブルに肘をどんとついて、腕相撲の態勢をとる。
東「言葉を超えて通じるものがあれば、ぐっと有利になる」
本多「お強いのはわかりましたが」
東の手首をつかむ。
本多「私とどんな関係があるのですか」
東「作ってほしいものがあるのだ」
本多「作ってほしい?何をです」
東、にやっと笑って腕相撲のような態勢をほどく。
東「(店主に)ビールもう一本、いや二本だ。日本、ニッポンのために、とな」
と、一人で自分のダジャレに笑うが、本多はにこりともしない。
東「日本の ためにもなるし、大儲けもできる。俺の顔と口と、おまえの腕があればな」
瓶が運ばれてくる。
東「まずは、一献」
と、本多のコップにビールを注ぐ。
本多「では、ご返杯」
と、瓶をとって東のコップに注ぐ―、
ビール瓶から流れ出てコップに注がれたのは真っ赤な液体。
東、驚く。
いつのまにか、本多の手のコップの中身も赤くなっている。
東、コップを鼻先に持ってきて匂いを嗅ぐ。
東「ワインか」
本多、薄く笑う。
本多「お好きな方に」
東「やはり、ビールにしよう。ゲンかつぎではないが」
本多、持っていたコップを卓に置く― ビールになっている。
東、嘆声を漏らす。
東「だが、わしが欲しいのは手品ではない」
本多「誰が手品だと言いましたか。まあ、新しい科学技術は知らない者には魔法としか見えないでしょうが」
東「そうだ、その通りだ」
いつのまにか、そのコップの中身もビールになっている。
二人「(同時に)乾杯」
コップを合わせる。

〇同・玄関
本多と渡辺が車で乗り付け、降りてくる。

〇 同・廊下
歩く二人。

〇同・作戦室・外
渡辺「( ノックして) 渡辺、本多、参りました」
「入り給え」

〇 同・中
入ってきた二人、敬礼して直立不動。
待っていたのは、山本五十六と大西瀧治郎。
部屋の中央に、日本列島だけでなく周辺の、今でいう北方領土や南方、
満洲まで含んだ広範囲( つまり当時の日本領) の地図が置かれている。
そのあちこちに小さなやぐらが置かれている。
山本「ま、そうしゃっちょこばらずに楽にしたまえ」
渡辺「はっ」
と、休めの姿勢はとるが、緊張は解けない。
大西「君たちを呼んだのは他でもない。軍の運営に必要な物資を調達する軍需局の君たちに聞きたいのだが、石油の代わりになる資源というの
はあるかな」
渡辺「代わり、ですか」
大西「知っての通り、我が国には石油が乏しい。ここにおられる山本五十六閣下は、新潟の生まれだ。近くにはいくつもの油田があり、それらで働く人たちも見てきたし、石油というものがどのような役に立つかも、どれほど我が国の防衛、産業に重要なものかも、早くから認識されてきた。しかし、わが日本国が大きくなるにつれて必要な石油もますます多くなる。先の欧州で行われた大戦では、飛行機、戦車などさまざまな新兵器が投入された。船もこれまでのように動力源を石炭ではなく石油由来の重油に変えたところ、機動力が飛躍的に向上した。もはや石炭船では相手にならない。これからは戦争に石油は欠かせない。だが残念ながら、これまでの日本国内だけでは到底まかないきれない」
渡辺「はっ」
大西「樺太、満洲なども掘削しているのだが、思うように油田は見つからない。あとは南方だが、まだ南方には日本が採掘するだけの権益を得るに至っていない」
渡辺「はっ」
すうっと千鶴子と郁子が黒子のように場面に入ってきて、あちこちのやぐらの模型に火をつけていく。
樺太や満洲からも石油が産出しているかのような幻想― 画面から色が抜け、炎の色だけが残る。
と、それまで腕組みして黙っていた山本が何かに取りつかれたような調子で一気に喋る。
両脇を守るように千鶴子と郁子が控える。
山本「( 予言) これから、日本は中国に進出し、満洲に国を作る。だが、満洲国は国際社会の認めるところとならず、国際連盟から調査団が入り、調査の結果、独立国とは認められなくなる。アメリカとの対立が激しく
なり、アメリカは日本に対し、石油を輸出するのを禁止する措置をとる。
国家にとっての血液というべき石油を絶たれた日本は、アメリカに宣戦布告、石油を求めて南方に進出することになる」
千鶴子と郁子、今度は大西の傍らに移動する。
大西「日本軍は初めは勝ち進んだが、ミッドウェイ海戦で敗北してから資源、工業力に勝るアメリカに次第に押され、じりじりと敗北を重ねた。
マリワナ沖海戦に敗れた後、私は『統率の外道』である作戦を指揮する
に至った。神風特攻隊である」

