○ テレビ局
に戻っている。
高円がテレビに出演中。
背景にオリンピックに出た時の高円の写真が大きく引き伸ばされて飾られている。
小林「なんでも、高円少尉の実話が映画化されるとうかがったのですが」
高円「いや、そんなことはありえません。実話ではないのですから。私はアメリカ軍の投降の呼びかけなど聞いていないし、アメリカ軍内部でも聞いた兵隊はいないはずです」
○ メイクルーム
結婚式の身支度をしている進と知子。
あれよあれよという間に花婿が一丁あがり。
その場で記念写真。
だけでなく、ムービーカメラがまわされる。
× ×
型通りの結婚式場のCM
つまり、花婿=進はいるのかいないのかわからない。
× ×
進「ちょっと…」
と、もごもごと花婿演技を嫌がる。
知子「(急にぴしっと言う)ちょっと」
進「(戸惑う)」
知子「そんなに後ろに下がって。結婚する気あるの」
進「え」
知子「もっと前に出て」
進「あ…ああ」
戸惑いながら前に出る。
知子「一人で結婚するんじゃないんだから」
進「そうだけど、式なんて女のものだからね。男はつけたりで」
知子「なんですって」
進「彼はどうした」
知子「彼って誰」
進「大尉だ。高円大尉」
知子「ああ。あの軍人さんね」
進「ついていったんじゃないのか」
知子「なんで。大昔の、もう死んだ人になんでついていくの」
進「死んだって」
知子「そうでしょ」
進「だけど彼は金メダリストだし、背は高いし」
知子「そうね。それがどうかした」
進「そういう格好よくて、名誉も名声も、それから富もあって、死後も伝説になったような人だから、その方がいいんじゃないかと」
知子「あたしをバカにしているの。そんなのが目当てなら、あなたと結婚することに決めると思う?」
進、さらに戸惑う。
進「あれ、なんで結婚しようと思ったんだっけ」
いつの間にか、傍らに諫早がいる。
諫早「そういえば、お二人はどんななれそめでしたかな」
先ほどのやりとりの繰り返し。
進「言いませんでしたっけ」
諫早「聞いていません」
進「言った気がするけどな」
諫早「そもそも、どこで知り合われたのですかな」
進「職場結婚の一種ですよ」
諫早「ほほお。しかし、その一種というのは何ですか」
進「話せば長くなりますが」
諫早「はい」
進「大学を卒業して、入社した会社で」
言いかけて、その場がそのまま南の島の結婚式場になった島の風景
になっているのに気づく。
広告のイメージと現実とがごっちゃになっている。
○ テレビ局
小林「ご紹介しましょう。元ロサンゼルスオリンピック 馬上飛越競技の金メダリストで、本土上陸の防衛の英雄、アメリカ軍をして『死んではいけない、バロン・コーエン』と呼びかけられた高円武一少尉です」
高円、にこやかに手を振って現れる。
うってかわってテレビ慣れして自分のキャラクターを把握した感じ。
× ×
小林「やはり、スポーツは国境を超えた、国境を超えた友情、敬意こそがアメリカ軍をして投降を呼びかけさせたわけですね」
高円「おそらく、そういうことでしょう」
小林「ところで、少尉は近いうちに重大発表があるという噂ですが」
高円「噂です。新聞やテレビの無責任な噂に過ぎません」
小林「しかし、火のないところに煙は立たないといいますが」
高円「火のないところに煙をもうもうと立てて、後から火をつけるのがあなた方のやり口ではありませんかな」
小林「(笑って)これは、手厳しい」
○ 選挙用の政見放送番組
に出ている高円。
高円「(ならんだブラウン管に写っている)ですから、今の日本に必要なのは、愛国心、大切な人を守り抜こうという気持ちです」
進「(呟く)言ってること、前と変わってないか」
傍らでヒマそうにいなないているベン・ハー。
ぼとぼと糞を落としていく。
すっと番組が切り替わると、高円が選挙に当選してバラをつけたボードの前でダルマに目を入れ、支持者たちと万歳三唱している姿が写る。
傍らに長島が後援者然とにこにこしている。
国会議事堂のミニチュアが地面からせり上がってくるが、砂の抵抗もあってまっすぐ上がって来られないで、傾いてしまう。
傾くと、ミニチュアの下の部分がはりぼてであることがバレてしまう。
長島が、そのはりぼての隙間をくぐり抜けて(怪獣映画での怪獣より少し小さいくらいの縮尺)、中に入る。
○ 同・中
といっても、本物の国会の内部の再現である必要はない。
議会の写真を引き伸ばしたものや、ラフな手描きの絵でカリカチュアした背景の前。
議席の模型が置かれていて、陣笠をかぶった人形が並べられている。
まだ席はいくらも埋まっておらず、そのあたりに人形がぶちまけられたままになっている。
長島「これで、七議席アップ、と」
と、人形を議席に移動させる。
いつのまにか、
○ 南の島の結婚式場の前の砂浜
と、場がシームレスにつながっている。
また砂でできたミニチュアの前にいる。
それを見下ろしている進。
…ミニチュアの一戸建ての家にちょこちょこと出入している人影がある。
寄って見ると、良子であることがわかる。
義典の声「(家の中から)母さん、落ち着けよ」
良子「そんなこと言ったって、おまえ」
と、中に入る。
○ 佐伯家・中
仏壇にこの家の良子の夫で義典の父である孝志の遺影が飾られている。
手を合わせて線香をあげる良子。
ごくおざなりに同じように線香をあげる義典。
と、そこに当たり前のようにすうっといつのまにか長島と高円が入り込んできて線香をあげ、大仰に手を合わせて頭を下げる。
それからおもむろに二人に向かい、
長島「良子さまご主人、義典さまのご尊父である佐伯孝志さまは、お国のために立派に玉砕なさいました」
それからペラペラとおよそ中身のない言葉が並ぶ。
仏壇の中に据え置かれている骨壺。
やがて挨拶が終わり、良子が仏壇の前で手を合わせる。
それから義典も同じように手を合わせる。
それから長島が手を合わせた—
突然、骨壺が振動を始める。
ぎょっとする一同。
骨壺の蓋が弾け、中身のお骨が飛び散る。
仏壇の前はすでに砂地になっており(屋内・屋外は絶えずシームレスにつながる)、地面にお骨が落ちる。
突然、高円が異様な声をあげる。
人間のものとも思えないような。
撒かれたお骨から、芽が出るように人間の筋や骨が生えてくる。
それらが絡み合い、人間の姿に近づいていく。
あたりを見ると—
南の島の風景が広がっている。
生前の姿の面影を残したゾンビ、あるいは惨死した時の姿で、しかし動き回っている。
その中を他のゾンビと化した日本兵たちがふらりふらりとさまよっている。
互いの肉を食い合い、脳みそをすすり合う。
かと思うとまた骨になりかけては、また生前の姿に戻りかけたり、行き来する。
ふっと視界が広がると、風光明媚な丘に同じような遺影を飾った仏壇がいくつもぐるりと並んでいる。
その前にそれぞれ座って手を合わせている遺族たち。
中には仏壇なしで遺影だけしか持っていない者もいる。
絶叫し続けている高円。
長島「どうした、何をわめいている」
高円もゾンビになりかけ—
すんでのところでとどまる。
だが、すでに人外に堕ちているらしく、目の色がおかしい。
よく見ると、長島もだ。
いつのまにか、餓鬼道に堕ちている。
