小野田というと、帰国後に発表した手記のゴーストライター津田信による「幻影の英雄」や、NHKアナザーストーリーズ他を先に知ってしまっていたので、かなりの予断を持って見ることになったのは否定できない。
前者では中野学校出のエリート意識の強い、実の兄にさえ傲慢な態度をとる人間であり、後者では帰国のかなり前から日本政府は小野田の存在を知っていたのだが、フィリピン政府側では自国民を殺した人間をそうそう簡単に出国させられるわけもなく、経済援助や技術援助と引き換えに帰国させる手筈を整えたことが描かれていた。
特に強い印象をのこすのは父親を殺された案内人の現地人が機会があったら小野田を殺してやろうと思っていたとぼそっと呟くくだりだった。
映画でも日本兵たちが牛を殺したり現地人を殺したりするくだりはあるが、視点が日本兵側にあるので、現地人にとっては小野田たちは山賊と変わるところがなかったというところまではわからない。
もとよりこれは小野田の視点に密着した作りであり、それを要求するのはないものねだりに近いが、追及されるジャングルの中でも与えられた命令を守り続ける精神構造の物珍しさに共鳴できないのはもちろん、興味を持つのも難しい。
むしろ自分は時代的によく知らないが小野田が帰国後の日本で歓迎され真の帝国軍人で日本人といった具合に持て囃したらしい精神構造の方が身近だし客観視する必要もあるのではないかと思う。
しかし少し前に発見され日本に戻った横井庄一の方はこういうドラマにはしにくいらしい。
小野田の横井のような一般からの補充兵と一緒にするなといった発言が前述の「幻影の英雄」にある。
イッセー尾形がある種の陰険さと無責任さのシンボルのような日本人像を「沈黙 サイレンス」以来の的確さで描き出す。
外国作家だからこういう日本人の無意識面も踏み込めるのかもしれない。
日本人が作ったらもっと何かしら図式的なものにひっぱられただろう。