〇富士山麓
日本そのものといった富士山の威容。
車が走っている。
見晴らしのいい場所で停車し、本多と東が降りてくる。
急ぎ足で歩く二人。

〇陣地?
戦国時代のように幕で囲っている。
東「( 幕の外から) 失礼します」
「(声が響く)入りたまえ」
入ってくる二人。
待っているのは、植村澄三郎と高窪喜八郎、それから大西。
植村「やあ、よく来た」
東「久しぶり」
と、親しげに握手する。
東「こちらは日本開闢以来の天才技術者、本多維富氏、こちらは大日本麦酒株式会社会長の植村澄三郎氏」
本多「初めまして」
と、握手する。
東「それから、天堂教の高窪喜八郎」
握手するが、微妙に緊張している。
植村「私から紹介しよう、大日本帝国海軍、大西瀧治郎大佐」
東、軍隊式の敬礼をしかけて、握手に切り替える。
本多も握手する。
床几に腰かける大西。
戦国と昭和初期が富士山をバックに奇妙に混淆した風景。
混淆しているのはそれだけではない。
作戦室にあったのと似たような立体的に誇張された日本地図が置かれているのだが、そこにしつらえられた模型の富士山の向こうに本物の富士山が鎮座している遠近法や虚実が混乱している風景。
( タルコフスキー「サクリファイス」の本物の家と模型の家が同居している風景を参考にすること)
腰かけた二人、そのため、微妙に気が散っている。
模型の富士山の傍らには、やはりミニチュアのやぐらが組まれている。
しかし同じ縮尺ではなく、やぐらの高さは富士山の何倍もあるような作りなので、ますます混乱する。
東「これは何です」
植村「見てわからんかね」
東「石油を掘るやぐらのようですが」
植村「そうだ、そのとおりだ」
東「出るのですか、石油が」
植村「そうだ。そのはずだ」
東「はず?」
植村「まだ出ていないが、きっと出る」
東「何か徴候がありましたか、石油が出る」
高窪「( 口をはさむ) お告げだ」
東「お告げ?」
高窪「天照大神のお告げだ」
東、本多、さすがに当惑している。
高窪「さすがに日本は神国で、富士山は日本を象徴する霊山で、富士山
の麓から国の血液たるべき石油が出るというお告げがあった」
東「ほ、ほほお」
ものすごくわざとらしく感心する。
植村「わしも微力ながら、お国のために尽くそうと考えて、資金を提供して採掘が実現したわけだ」
東「で、出ましたか。石油は」
言った瞬間、どっとやぐらから液体が噴出する。
みるみるその場にいた全員が真っ黒な液体を浴びて真っ黒になる。
狂喜する植村、高窪、それに引きずられて喜ぶ東、本多、大西。
が―、
みるみる液体が透明になっていく。
そればかりか、湯気がたっている。
ただの湯だ。
東「温泉か」
憮然とする植村。
どう反応していいのかわからない本多。
大西がどう反応するのか、自然と注視される。
と、笑いだす。
それも豪快な、呵々大笑といった笑い。
大西「これはめでたい、温泉に漬かってゆっくり英気を養えという霊峰のお告げか」
植村、高窪、顔が立った格好になり、ほっとする。
一堂、調子を合わせて豪傑笑いが伝染していく。
噴出した温泉を浴びながら笑い続ける異様な一団。

〇 富士山が壁の絵になっている銭湯
( あるいは、本物の富士山を借景にしてもよい)
大西を中心に、植村、高窪、東、本多と五人の男たちがお湯に漬かって
いる。
昔のバブルスターの広告のような、おっさんたちが裸のつきあいをして
いるむさくるしい光景。
大西の背中を流す東。