○ 武道館
を埋め尽くしている真新しいスーツ姿の青年たち。
諫早グループ各社の新入社員の入社式が行われているのだ。
その中に神妙な顔をした進の姿がある。
少し離れて、知子の姿もある。
壇上に傲然とした面持ちの男(川地)が登壇する。
背景には、「市民ケーン」のケーンよろしく、巨大な川地の顔が垂れ幕になっている。
傍らに「一九八九年 三光商品株式会社 新入社員入社式」の垂れ幕。
川地「新社会人の諸君!ようこそ我が三光グループへ。我が三光グループの人間は家族。いや、日本人全員が家族です。この入社式をともにした者は、今後どういう道に進もうと、一生三光グループ第四期生として生きる事になります」
× ×
司会者「では、ここで先日の大戦の英雄で、また五輪の悲劇の英雄でもあります高円武一先生にご挨拶いただきます」
そこにひょっこりと高円が現われる。
りゅうとしたスーツに身を包んだ偉丈夫然とした姿。
先ほどのゾンビとは同一人物とは思えない。
隣の男(砂川)が聞きもしないのにそうっと耳打ちする。
砂川「あの人、講演料一日百万だってさ」
進む「(小声で)あ、そう」
挨拶を続ける高円—
ふっとまた目の色がおかしくなる。
○ バス
四十人近くの新入社員がまとまって乗っている。
全員、スーツ姿。
進「ずいぶん大勢いるな」
砂川「歩留まりの問題だよ。どうせ大勢やめるから大勢とるんだ」
進「そういうこと、言うか」
砂川「言うよ」
ぶすっとした、まだ幼さが残るくらい若い男。
○ また別のバス
こちらは、女子社員だけ。
その中に知子の姿もある。
○ 宿泊施設(グリーンピア)
に吸い込まれていく新入社員たち。
佐智「(横から入ってきて、解説する)ちなみにこのグリーンピアは厚生省が年金受給者等のための保養施設として、年金福祉事業団を通して日本全国13ヵ所に作った施設だけれど、素人の役人が経営に失敗して、ムダに公的資金を注入したあげく、2005年にはすべて廃止、売却されました。作られた場所は歴代厚生大臣の地元が多かったところから、利権が指摘されてします。使用料が安価だったところから、長期の研修にも利用されました」
言うだけ言うと、ぱっと姿を消す。
と、もう一台のバスからまたぞろぞろと同じようなスーツ姿だが、着慣れた感じの男たちが降りてきて玄関に吸い込まれていく。
砂川「誰だい、あいつら。俺たちと大して歳違わないみたいだが」
進「さあ」
○ 同・グラウンド
今度は全員ジャージに着替えている。
研修責任者の大久保が檄をとばしている。
新入社員たちのチームと、若手社員のチームが向かい合っている。
大久保「新入社員たちに言っておく。目の前にいるのは、一年前、二年前に入社した若手社員たちだ。なぜ彼らも研修に参加させるのか。それは、先輩になったことを自覚させるとともに、初心を忘れさせないためだ。そして実際の仕事につけば、先輩後輩といっても一年二年くらいの違いは簡単に乗り越えられる。今から同期生はもちろん、先輩も、上司もライバルだ。営業成績が良ければ、上に行ける。蛙飛びに追い抜ける」
大久保「いいか、これからの研修期間、集合は十五分前。挨拶はどんな時も『お疲れ様です』だ。相手が目上でも外部の人間でも使える。時間帯がいつでも使える」
ソフトボールの試合をしている新入社員たち。
大久保「負けた方のチームはダッシュでグラウンドを三周っ」
走る若い社員たち。
× ×
大久保「これから毎日、注魂(ちゅうこん)を行う。魂を注ぐと書いて、注魂と読む。その時々の新しい目標を言葉にして全力で叫ぶ。手本を見せる」
応援団のように大きく胸をそらせて、腕を大きく広げながら
大久保「俺はーっ、三光商品のーっ、大久保だーっ、俺はーっ、日本一のーっ、営業マンにーっ、なるぞーっ」
こっ恥ずかしさを堪えている新入社員たち。
大久保「では、そっちから一人づつ、やっていけ」
仕方なしに前に出る端の社員。
社員1「俺はーっ」
社員2「三光商品のーっ」
進「(名前が省略される)だーっ」
一節ごとに社員の顔ぶれが変わる。
社員4「俺はーっ」
砂川「日本一のーっ」
大久保「人と同じこと言っていてはダメ」
砂川、何を言っていいのかわからなくなり、パニクる。
砂川「世界一のーっ」
大久保「同じこと」
砂川、おたおたして何も出て来ない。
大久保「はい、次」
ほっとしながら、傷ついた風の砂川。
○ 教室
勉強している新入社員たち
大久保「いいか、登録取引員の試験は五月。それまでみっちり四十日。学生の夏休みと同じくらいの期間がある。もうおまえたちは自分は社会人だと意識を組み替えろ。必ずこの試験には合格しろ。合格しないと営業してはいけないことになっているのだからな」
砂川「(ぼそっと呟く)表向きはね。実際は先輩の名前で営業電話かけまくっているっていうぜ」
大久保「講師は、去年入社した社員たちだ。ちゃんと勉強が身についているかどうかのテストにもなるからな」
顔つきがこわばっている入社二年目の社員たち。
× ×
三島(入社二年目の若手社員)「証拠金は現金だけでなく、有価証券でも代用できる。有価証券というのは、つまり株券のことね。商品取引をする人はたいてい株゛をやっているから、手持ちのお金がないと断られた時にはすかさず、いえ株券を現金代わりに証拠金にあてることができますからともちかけるんだ。現金を別に新しく用意する必要がないから、乗ってくることが多い」
○ 夜遅く・寝所
先輩たちと相対して正座している新入社員たち。
何事かもぐもぐ訓示している大久保。
やっと訓示が終わって、解放されるが足がしびれてひっくり返る新入社員たち。
○ グリーンピア・玄関
起き出してくる社員たち。
六時半過ぎ。
○ 海岸
出てくる社員たち。
進、ふと、少し離れた海岸にベン・ハーに跨がった高円がいるのに気づく。
砂川「どうした」
進「いや…」
また見ると、消えている。
進「なんでもない」
× ×
注魂をしている社員たち。
進「俺はーっ、三光商品のーっ、中井だーっ、今日はーっ、模試七百点以上をーっ、めざすぞーっ」
それなりに慣れている。
× ×
波打ち際をロードワーク。
息が上がっている社員たち。
○ グリーンピア・食堂
「(大久保に対し)おつかれさまですっ」
を思い切り連呼する三光商品の新入社員たち。
グリーンピアの職員がやってきて、
「もし、その大声でおつかれさまですって連呼するのやめていただけますか。他のお客さまから苦情が出ています」
大久保「あ、すみません。以後気をつけます」
○ わずかな隙間時間
砂川「(ぶつぶつ言っている)なんだよ、こっちは仕事で挨拶してるんだ」
進「だからって大声出していいことにはならないだろう」
砂川「おまえ、なんでこの会社選んだんだ」
進「よくわからない。電話がかかってきて、話を聞いているうちに会社訪問の約束をしていて、訪問したら適性検査っていうテストを受けて、その翌日には内定の電話があった」
砂川「冗談みたいな話だな(カメラに向かって)八十年代終わりのバブル期にはこれくらい就職戦線で売り手市場だったことは本当にあるんだぜ」
× ×
フラッシュバック。
進の部屋—会社案内で段ボール何個分にもなっている。
× ×
砂川「結局、全部数字だな」
進「あ?」
砂川「営業成績も、商品の値段も。おかしいと思わないか」
進「何が、あたりまえのことだろ」
砂川「だけどさ。商品取引といいながら、結局物を売り買いするわけじゃないだろ。最終的に全部清算されて、取引に参加したほとんど100%は実際の小豆(あずき)や大豆を売り渡すわけでも受け取るわけでもない。
進「それ、あずきじゃなくて、しょうずと読むんだろう」
砂川「(無視して)それもよくわからないんだよな。物があって数字があるんじゃなくて、数字があればそれが売買できるんだよな」
進「君、早稲田だったっけ」
砂川「(イヤな顔をして)そうだけど」
進「こういうとなんだが、なんでここに来たの」
砂川「受かったのが、ここだけなんだ」
進「そう。早稲田ならもっといいところありそうだけれど」
砂川「そうかな」
進「そうですよ。こういうとなんだけど(ちらっと周囲を見て声をひそめて)専門学校出と早稲田が一緒って変では」
砂川「そうかな」
進「それも沖縄の観光専門学校って」
砂川「学歴差別はよくないよ」
と言ったきり、むっとして黙ってしまう。
進「話を変えますけど、しかしなんでこんな体育会系の合宿みたいな真似やるのな」
砂川「上のいうことを下がよく聞くようにだろ」
高円が横からぬっと顔を出して、
「これが体育だと」
と呵々大笑する。
進がぎょっとした時には、もう姿を消している。
進があたりを見ると、
○ 女子の研修
並んできちんと制服を着て、「おはようございます」「お疲れ様です」を連呼する。
それを大久保がじろじろ見てまわって、
大久保「ベルトの線が高い。だから、お尻が出て見える」
と、知子のお尻をぱしっと平手で叩く。
平然とした顔で。
知子「(ショックを受けるが、できるだけ表に出さない)」
大久保「胸を張れ」
その通りにすると、その胸をじろじろと見る。
内心のむかむかを抑える知子。
ふっとその傍らにゾンビ化した高円が現れる。
また「おはようございます」「お疲れ様です」を連呼する女子社員。
次第に表情が虚ろになって、目の色がゾンビ化する。
○ 研修中・グリーンピア講堂
研修に参加している社員たちが地位の高低関係なく全員集まっている。
大久保「いいか、会長がお話されている間は、決して眠るな。鉛筆尖らせたのを太腿に刺してでも眠るなよ」
× ×
川地会長の訓示が続く。
川地「ものごとを成し遂げるには、背後の橋を焼くことが必要です。退路を断って、初めて死ぬ物狂いの力が産まれる。必死の力こそが本当の力です」
だが、やはりうとうとしてしまい、目を開けたまま寝ている社員が何人もいる。
二年生社員の中にもいる。
うとうとが過ぎてぐらっとなった拍子に腿に押当てた鉛筆がぶすっと刺さって、激痛に
「いてえっ」
と、思わず声が出してしまう。
それでも周囲はひたすら黙って拝聴している。
○ 教室
大久保「みんな、頑張ってるな。これから初任給を渡す。この一回は全員一律だが、このあと一回ごとに差がついていくぞ。いいな」
封筒を受け取っていく社員たち。
現金は入っておらず、明細だけが入っている。
進「十八万五千円…いろいろ差し引いて、手取り、十四万ちょっと、と」
と、空になった封筒を振る。
○ 講堂
「ロールプレイング」とホワイトボードに書かれている。
グループに分かれて、電話を持っている格好をしている二人の社員がペアになっている。
ヘアの中には、進と砂川もいる。
進「砂川さまのお宅でいらっしゃいますね。私、三光商品の大久保と申します。このたびは耳寄りな資産運用お話がありまして」
砂川「あ、そういうの、興味ありませんから」
進「中井さまは資産はお持ちでしょう」
砂川「資産って、預金だけですよ」
進「今は高度成長期ではありませんので、普通預金にしておいてもスズメの涙にもならない利息しかつきません。インフレが進めばみるみる目減りしてしまいます銀行任せでなく、資産を上手に運用するのが身を守るのに必須になります」
目の前にマニュアルが広げられてる。
砂川、聴き入る芝居。
× ×
大久保「だいたい良いが、マニュアル頼りでなく、その時その場で臨機応変に対応できるようにすること。とにかく何か喋り続けること。これを忘れるな」
○ 研修終了式
大久保「(新入社員たちの配属先を読み上げていく)赤沢秀光」
赤沢「はいっ」
大久保「甲府支店」
赤沢「はいっ」
大久保「石田勇」
石田「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第一事業部」
江川「はいっ」
× ×
大久保「砂川敬介」
砂川「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第一事業部」
砂川「はいっ」
× ×
大久保「中井進」
進「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第二事業部」
× ×
大久保「(読み終えて)俺たちは一緒だ。三光商品第四期生だ。これは一生変わらない。一生の絆だ。今日は飲んでよし。あしたから、それぞれの配属先に直行だから、飲過ぎるなよ。それから、出社は九時じゃないぞ。市場が開くのが九時なので、八時には来い。おめでとうっ第四期生っ」
わーっと歓声が社員たちから上がる。
○ 海岸・夜
石田など、本気で感激して涙を流している。
石田「(言われもしていないのに、一人でまた注魂をしている)俺はーっ、三光商品四回生のーっ、石田だーっ」
その中で、ちょっとさめている進。
砂川「(いきなり話しかけてくる)おい、お別れだな」
泣いているので、進は意外な顔をする。
進「泣いてるのか」
砂川「感動してるんだ」
進「酔ってるんじゃないか。同じ本店だから、別れるわけじゃない」
石田「感動だよ、感動」
砂川「ああ、感動だ」
石田と砂川は抱き合って感動を分かち合っている。
仲間に入れず、浜辺に立ち尽くす進。
高円の声「おまえは感動しないのか」
見ると、高円が海から上がってきている。
時空がまた交錯する。
高円「みんな感動しているのに」
進「ずっと我慢し続けて、解放されたらほっとする。感動だってするさ」
高円「おまえ、苦労するぞ」
進「そうかな」
高円「感動は、クセになる」
進「そうかな」
高円「感動は、作れる」
進「あんたが言うのか」
高円の姿はなくなっている。
○ 三光商品・営業部
電話をかけまくるテレコールの最中の社員たち。
同じフロアで机が二つのブロックに分けられて並び、片方に第一事業部、もうひとつに第二事業部と札が下がっている。
第一に砂川が、第二に進が席についている。
その前に座っている大久保。
ロールプレイングではない、本番だ。
砂川「もしもし、私、三光商品の大久保と申します」
進「「もしもし、私、三光商品の大久保と申します」
その中、所在ない感じで座っている知子。
有線で商品先物相場の数字が読み上げられているのが流れている。
ときどき立ち上がって、相場の数字を黒板に書き込む。
× ×
大久保「新入社員だけ、ちょっとだけ手を止めて」
知子が受験票を配って回る。
進にも配るが、このときは特に意識も何もしていない。