〇 お座敷
芸者をあげてどんちゃん騒ぎ。
大西にお酌しようとする芸者を制して大西にお酌する東。
座が乱れて、それぞれに相手の芸者を選んで姿を消す。
だが、本多は芸者を遠ざけて一人で出ていく。

〇 富士山が見下ろす銭湯
一人でゆっくり湯に漬かっている本多。
湯気で周囲が幻のように歪んでいる― いつの間にか、本多が漬かっている湯舟の中身が真っ黒になっている。 ―石油だ。
壁の富士山が噴火している。
もうもうと噴きあがる火と煙。
湯舟を満たしていた真っ黒な石油が、真っ赤な溶岩に変わっている。
その中で身を焼かれながら大笑する本多。

〇 実験室
白衣を着て、いかにも化学の研究をしている風に、試験管、アルコールランプ、ビーカー、フラスコなどを操っている柳原。
渡辺と大西が入ってくる。
渡辺「ちょっといいかな」
柳原「すみません、ちょっと」
と手が離せない様子。
やっと道具を置き、火を止めて、二人に相対する。
柳原「お待たせしました」
大西「突然で悪いが、聞きたいことがある」
柳原「はい」
大西「水を石油に変えられるかね?」
柳原「はい?( 当惑) 」
大西「水を石油に変えられるかね?」
柳原「すみません、何とおっしゃられたのか」
渡辺「水を石油に変えられるか、と仰せなのだ」
柳原「できるわけがないでしょう」
大西「やはりそうかな」
柳原「はい、できません」
大西「なぜかな」
柳原「それは…( 絶句する) 石油には多くの炭素化合物が含まれており、これが燃料としての主成分なのであります。しかし、水には炭素が含まれておりません。無から有は生じない。これは、言うまでもありませんが、サイエンスの一大原則なのであります」
大西「しかし、水には水素が含まれているだろう。水素は燃料になるはずだ」
柳原「今の技術では水素を安全に管理するのが難しいのであります」

〇 水素自動車のCM(21世紀) のイメージ。
スマートなデザインの車が風光明媚な風景の中を走る。
ナレーション「ガソリン車に代わる、CO2 を出さない、環境にやさしい
未来の車、それが水素自動車」

〇 現代の科学者
が、ひょいと現れる。
「現在、水素は主に原油を精製する際の副産物として採取されています。水から電気分解して採取するのでは、効率が悪すぎます。光触媒で採取する方法も研究されていますが、実用に至っておりません」

〇 実験室
大西「物質が他の物質に変わるということだってあるだろう」
柳原「これ以上変わらない限界というのがあるのです。元素はそれ以上分割できない限界で、水素や炭素、酸素などは元素です」
大西「それくらい知っている。場合によっては別の元素というのに変わることもあると聞いているぞ」
渡辺「は、ないでもありませんが」
柳原、怪訝な顔をして渡辺の顔を覗き込む。
渡辺「長岡半太郎大博士は、水銀を金に変えることは可能であると主張
しております。水銀は原子番号80 、金は原子番号79 でありますので、水銀の核から陽子をひとつ取り除くことで金を生成せしめることは理論的には可能です」
大西「つまり、錬金術は可能だというのかね」

〇 理化学研究所( イメージ)
「理化学研究所」「リケン」の巻物をそれぞれ持って立っている千鶴子と郁子。
白衣を着てマスクをつけた科学者の前に記者団が集まっている。
科学者が水銀を入れた試験管に何か入れると、砂金になってさらさらと出てくる。
見ていた記者団からどよめきが起きる。
科学者がマスクを外すと、本多の顔が現れる。

〇 実験室
渡辺「理論的には、ですが。しかし現実に元素を他の元素に変えた実例もあります」
大西「何かね」
渡辺「ウランです」
大西「ウラン?」
渡辺「ドイツのオットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンらがウランに中性子を照射したのち、生成物にバリウムを発見したのです。ウランも、バリウムも元素です。元素が違う元素に変化したということです。
さらに」
大西「さらに、何だね」
渡辺「これも実現はしていませんが、ウランに高速中性子をぶつけると、イットリウムとヨウ素に分裂して、その時ものすごい量のエネルギーが放出されるだろうと予言されています」