大久保「登録外務員試験の受験票だ。絶対合格しろ。研修の間の模試でだいたい合格できるようにはなっているが、落ちたら罰金だぞ。いや、今のは冗談だが」
砂川や進の表情はそれが冗談ではないことを物語っている。
大久保「俺もいつまでも名前貸すわけにいかないからな。合格すれば堂々と自分の名前と名刺で仕事ができるんだ」
○ 登録外務員試験会場
テスト用紙が配られる。
会社にいる時と同じスーツ姿で取り組む進、砂川たち。
○ 本社・営業部
テレコール中。
砂川「こちら三光商品の大久保と申します」
進「 三光商品の大久保と申します」
すっとやってきて、合格証を進に配っていく知子。
砂川の方は素通りする。
大久保「(やってきて進に)中井、おめでとう。これで自分の名前でテレコールできるな」
進「はいっ」
大久保「がんばれ」
進「はいっ」
大久保、砂川の方に向かう。
大久保「おまえ、模試の成績悪くなかったはずだがな」
砂川「はい」
大久保「わざと合格しなかったのか」
砂川「…(無言)」
大久保「追試には合格しろよ、絶対だぞ。でないと」
砂川「クビですか」
大久保「なんだと」
砂川、目が座ってきている。
大久保「合格するまで、中井の名前を使え」
進。
大久保「まったく。合格した同期入社の名前使わなくてはいけないって、恥ずかしいったらないぞ」
砂川。
× ×
砂川「こちら、三光商品の中井と申します」
進「こちら、三光商品の中井と申します」
何度となく繰り返される。
相場を機械的にボードに書き込む知子。
その目がゾンビの鉛色の目になっている。
他の社員たち、上役も含めて全員鉛色の目になっている。
× ×
砂川「(声が上ずる)はいっ…、そうです。今、株はやっていらっしゃるでしょうか。株があれば、現金の代わりに証拠金にあてることができます…現金を作る。もちろん、その方が割引になりませんので、お得です」
断ち切られたように、鉛色だった目が輝く—、
ただし、いきいきとした目というよりは何か注射したようなギラギラした目つきだ。
大久保、ちらと砂川を見る。
砂川「はいっ、私、三光商品の中井と申します。よろしくお願いします」
と、電話を切る。
砂川「アポ、とれました。来週月曜の午後一、白金です」
大久保「ご苦労」
砂川「しかし、中井の名前でとってしまいましたが」
大久保「別に構わないだろう。おまえ一人で口説き落とせとは言わない。俺もついてく。俺がついてるから、せいぜい口説け。手に余るようなら、俺が出てく」
進「あの、自分は」
大久保「おまえが出て行くのはおかしいだろう。おまえがアポとったわけじゃないんだから」
進「だけど名前が」
大久保「砂川が合格してからつじつま合わせるよ」
進、釈然としない表情。
× ×
一条(一期先輩)「よし、行くぞ」
と、砂川を連れて出て行く。
× ×
相変わらずテレコールが続いている。
進、同じことを続けてかなり憔悴している。
そこに知子がやってくる。
知子「中井さん」
進「はい?」
知子「今日、誕生日ですよね。五月二十日」
進「はい」
知子「おめでとうございます。記念品です」
と、包みを渡す。
進「あ、どうも」
知子「それからこれも」
と、同じ包みを渡す。
知子「あたしも今日が誕生日なんです」
進「へえ。おめでとうございます」
知子、じっと進を見ている。
進「(はたと気づいて)あ、記念品です」
と、一つ余分に渡されていた包みを、改めて知子に渡す。
知子「ありがとうございます」
ふたりの視線が自然と混じり合う。
それから、知子は離れていき、進はその姿をちょっと目で追う。
その間に、大久保と砂川が帰ってきている。
大久保「(進の様子を見逃さず)うちでは割と社内結婚多いんだ。おまえ、杉山さんどうだい」
進「いえ…(曖昧な笑いを浮かべてやりすごす)」
大久保「(大声で)ちょっと、みんな」
一斉に市内の社員たちの注目を浴びる。
一条「見てやってくれ」
と、鞄を持った砂川を前に押しやる。
砂川、顔が青ざめている。
そしてうながされるままに、持っていた鞄をどんと机に置く。
開けると、一万円札の札束がざっくざく。
一斉に嘆声が漏れる。
「あるところには、あるもんだ」
誰かが呟いた。
大久保「(進に)おまえも早くアポとれ。外に出たいだろう」
進「はい」
と、鼻をうごめかせる。
大久保「酒臭いだろ。俺じゃないぞ。このカネの持ち主だ」
進「いいんですか」
大久保「いいんだよ。普段から呑んでるみたいなんだから」
× ×
淡々と相場の数字とグラフを壁のボードに書いていく知子。
急激に下落しているのがわかる。
× ×
砂川が電話で応対している。
「(脂汗を流しながら)申し訳ありません。いえ、そのようなことは決して。
一条、俺が代わるといった手つきで受話器を受け取る。
「お電話代わりました、一条と申します。…いえ、これ以上追加証拠金が遅れますと、最初の証拠金がまるまる損するだけでなく、それと同じくらいの損失が出ますので、はい。もうお急ぎいただかないと。正午までです。それ以上遅れたら、つぎこんだ証拠金の倍の損失がでますので」
電話の向こうから思い切りの大声で喚く客の声が聞こえてくる。
電話を切る一条。
砂川「大丈夫でしょうか」
一条「何が」
砂川「あれだけあった札束が消えて、それに加えて証拠金って」
一条「いいんだよ。こっちの手数料は増えるんだから」
砂川「でも」
一条「でももストもあるか。こちらの儲けのことだけ考えていればいいんだ」
× ×
知子が新入社員たちに新しい名刺の箱を配って歩く。
進、箱を開けて「中井進」という自分の名前を確認する。
砂川は、心ここにあらずという感じで箱の蓋も開けようとしない。
知子、ちょっとけげんそうに見ている。
× ×
テレコールを続けている社員たち。
時計が正午をつけている。
砂川、突然、注魂を始める。
自分の椅子を丸めた新聞で叩きながら、
「やる気ーっ、やる気ーっ、 やる気のーっ、ない奴はーっ、とっととーっ、出て行けー」
と、研修でやっていたのと同じように叫ぶ。
周囲はややけげんそうに引いて見ているが、特に何も言わない。
砂川、何かをゴミ箱に捨てて、そのままことこと出て行く。
他の社員も昼食を摂りに出て行く。
× ×
午後一時過ぎ。
またテレコールが始まっている。
突然、ドアが乱暴に開けられ、血相を変えた男が乱入してくる。
男「中井っ」
進、びっくりする。
男(菅原)「中井はどこだっ」
一条が腰を浮かせかけるところを、
進「私です」
菅原「おまえが、中井だと」
と、酔ったような目つきで迫ってくる。
菅原「電話してきたのは、おまえだな」
進「え」
菅原「おまえに騙されたせいで、俺は破産だ。どうしてくれる」
一条、割って入る。
一条「ええ、ここは上司である私がお話を伺いましょう」
菅原「」
大久保、進を菅原から引き離して連れて行く。
大久保「(小声ながら怒鳴るように)砂川はどこだ」
進「わかりません」
知子、ゴミ箱から小さな箱を拾う。
開けてみると、「砂川昇一」の名刺がびっしり。
進「(それが目に入って、顔つきが変わる)」
菅原がまた進に迫ってくる。
菅原「おまえが中井だな」
進「はい」
菅原「俺に電話をかけてきたのは、おまえだろう」
進「…いいえ」
菅原「他に中井って名前の奴がいるのか」
進「いいえ」
一条「(割って入る)声でわかりませんか。電話したのはこいつではないんです」
菅原「いや、こいつだ」
一条「私と一緒にお尋ねしたでしょう」
菅原「(じろじろと一条を見て)知らんぞ、おまえなど」
一条「私がご説明したじゃありませんか」
菅原「わかっているのは、中井という名前だけだ」
一条「なんでそれだけわかってるんです」
菅原「メモしたからな。メモしておかないと、みんな忘れる」
大久保「(舌うちして)アル中が」
進「だけれど、私は電話していません」
菅原「じゃあ、誰が電話したんだ」
進「私の同僚の砂川という男です」
菅原「なんでそいつがおまえの名前を騙ったんだ」
大久保「(進を突き飛ばすようにして)余計なこと言うな。砂川を探しに行け。(知子にも)おまえもだ」
出て行く進と知子。
まだ菅原がわめいている。
○ 蛎殻町
黙って並んで歩く進と知子。
知子「辞めるんでしょうね」
進「え」
知子「名刺、捨てていた」
進「そうみたい、ですね」
知子「もったいないな」
進「まったく。四十日も合宿したのに」
知子「私がもったいないと言ったのは、名刺がゴミになったことですよ」
進「え」
知子「頑張ったから価値があるってものじゃないでしょ」
進「そういえば、研修のときも女子は別のバスに乗っていたと思うけれど、何研修したんですか」
知子「何ってことないです。挨拶のしかた、電話の受け答え、朝一番に出かけたら全員の机の上を掃除して、お茶を入れる用意をする。そんなとこ」
進「ふーん」
知子「だから研修らしい研修なんてしてない」
進「まあ、上が堂々と言ってたものな。男と女とでは、役割が違うんだ。これは差別ではなく、区別だって」
知子「よく言う言い方ね」
二人、立ち止まる。
進「ああそうだ。中井進です、よろしく」
知子「杉山知子です。よろしく」
ちょっと迷ったようにしてから、握手する。
進「…(気がつく)」
知子が婚約指輪をしていることに。
進「その指輪は…」
気づくと、進も同じ指輪をしている。
かっかっという、馬の蹄の音が聞こえる。
見ると、ベン・ハーに乗った高円がやってきている。
その傍らに、砂川が従っている。
進「(あえて高円を無視して)砂川」
砂川、返事しない。
進「辞めるのか」
× ×
総務部で「砂川俊一」の名刺がシュレッダーにかけられる。
× ×
砂川「おまえはどうする」
× ×
業界紙の見出し「三光商品に業務改善命令」
× ×
さらに「中井進」の名刺もシュレッダーにかけられ、ばらばらになる。
× ×
進「結局、登録外務員資格を持っていない社員に勧誘させたという件で、通産省から業務改善命令が出たわけだが、大損させて追加証拠金をしこたま儲けたことにはおとがめなかった」
砂川「余計なことしやがって」
進「どちらにしても辞めていたんじゃないか」
砂川「俺がか。おまえがか」
進「両方だろう」
はっとなって、周囲を見渡す。
周囲は蛎殻町ではなく、
○ 南の島の砂地
になっている。
進「知子…知子っ」
知子、高円に向かっていく。
進「知子っ」
知子、振り返る。
知子の目がゾンビのそれになっている。
進「知子、よく見ろ。そいつは英雄じゃないぞ」
進の後ろからわさわさ迫ってくる者たちがいる。
振り返ると、三光商品の社員たちがゾンビになって迫ってきている。
また前を見ると、高円の背後から戦死者たちが迫ってきている。
高円、四四式騎兵銃(ボルトアクション式)を携えている。
知子、指輪を外して、高円に差し出す。
高円、受け取り、自分の指にはめる。
進。
× ×
知子、自分の「杉山知子」の名刺を持ってシュレッダーの前に立っている。
その名刺も、シュレッダーで粉々になる。
× ×
壁の相場表を大きなモーションで消す知子。
× ×
知子の目が元に戻っている。
傍らで、ベン・ハーが膝を折る。
地面に降り立つ高円。
そのまま横たわるベン・ハー。
高円、おやという顔をする。
息たえだえでいる馬。
進「愛馬の世話もしてなかったみたいだな」
知子、高円の銃を指輪の代わりに受け取って構える。
進、身構えて警戒する。
傍らから、進自身の声が聞こえてくる。
「俺はーっ、三光商品のーっ、中井だーっ」
傍らにゾンビになったもう一人の進自身がいて、注魂をしているのだ。
知子、じいっとを見ている。
銃をぶっ放す。
ゾンビの進の頭が吹っ飛ぶ。
本物の進の方は無事。
死にかけたベン・ハーの目が開く。
ぬうっと山のような巨体がせり上がるように立ち上がる。
高円「(圧倒され)ベン・ハー…」
ベン・ハーが後ろ足で、高円を蹴飛ばす。
高円の頭がスイカのように砕けて飛び散る。
ゾンビたちが解散していく。
ベン・ハーもどこへともなく消えていく。
高円の全身が霧のように薄れて、消え失せる。
指輪が宙に浮かび、地面に落ちる。
○ 地面
は、街のアスファルトでもなく、南の島の砂地でもない。
日本国内の小さな教会の床だ。
その床に落ちた指輪を拾い上げる正装した知子。
進も正装した姿で並んで立っている。
前にはしれっとした顔で諫早もいる。
諫早「では、指輪の交換を」
あとは親族だけのつつましい式。
○ 職業安定所(フラッシュバック)
係員A「商品取引業ですか。あそこは昔から小豆を赤いダイヤとかいった相場で大問題起こしたりするところでね。嫌悪職って言葉ご存知ですか」
進「いいえ」
係員A「嫌われるケンオですね」
進、憮然とする。
係員A「SEやってみるつもりありませんか」
進「エスイー?」
係員A「システムエンジニア。今だったら、適正検査に合格すれば確実に入社できますよ」
進「やってみます」
○ 指輪の交換
○ 職安
係員B「総合職ですか」
知子「ええ」
係員B「これまで一般職だったのでは」
知子「いけませんか」
係員「いえ、でも難しいと思うけど」
知子「とにかく」
○ 小さな教会
から出てくる知子と進。
目の前に広がっているのは、現代の日本の街。
【終】
に戻っている。
高円がテレビに出演中。
背景にオリンピックに出た時の高円の写真が大きく引き伸ばされて飾られている。
小林「なんでも、高円少尉の実話が映画化されるとうかがったのですが」
高円「いや、そんなことはありえません。実話ではないのですから。私はアメリカ軍の投降の呼びかけなど聞いていないし、アメリカ軍内部でも聞いた兵隊はいないはずです」
○ メイクルーム
結婚式の身支度をしている進と知子。
あれよあれよという間に花婿が一丁あがり。
その場で記念写真。
だけでなく、ムービーカメラがまわされる。
× ×
型通りの結婚式場のCM
つまり、花婿=進はいるのかいないのかわからない。
× ×
進「ちょっと…」
と、もごもごと花婿演技を嫌がる。
知子「(急にぴしっと言う)ちょっと」
進「(戸惑う)」
知子「そんなに後ろに下がって。結婚する気あるの」
進「え」
知子「もっと前に出て」
進「あ…ああ」
戸惑いながら前に出る。
知子「一人で結婚するんじゃないんだから」
進「そうだけど、式なんて女のものだからね。男はつけたりで」
知子「なんですって」
進「彼はどうした」