〇 模式図
たくさんの陽子と中性子に見立てられた白い球と黒い球が集まったウランの核に中性子がぶつかり、核が分裂する。

〇 原爆の爆発
数々の実験の実写映像。

〇 実験室
大西「予言、か。科学の世界も占いがかっているな」
渡辺「( むっとして) とんでもありません、すべては厳密なデータと理論から導きだされた予言、というより予想です」
大西「しかし、素人には科学者のやることは魔法にしか見えないこともあるぞ。昔の人間が電気の働きなどを見たら、魔法としか思わないだろう」
渡辺「素人などと、ご謙遜を。閣下が海軍の中でも合理派と呼ばれてい
るのは存じております」
大西「だからというわけではないがな」
柳原、口をはさむ隙がない。
渡辺「何でしょう」
大西「今できないとしても、これから絶対にできないということにはならないのではないかね」
渡辺「まあ、一般論としてはそうですが」
大西「酸素の元素記号はO(オー) だったね」
渡辺「はい」
大西「炭素の元素記号はC だ」
渡辺「はい」
大西「ちょっとそこの黒板に書いてくれないか」
渡辺「はい」
と、柳原にうながす。
大西「大きくO と書いてくれ」
柳原、その通りにする。
大書されたO の文字。
大西「その文字の右端をちょっと消してくれ」
柳原、言われた通りにする。
大西「ほら、C になったではないか」
柳原、渡辺、意味がわからず、きょとんとしている。
大西「酸素のO も、工夫次第では炭素のC にならないでもない」
柳原、渡辺、絶句している。
柳原「…恐れながら、元素記号は便宜的にオキシジェンやカーボンといった英語の頭文字のアルファベットを便宜的にあてはめたもので、本質的な構造とは何の関係はありません」
渡辺「( 制して) 既成の発想にこだわらず、常に新しい発想を求めよという仰せですね」
大西「む…そうだ」
渡辺は柳原がさらに何か言いつのりそうになるのを制止する。
大西「実はだな」
渡辺・柳原「はい」
大西「いるのだ」
渡辺「はい?」
大西「水を石油に変える方法というのを、持ち込んできた者がいるのだ」
柳原「( 思い当たる) 失礼ですが」
大西「何かね」
柳原「その者は、本多維富というのではありませんか」
大西「なぜ知っている」
柳原「いささか関わり合いがありまして」
大西「それなら、話が早い。君が担当してくれ」
柳原「( 声が裏返る) はいっ?」
大西「いま言った通り、私には細かい科学的なことはわからん。判断は君に任せる」
柳原「判断するまでもありません。( 堰を切ったように) 詐欺です。イカサマです。ペテンです」
大西「( 当惑したように) そうかね」
柳原「そうです」
大西「なぜ言い切れる」
柳原「科学的に不可能だからです」
大西「しかし、たった今元素が別の元素になる場合もあると言ったぞ」
柳原「それはよほどの時で、まだ理論上の話で現実化はしていません」
大西「よほどの時とはどういう時だ」
渡辺「( 割って入る) たとえば、太陽は水素が四つ融合してヘリウムの鳴
る時にエネルギーを放出しているのではないかと推測されています」
大西「ほら、現実に起きている出来事ではないか」
柳原「しかしそれもまだ検証されているとは言い難い話で」
大西「理屈はいい」
ぴしっと指を突き付ける。
大西「これは植村澄三郎氏から持ち込まれた話なのだ」
柳原、そう言われてもわからず、きょとんとしている。
渡辺「( 耳打ちする) 実業家のだ。大日本麦酒株式会社の会長の」
大西「この話を無下にするということは、植村氏の顔を潰すということになるのだ。植村氏の顔を潰すとは、わしの顔を潰すということなのだ。わかっているのか」
柳原、そう言われると言い返せない。
大西「この件は君に任せる。以上」
言い切って、さっさと出ていく。
憮然としている柳原。
渡辺「まあ、いいのではないか。前に君が取り逃がした相手を改めてとっちめる良い機会だと思えば」
柳原「正直言って、こんなバカげた実験させられるのは屈辱です。水が石油になる?何を言っているのですか。そんな発明にまともに取り合うなど、どうかしています」
渡辺「とはいっても、大日本麦酒株式会社の植村氏といったら彼自身科学者だ。まるっきりのデタラメと決めつけるのは、どうかな」
柳原「申し訳ありませんが、どれほど大学者でもおかしなことを言い出すことはあります。ニュートンが錬金術を研究していた例もあります」
渡辺「しかしまあ、そんなバカな話が通るわけがない。余計な手間をかけさせて悪いが、頼む」
柳原「…説得してきます」
渡辺「説得?誰を」
柳原「本多に騙されている人たちをです」
渡辺「余計なことをするな。たった今言われたろう」
柳原「軍が詐欺師にひっかかるのを見過ごせというのですか。第一、このような世迷言に耳を貸すこと自体、自分には信じられません」
渡辺「そうむきになると、正しいことを言っていても反発を買うぞ」
柳原、失望の色を見せて黙ってしまう。