知子「彼って誰」
進「大尉だ。高円大尉」
知子「ああ。あの軍人さんね」
進「ついていったんじゃないのか」
知子「なんで。大昔の、もう死んだ人になんでついていくの」
進「死んだって」
知子「そうでしょ」
進「だけど彼は金メダリストだし、背は高いし」
知子「そうね。それがどうかした」
進「そういう格好よくて、名誉も名声も、それから富もあって、死後も伝説になったような人だから、その方がいいんじゃないかと」
知子「あたしをバカにしているの。そんなのが目当てなら、あなたと結婚することに決めると思う?」
進、さらに戸惑う。
進「あれ、なんで結婚しようと思ったんだっけ」
いつの間にか、傍らに諫早がいる。
諫早「そういえば、お二人はどんななれそめでしたかな」
先ほどのやりとりの繰り返し。
進「言いませんでしたっけ」
諫早「聞いていません」
進「言った気がするけどな」
諫早「そもそも、どこで知り合われたのですかな」
進「職場結婚の一種ですよ」
諫早「ほほお。しかし、その一種というのは何ですか」
進「話せば長くなりますが」
諫早「はい」
進「大学を卒業して、入社した会社で」
言いかけて、その場がそのまま南の島の結婚式場になった島の風景
になっているのに気づく。
広告のイメージと現実とがごっちゃになっている。
○ テレビ局
小林「ご紹介しましょう。元ロサンゼルスオリンピック 馬上飛越競技の金メダリストで、本土上陸の防衛の英雄、アメリカ軍をして『死んではいけない、バロン・コーエン』と呼びかけられた高円武一少尉です」
高円、にこやかに手を振って現れる。
うってかわってテレビ慣れして自分のキャラクターを把握した感じ。
× ×
小林「やはり、スポーツは国境を超えた、国境を超えた友情、敬意こそがアメリカ軍をして投降を呼びかけさせたわけですね」
高円「おそらく、そういうことでしょう」
小林「ところで、少尉は近いうちに重大発表があるという噂ですが」
高円「噂です。新聞やテレビの無責任な噂に過ぎません」
小林「しかし、火のないところに煙は立たないといいますが」
高円「火のないところに煙をもうもうと立てて、後から火をつけるのがあなた方のやり口ではありませんかな」
小林「(笑って)これは、手厳しい」
○ 選挙用の政見放送番組
に出ている高円。
高円「(ならんだブラウン管に写っている)ですから、今の日本に必要なのは、愛国心、大切な人を守り抜こうという気持ちです」
進「(呟く)言ってること、前と変わってないか」
傍らでヒマそうにいなないているベン・ハー。
ぼとぼと糞を落としていく。
すっと番組が切り替わると、高円が選挙に当選してバラをつけたボードの前でダルマに目を入れ、支持者たちと万歳三唱している姿が写る。
傍らに長島が後援者然とにこにこしている。
国会議事堂のミニチュアが地面からせり上がってくるが、砂の抵抗もあってまっすぐ上がって来られないで、傾いてしまう。
傾くと、ミニチュアの下の部分がはりぼてであることがバレてしまう。
長島が、そのはりぼての隙間をくぐり抜けて(怪獣映画での怪獣より少し小さいくらいの縮尺)、中に入る。
○ 同・中
といっても、本物の国会の内部の再現である必要はない。
議会の写真を引き伸ばしたものや、ラフな手描きの絵でカリカチュアした背景の前。
議席の模型が置かれていて、陣笠をかぶった人形が並べられている。
まだ席はいくらも埋まっておらず、そのあたりに人形がぶちまけられたままになっている。
長島「これで、七議席アップ、と」
と、人形を議席に移動させる。
いつのまにか、
○ 南の島の結婚式場の前の砂浜
と、場がシームレスにつながっている。
また砂でできたミニチュアの前にいる。
それを見下ろしている進。
…ミニチュアの一戸建ての家にちょこちょこと出入している人影がある。
寄って見ると、良子であることがわかる。
義典の声「(家の中から)母さん、落ち着けよ」
良子「そんなこと言ったって、おまえ」
と、中に入る。
○ 佐伯家・中
仏壇にこの家の良子の夫で義典の父である孝志の遺影が飾られている。
手を合わせて線香をあげる良子。
ごくおざなりに同じように線香をあげる義典。
と、そこに当たり前のようにすうっといつのまにか長島と高円が入り込んできて線香をあげ、大仰に手を合わせて頭を下げる。
それからおもむろに二人に向かい、
長島「良子さまご主人、義典さまのご尊父である佐伯孝志さまは、お国のために立派に玉砕なさいました」
それからペラペラとおよそ中身のない言葉が並ぶ。
仏壇の中に据え置かれている骨壺。
やがて挨拶が終わり、良子が仏壇の前で手を合わせる。
それから義典も同じように手を合わせる。
それから長島が手を合わせた—
突然、骨壺が振動を始める。
ぎょっとする一同。
骨壺の蓋が弾け、中身のお骨が飛び散る。
仏壇の前はすでに砂地になっており(屋内・屋外は絶えずシームレスにつながる)、地面にお骨が落ちる。
突然、高円が異様な声をあげる。
人間のものとも思えないような。
撒かれたお骨から、芽が出るように人間の筋や骨が生えてくる。
それらが絡み合い、人間の姿に近づいていく。
あたりを見ると—
南の島の風景が広がっている。
生前の姿の面影を残したゾンビ、あるいは惨死した時の姿で、しかし動き回っている。
その中を他のゾンビと化した日本兵たちがふらりふらりとさまよっている。
互いの肉を食い合い、脳みそをすすり合う。
かと思うとまた骨になりかけては、また生前の姿に戻りかけたり、行き来する。
ふっと視界が広がると、風光明媚な丘に同じような遺影を飾った仏壇がいくつもぐるりと並んでいる。
その前にそれぞれ座って手を合わせている遺族たち。
中には仏壇なしで遺影だけしか持っていない者もいる。
絶叫し続けている高円。
長島「どうした、何をわめいている」
高円もゾンビになりかけ—
すんでのところでとどまる。
だが、すでに人外に堕ちているらしく、目の色がおかしい。
よく見ると、長島もだ。
いつのまにか、餓鬼道に堕ちている。
○ 武道館
を埋め尽くしている真新しいスーツ姿の青年たち。
諫早グループ各社の新入社員の入社式が行われているのだ。
その中に神妙な顔をした進の姿がある。
少し離れて、知子の姿もある。
壇上に傲然とした面持ちの男(川地)が登壇する。
背景には、「市民ケーン」のケーンよろしく、巨大な川地の顔が垂れ幕になっている。
傍らに「一九八九年 三光商品株式会社 新入社員入社式」の垂れ幕。
川地「新社会人の諸君!ようこそ我が三光グループへ。我が三光グループの人間は家族。いや、日本人全員が家族です。この入社式をともにした者は、今後どういう道に進もうと、一生三光グループ第四期生として生きる事になります」
× ×
司会者「では、ここで先日の大戦の英雄で、また五輪の悲劇の英雄でもあります高円武一先生にご挨拶いただきます」
そこにひょっこりと高円が現われる。
りゅうとしたスーツに身を包んだ偉丈夫然とした姿。
先ほどのゾンビとは同一人物とは思えない。
隣の男(砂川)が聞きもしないのにそうっと耳打ちする。
砂川「あの人、講演料一日百万だってさ」
進む「(小声で)あ、そう」