〇 植村のオフィス
植村「わしも、俄かには信じられなかった。しかし、確かにこの目で水が石油に変わるのを見たのだ」
柳原「失礼ながら」
と、開いた手を突き出す。
植村「?」
柳原、開いた手を握り、また開く。
何もなかったところに、銅貨がひとつ現れる。
柳原「どうやって出したか、わかりましたか」
植村「いいや」
柳原「素人の私でも、タネを知れば手品は使えます。しかし、手品のタネを隠せば、本当に銅貨を出したといって騙すこともできるでしょう」
植村「私が騙されているというのか」
柳原「失礼ながら」
植村「しかし、石油が日本にとっての血液同然であることは、君も知っ
ているだろう」
柳原「もちろんです。私は軍需局勤務です。軍の需要に対して供給するのが私の任務です」
植村「では、石油の供給に関心があって当然だろう」
柳原「関心がある、ではありません。石油の確保と供給は私の任務です。だからこそ、いい加減な話に乗るのを見過ごすわけにはいかないのです」
植村「いい加減な話だというのか」
柳原「はい。この話に出てきた本多という男を私は知っています。前は藁を絹を変える方法というのを売り込んでいました。そのインチキを暴く一歩前に逃げられてしましましたが、今度は逃がしません」
植村「本当かね」
柳原「もちろんです。逃がさない、というより、初めからひっかかるのを防ぎたいのです。病気は治療以上に予防が大切です」
植村「ふーむ。君の言うことも、もっともではある」
柳原「( 喜色を浮かべ) はい」
植村「しかしこれはだな、一条実孝公爵も乗っていることなのだ」
柳原「公爵がですか」
植村「海軍大佐でもある。また、大正天皇の大喪の礼の官長でもある」
柳原「しかし、これは科学の法則に反する話です。科学の法則はどこの国であろうと、誰に対しても公平平等に正しいか正しくないか定まるものです」
植村「君は科学者だからそう言うのだろうけれどね」
柳原「科学者であろうとなかろうと、正しいか間違っているかには関係ありません。それにあなたも科学者ではありませんか」
植村「どちらかというと、今は経営者だ。それに、科学というのは常に検証されなくてはいけない。検証を経ないで、あらかじめ正しいと決められている法則などない」
柳原「それでしたら、検証をお願いします。厳密な条件で、すり替えやごまかしが一切通用しない条件で検証して下さい」
植村「私に言われてもな。それを決めるのは軍の上層部だろう」
柳原「一技官が上層部に意見を具申するわけにはいきません」
植村「どうかな。わしは上役に対しても言うことは言ったぞ。だから今の地位がある」
柳原「でしたら、一条大佐にお引き合わせください」
植村「身の程を知らん奴だな」
柳原「軍を動かすのに、ありもしない石油を頼りにするわけにはいかないのです」
植村「自分が帝国海軍を動かしているつもりか?」
柳原「石油が帝国海軍を動かしているのは間違いありません」
植村「うるさい男だ。私が口をきくのは筋違いだろう。軍内部の話なのだから、直接かけあえばいい」
柳原「…」