挨拶を続ける高円—
ふっとまた目の色がおかしくなる。
○ バス
四十人近くの新入社員がまとまって乗っている。
全員、スーツ姿。
進「ずいぶん大勢いるな」
砂川「歩留まりの問題だよ。どうせ大勢やめるから大勢とるんだ」
進「そういうこと、言うか」
砂川「言うよ」
ぶすっとした、まだ幼さが残るくらい若い男。
○ また別のバス
こちらは、女子社員だけ。
その中に知子の姿もある。
○ 宿泊施設(グリーンピア)
に吸い込まれていく新入社員たち。
佐智「(横から入ってきて、解説する)ちなみにこのグリーンピアは厚生省が年金受給者等のための保養施設として、年金福祉事業団を通して日本全国13ヵ所に作った施設だけれど、素人の役人が経営に失敗して、ムダに公的資金を注入したあげく、2005年にはすべて廃止、売却されました。作られた場所は歴代厚生大臣の地元が多かったところから、利権が指摘されてします。使用料が安価だったところから、長期の研修にも利用されました」
言うだけ言うと、ぱっと姿を消す。
と、もう一台のバスからまたぞろぞろと同じようなスーツ姿だが、着慣れた感じの男たちが降りてきて玄関に吸い込まれていく。
砂川「誰だい、あいつら。俺たちと大して歳違わないみたいだが」
進「さあ」
○ 同・グラウンド
今度は全員ジャージに着替えている。
研修責任者の大久保が檄をとばしている。
新入社員たちのチームと、若手社員のチームが向かい合っている。
大久保「新入社員たちに言っておく。目の前にいるのは、一年前、二年前に入社した若手社員たちだ。なぜ彼らも研修に参加させるのか。それは、先輩になったことを自覚させるとともに、初心を忘れさせないためだ。そして実際の仕事につけば、先輩後輩といっても一年二年くらいの違いは簡単に乗り越えられる。今から同期生はもちろん、先輩も、上司もライバルだ。営業成績が良ければ、上に行ける。蛙飛びに追い抜ける」
大久保「いいか、これからの研修期間、集合は十五分前。挨拶はどんな時も『お疲れ様です』だ。相手が目上でも外部の人間でも使える。時間帯がいつでも使える」
ソフトボールの試合をしている新入社員たち。
大久保「負けた方のチームはダッシュでグラウンドを三周っ」
走る若い社員たち。
× ×
大久保「これから毎日、注魂(ちゅうこん)を行う。魂を注ぐと書いて、注魂と読む。その時々の新しい目標を言葉にして全力で叫ぶ。手本を見せる」
応援団のように大きく胸をそらせて、腕を大きく広げながら
大久保「俺はーっ、三光商品のーっ、大久保だーっ、俺はーっ、日本一のーっ、営業マンにーっ、なるぞーっ」
こっ恥ずかしさを堪えている新入社員たち。
大久保「では、そっちから一人づつ、やっていけ」
仕方なしに前に出る端の社員。
社員1「俺はーっ」
社員2「三光商品のーっ」
進「(名前が省略される)だーっ」
一節ごとに社員の顔ぶれが変わる。
社員4「俺はーっ」
砂川「日本一のーっ」
大久保「人と同じこと言っていてはダメ」
砂川、何を言っていいのかわからなくなり、パニクる。
砂川「世界一のーっ」
大久保「同じこと」
砂川、おたおたして何も出て来ない。
大久保「はい、次」
ほっとしながら、傷ついた風の砂川。
○ 教室
勉強している新入社員たち
大久保「いいか、登録取引員の試験は五月。それまでみっちり四十日。学生の夏休みと同じくらいの期間がある。もうおまえたちは自分は社会人だと意識を組み替えろ。必ずこの試験には合格しろ。合格しないと営業してはいけないことになっているのだからな」
砂川「(ぼそっと呟く)表向きはね。実際は先輩の名前で営業電話かけまくっているっていうぜ」
大久保「講師は、去年入社した社員たちだ。ちゃんと勉強が身についているかどうかのテストにもなるからな」
顔つきがこわばっている入社二年目の社員たち。
× ×
三島(入社二年目の若手社員)「証拠金は現金だけでなく、有価証券でも代用できる。有価証券というのは、つまり株券のことね。商品取引をする人はたいてい株゛をやっているから、手持ちのお金がないと断られた時にはすかさず、いえ株券を現金代わりに証拠金にあてることができますからともちかけるんだ。現金を別に新しく用意する必要がないから、乗ってくることが多い」
○ 夜遅く・寝所
先輩たちと相対して正座している新入社員たち。
何事かもぐもぐ訓示している大久保。
やっと訓示が終わって、解放されるが足がしびれてひっくり返る新入社員たち。
○ グリーンピア・玄関
起き出してくる社員たち。
六時半過ぎ。
○ 海岸
出てくる社員たち。
進、ふと、少し離れた海岸にベン・ハーに跨がった高円がいるのに気づく。
砂川「どうした」
進「いや…」
また見ると、消えている。
進「なんでもない」
× ×
注魂をしている社員たち。
進「俺はーっ、三光商品のーっ、中井だーっ、今日はーっ、模試七百点以上をーっ、めざすぞーっ」
それなりに慣れている。
× ×
波打ち際をロードワーク。
息が上がっている社員たち。
○ グリーンピア・食堂
「(大久保に対し)おつかれさまですっ」
を思い切り連呼する三光商品の新入社員たち。
グリーンピアの職員がやってきて、
「もし、その大声でおつかれさまですって連呼するのやめていただけますか。他のお客さまから苦情が出ています」
大久保「あ、すみません。以後気をつけます」
○ わずかな隙間時間
砂川「(ぶつぶつ言っている)なんだよ、こっちは仕事で挨拶してるんだ」
進「だからって大声出していいことにはならないだろう」
砂川「おまえ、なんでこの会社選んだんだ」
進「よくわからない。電話がかかってきて、話を聞いているうちに会社訪問の約束をしていて、訪問したら適性検査っていうテストを受けて、その翌日には内定の電話があった」
砂川「冗談みたいな話だな(カメラに向かって)八十年代終わりのバブル期にはこれくらい就職戦線で売り手市場だったことは本当にあるんだぜ」
× ×
フラッシュバック。
進の部屋—会社案内で段ボール何個分にもなっている。
× ×
砂川「結局、全部数字だな」
進「あ?」
砂川「営業成績も、商品の値段も。おかしいと思わないか」
進「何が、あたりまえのことだろ」
砂川「だけどさ。商品取引といいながら、結局物を売り買いするわけじゃないだろ。最終的に全部清算されて、取引に参加したほとんど100%は実際の小豆(あずき)や大豆を売り渡すわけでも受け取るわけでもない。
進「それ、あずきじゃなくて、しょうずと読むんだろう」
砂川「(無視して)それもよくわからないんだよな。物があって数字があるんじゃなくて、数字があればそれが売買できるんだよな」
進「君、早稲田だったっけ」
砂川「(イヤな顔をして)そうだけど」
進「こういうとなんだが、なんでここに来たの」
砂川「受かったのが、ここだけなんだ」
進「そう。早稲田ならもっといいところありそうだけれど」
砂川「そうかな」
進「そうですよ。こういうとなんだけど(ちらっと周囲を見て声をひそめて)専門学校出と早稲田が一緒って変では」
砂川「そうかな」
進「それも沖縄の観光専門学校って」
砂川「学歴差別はよくないよ」
と言ったきり、むっとして黙ってしまう。