〇 神社
神事が執り行われている。
お祓いをしている一条。
気づくと、お祓いを受ける列の一人に、柳原がいる。
互いに目が合うが、すぐに目を伏せる柳原。
お祓いする一条。

〇 同・社務所
徳利と杯が置かれている。
一条「飲むかね」
柳原「いえ、話を先にさせてください」
一条「いいだろう」
と、手酌でやりながら、
一条「で、何の用かな」
柳原「実はですね」
一条「待った」
柳原「?」
一条「当ててみせよう。例のあれだろう。藁を絹に変える方法とかを売
り込んできた手合いを捕まえたのだろう」
柳原「( 微妙な顔をして) 近いけれども違います」
一条「では、次の昇進はどうなるのか知りたいのかな」
柳原「昇進よりも、今自分ができることをお願いしたいのです」
一条「何かな」
柳原「たった今おっしゃった藁を絹に変える方法を売り込んできた手合
いが、また現れました」
一条「今度は水を石油に変えるとか言っておるのかな」
柳原「ご存じでしたか」
一条「おもしろい男だ」
柳原「おもしろいではすみません」
一条「まあ待ちたまえ。わが日本国は何をしようとしているのかな」
柳原「はい?」
一条「あるいは何をしてきたのかな」
柳原「( 口ごもる) 」
一条「日本は清と戦って勝った。ロシアと戦って勝った。世界有数の大
国と戦って勝ってきた。次の戦いは西洋最大の大国アメリカが相手になる。そして東西の横綱が雌雄を決するのが次の世界大戦ということになる」
柳原「…」
一条「そこで、わしは次の戦いがどうなるか占ってみた」
柳原「占い、ですか」
一条「こう出た。天の時、地の利、人の和に任せよ。天の時はまだ到来しておらぬ。地の利は固めつつある。あとは人の和だ。これからは異なる考えの者たちともつきあい、協和していかなくてはならない。違うか
ね」
柳原「はい。ですが」
一条「わしたちが相手にしているのは本多維富一人ではない。彼の相棒であり、世界を股にかけて柔術ひとつ、身一つで渡ってきた東勝熊という男と語り合うことも、得るものが多い」
柳原「ではありましょうが」
一条「君も異なる考えの者のうちだぞ」
柳原「( 二の句が継げない) 」
一条「で、何の用かな」
柳原「実験をさせていただきたいのです」
一条「それだったら、私に頼むより直接の上司である渡辺中佐に頼めばいいのではないかな」
柳原「もちろん頼みました。しかし、中佐の一存では決められないということで、こうしてお口添えを願いたく参上した次第で」
一条「しかし、一番乗り気なのは、大西瀧治郎大佐ではないかな」
柳原「左様で」
一条「やむを得ないな。では、もっと上から口をきいてもらうしかないか」
柳原「上といいますと」
一条「大佐の上となると、山本五十六少将ということになるな」
柳原「それはちょっと大仰に過ぎませんか。少将にまでお出ましになるような案件とは思えませんが」
一条「話を大きくしたのは、君だよ。いずれにせよ、健闘を祈る」
柳原「は」
一条「では、一杯やりたまえ」
柳原「いえ、私は」
一条「勤務中ではなかろう。言ってみれば、これはお神酒だ。浄めの酒
だよ。武運長久あれかしだよ」
やむなく、杯を受ける柳原。

〇 神社・参道
険しい面持ちで柳原が歩いていると、占いが出ている。
見ると、千鶴子と郁子のコンビ。
神社にはふさわしくない、ジプシー( ロマ) 風の占いの道具立て。
郁子「今、心配事を抱えていらっしゃるね」
柳原「…」
郁子「見て進ぜよう。いや、わしが見るのではない。この子( 千鶴子) が見る」
柳原、ふらふらと吸寄せられるように近づいて、席につく。
酔いがまわっている。
千鶴子、水晶玉を見ながら何かぶつぶつ言う。
柳原には聞き取れないが、代わりに郁子が通訳?する。
郁子「占いなんてバカバカしいと思っているのでしょう」
柳原「…」
郁子「非科学的だと」
柳原「科学者のはしくれとして、逆に科学が万能だなどとは思ってない」
郁子「けっこう。では、この玉を見て下さい」
と、千鶴子が持った水晶玉を示す。
柳原「西洋式か」
郁子「お望みならば、日本古来の方法でもできますが」
柳原「どうでもいい」
と、のぞき込む。
千鶴子「( 初めてぼそっと声を出す) そこにあなたの未来が見えます」
柳原、思わず真剣にのぞき込む。

〇 水晶玉の中
冒頭に出てきた実験室が見える― 画面は白黒になる。

〇 実験室
冒頭のシーンを早送りで。
その終わりに戻る。
山本「そして、不肖この山本五十六大日本帝国海軍少将が見届け人を務めさせていただく」
全員が頭を下げる。
山本「では、水から石油を作る実験、開始っ」
柳原の心の声「実験に先立って、あらゆる不正が入り込む余地をなくした」
× ×
柳原の声「実験に使う器具にすべて印をつけて梱包し封印した」
作業を行う柳原。
×     ×
本多が実験を始める。
じいっと四方八方から見られて落ち着かない。
東を呼んでぼそぼそ何か言う。
東「( 他の全員に呼びかける) 皆さんに見られて気が散ると申しております」
柳原「それは初めから承知のうえでの実験ではないのですか。水も石油も人に見られているからといって変わりがあるわけではないでしょう」
本多、そう言われても特に反応するでもなく、のろのろと実験器具を扱っている。
×    ×
時間が経ち、大半の立ち合い人は欠伸を噛み殺している。
大西「まだかかるのかね」
東「今ひと時」
大西「悪いが、わしは約束がある」
と、席を立つ。
山本も同様に席を外す。
×    ×
立会人たち、待ちくたびれてすっかりダレている。
まだモソモソやっている本多。
一番焦れている柳原。
本多、突然、土下座する。
本多「参りました」
東、同様に土下座する。
柳原「( 不機嫌に疑り深い顔で) そんな風に調子よくいくか」
傍らに郁子と千鶴子が来ている。
郁子「あんたが信じないことを、他人が信じると思う?」
柳原「( 戸惑い、あたりを見渡して) 今は、いつなんだ。ここはどこだ。
これは予言じゃなくて、現実に起こっていることなのか」
二人の女、にやにやしていて答えない。
ふと気づくと、相変わらずもそもそと本多は実験を続けている。
柳原「( 業を煮やして) もういいでしょう」
植村「まあ、もう少し待ってやりなさい」
柳原「仮にできるとして、こう時間がかかるようでは、役にたたないではありませんか」
植村「わしは麦酒の醸造方に目途がつくまで十年かかった。ちょっとくらいできないからといって放り出していたら、何もできん」
柳原「しかし、いつまでも白黒つかなくてだらだら引き伸ばしていいとは思えません」
一条「( 突然騒ぐ) できた、できたぞ」
驚いて駆けつける一同。
なるほど、黒い液体がフラスコの中に溜まっている。
山川「やれやれ、これで一安心」
植村「いや、まだまだ。これで量産できて採算が合うまで持っていかなくてはなりません」
大西「万歳三唱でもするかね」
その中で、黙々と器具のチェックをしている柳原。
柳原「( ぼそっと) これは違います」
渡辺「何がだ」
柳原「用意していたのとは違うフラスコです」
と、他のフラスコと比べてみせて、
柳原「ほらここ。実験に使う器具にはすべてここに印をつけておいたの
ですが、これにはついていません」
一同、しゅっとなる。
柳原「もういいでしょう」
東「だまし討ちじゃないですか」
柳原「なにがです」
東「印をつけたって我々に知らせなかった。これはだまし討ちです」
柳原「知らせたら、印の意味がないでしょう」
東「いや、これは日本男児にあるまじき振る舞いです」
柳原「日本男児関係ないでしょう。これは科学の問題です」
東「科学というのは、西洋由来のものです。私は世界を巡って、西洋だけが正しいという考えは間違っているという結論に至りました」
柳原「科学に西洋も東洋もありません。西洋でも東洋でも同じ法則が成り立つのが科学だし、そうでなければ科学ではありません」
東「しかし、我々は東洋の、日本のための研究をしている。違いますか」
柳原「もちろんそうですが」
東「だったら、日本のためになる研究を邪魔するのはやめて頂きたい」
柳原「なんでそういう理屈になるのか」
ため息をつく。
しばらく下を向いて黙っている。
柳原「( 顔を上げ、カメラに向かって語りかける) この後どうなるって?
さすがに水を石油を変えるっていう研究を続けるってことにはならなかった。しかしはっきり詐欺師を追い払うってことにもならなかった」
植村「( 同じくカメラに向かって語りかける) ダメだと証明されたわけではない」
一条「( 同じく) 石油が日本の生命線であることに変わりはない」
山川「( 同じく) 石油がこれまでの日本の領土から出ないというのなら、日本の領土を増やせばいい」
高窪「海の底を掘ってもよい」
渡辺「とりあえず、様子をみるのはどうかな」
大西「まあ、なんだな。やはり一気に形勢逆転というわけにはなかなかいかない。資源などというものはコツコツ探していかないと」
山本「一同、ご苦労だった」
押し黙る柳原。
柳原「( ぼそっと独り言) ダメだ、これは」
うつむいて、しばらくじっとしている。 ―画面が白黒になる。
いつの間にか床に日本のジオラマが置かれている。
中央に大仰なくらい高々とそびえる富士山。
傍らに控える千鶴子と郁子。
向かいに本多が立つ。
作り物の模型ではなく、あちこちから火山が煙をあげていたり、海辺に波が立っていたりする( それぞれの部分の縮尺は大幅に違っていて構わない) 。
千鶴子が富士山を愛撫するように撫でまわす。
と、火口から蛇が現れ、鎌首をもたげる。
さらにジオラマの上に這い出し、這いまわる。
ミニチュア特撮で巨大なオロチが日本列島の上を這っているような図。
富士山から炎が噴きあがる。
火山の火だけに色がついている。
柳原「そうだ、エネルギーだったら、この列島の底にいくらでも眠って
いるではないか」
と、火山の火に手を差し伸べる。
掌に炎が移る。
いつのまにか、もう片方の掌からも炎が上がっている。
柳原にとって、熱くはない。
両手から上がった炎を見ながら、柳原の目の光が変わってくる。
ぼっ、と閃いたように頭の後ろからも炎が上がる。
柳原「そうだ…元素は別の元素に変わることがあるんだ…ウランはイッ
トリウムとヨウ素に分裂する…その時、ものすごい量のエネルギーを放出する…」
柳原が掌を握って開くと、手品の要領で中性子と陽子が固まった原子核の模型が現れる。
相対する本多の手には中性子のボールが現れている。
お手玉のように操ったのち、中性子を柳原の持っている核めがけて投げつける。
思わず、日本の上に核を投げ出してしまう柳原。
中性子が核にぶつかる。
ジオラマの上でキノコ雲( 実写と合成) が湧き上がる。
恍惚と恐怖が柳原に、さらにその場に居合わせた者全員に広がる。
千鶴子と郁子ですら、恐怖に囚われている。
焼き払われる富士山。
日本全体。
そこに居合わせた全員が炎に包まれる。
阿鼻叫喚。
(F ・O)
柳原が気づくと、実験室には誰もいなくなっている。
廃墟が広がっているだけ。

〇 やはり廃墟になっている廊下
を通り抜けていく柳原。-

〇 現代の街
を歩いている。
渡辺がスーツとネクタイ姿で忙し気に歩いている。
運転手がドアを開けた黒塗りの乗用車から植村が降りてくる。

〇 神社
一条が神主姿で歩いているのとすれ違う柳原。
山本五十六の銅像。
神風特攻隊の若者たちの銅像。
その前を掃いている大西。

〇  雑踏
立ち止まる柳原。
T 「柳原博光最終階級は海軍中将。伯爵。帝国石油副総裁」

〇 街の大型ビジョン
本多と東が写って何か喋っている。
【終】
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参考文献 「水を石油に変える男 山本五十六 不覚の一瞬 山本一生」文藝春秋