進「話を変えますけど、しかしなんでこんな体育会系の合宿みたいな真似やるのな」
砂川「上のいうことを下がよく聞くようにだろ」
高円が横からぬっと顔を出して、
「これが体育だと」
と呵々大笑する。
進がぎょっとした時には、もう姿を消している。
進があたりを見ると、
○ 女子の研修
並んできちんと制服を着て、「おはようございます」「お疲れ様です」を連呼する。
それを大久保がじろじろ見てまわって、
大久保「ベルトの線が高い。だから、お尻が出て見える」
と、知子のお尻をぱしっと平手で叩く。
平然とした顔で。
知子「(ショックを受けるが、できるだけ表に出さない)」
大久保「胸を張れ」
その通りにすると、その胸をじろじろと見る。
内心のむかむかを抑える知子。
ふっとその傍らにゾンビ化した高円が現れる。
また「おはようございます」「お疲れ様です」を連呼する女子社員。
次第に表情が虚ろになって、目の色がゾンビ化する。
○ 研修中・グリーンピア講堂
研修に参加している社員たちが地位の高低関係なく全員集まっている。
大久保「いいか、会長がお話されている間は、決して眠るな。鉛筆尖らせたのを太腿に刺してでも眠るなよ」
× ×
川地会長の訓示が続く。
川地「ものごとを成し遂げるには、背後の橋を焼くことが必要です。退路を断って、初めて死ぬ物狂いの力が産まれる。必死の力こそが本当の力です」
だが、やはりうとうとしてしまい、目を開けたまま寝ている社員が何人もいる。
二年生社員の中にもいる。
うとうとが過ぎてぐらっとなった拍子に腿に押当てた鉛筆がぶすっと刺さって、激痛に
「いてえっ」
と、思わず声が出してしまう。
それでも周囲はひたすら黙って拝聴している。
○ 教室
大久保「みんな、頑張ってるな。これから初任給を渡す。この一回は全員一律だが、このあと一回ごとに差がついていくぞ。いいな」
封筒を受け取っていく社員たち。
現金は入っておらず、明細だけが入っている。
進「十八万五千円…いろいろ差し引いて、手取り、十四万ちょっと、と」
と、空になった封筒を振る。
○ 講堂
「ロールプレイング」とホワイトボードに書かれている。
グループに分かれて、電話を持っている格好をしている二人の社員がペアになっている。
ヘアの中には、進と砂川もいる。
進「砂川さまのお宅でいらっしゃいますね。私、三光商品の大久保と申します。このたびは耳寄りな資産運用お話がありまして」
砂川「あ、そういうの、興味ありませんから」
進「中井さまは資産はお持ちでしょう」
砂川「資産って、預金だけですよ」
進「今は高度成長期ではありませんので、普通預金にしておいてもスズメの涙にもならない利息しかつきません。インフレが進めばみるみる目減りしてしまいます銀行任せでなく、資産を上手に運用するのが身を守るのに必須になります」
目の前にマニュアルが広げられてる。
砂川、聴き入る芝居。
× ×
大久保「だいたい良いが、マニュアル頼りでなく、その時その場で臨機応変に対応できるようにすること。とにかく何か喋り続けること。これを忘れるな」
○ 研修終了式
大久保「(新入社員たちの配属先を読み上げていく)赤沢秀光」
赤沢「はいっ」
大久保「甲府支店」
赤沢「はいっ」
大久保「石田勇」
石田「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第一事業部」
江川「はいっ」
× ×
大久保「砂川敬介」
砂川「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第一事業部」
砂川「はいっ」
× ×
大久保「中井進」
進「はいっ」
大久保「蛎殻町本店第二事業部」
× ×
大久保「(読み終えて)俺たちは一緒だ。三光商品第四期生だ。これは一生変わらない。一生の絆だ。今日は飲んでよし。あしたから、それぞれの配属先に直行だから、飲過ぎるなよ。それから、出社は九時じゃないぞ。市場が開くのが九時なので、八時には来い。おめでとうっ第四期生っ」
わーっと歓声が社員たちから上がる。
○ 海岸・夜
石田など、本気で感激して涙を流している。
石田「(言われもしていないのに、一人でまた注魂をしている)俺はーっ、三光商品四回生のーっ、石田だーっ」
その中で、ちょっとさめている進。
砂川「(いきなり話しかけてくる)おい、お別れだな」
泣いているので、進は意外な顔をする。
進「泣いてるのか」
砂川「感動してるんだ」
進「酔ってるんじゃないか。同じ本店だから、別れるわけじゃない」
石田「感動だよ、感動」
砂川「ああ、感動だ」
石田と砂川は抱き合って感動を分かち合っている。
仲間に入れず、浜辺に立ち尽くす進。
高円の声「おまえは感動しないのか」
見ると、高円が海から上がってきている。
時空がまた交錯する。
高円「みんな感動しているのに」
進「ずっと我慢し続けて、解放されたらほっとする。感動だってするさ」
高円「おまえ、苦労するぞ」
進「そうかな」
高円「感動は、クセになる」
進「そうかな」
高円「感動は、作れる」
進「あんたが言うのか」
高円の姿はなくなっている。
○ 三光商品・営業部
電話をかけまくるテレコールの最中の社員たち。
同じフロアで机が二つのブロックに分けられて並び、片方に第一事業部、もうひとつに第二事業部と札が下がっている。
第一に砂川が、第二に進が席についている。
その前に座っている大久保。
ロールプレイングではない、本番だ。
砂川「もしもし、私、三光商品の大久保と申します」
進「「もしもし、私、三光商品の大久保と申します」
その中、所在ない感じで座っている知子。
有線で商品先物相場の数字が読み上げられているのが流れている。
ときどき立ち上がって、相場の数字を黒板に書き込む。
× ×
大久保「新入社員だけ、ちょっとだけ手を止めて」
知子が受験票を配って回る。
進にも配るが、このときは特に意識も何もしていない。
大久保「登録外務員試験の受験票だ。絶対合格しろ。研修の間の模試でだいたい合格できるようにはなっているが、落ちたら罰金だぞ。いや、今のは冗談だが」
砂川や進の表情はそれが冗談ではないことを物語っている。
大久保「俺もいつまでも名前貸すわけにいかないからな。合格すれば堂々と自分の名前と名刺で仕事ができるんだ」
○ 登録外務員試験会場
テスト用紙が配られる。
会社にいる時と同じスーツ姿で取り組む進、砂川たち。
○ 本社・営業部
テレコール中。
砂川「こちら三光商品の大久保と申します」
進「 三光商品の大久保と申します」
すっとやってきて、合格証を進に配っていく知子。
砂川の方は素通りする。
大久保「(やってきて進に)中井、おめでとう。これで自分の名前でテレコールできるな」
進「はいっ」
大久保「がんばれ」
進「はいっ」
大久保、砂川の方に向かう。
大久保「おまえ、模試の成績悪くなかったはずだがな」
砂川「はい」
大久保「わざと合格しなかったのか」
砂川「…(無言)」
大久保「追試には合格しろよ、絶対だぞ。でないと」
砂川「クビですか」
大久保「なんだと」
砂川、目が座ってきている。
大久保「合格するまで、中井の名前を使え」
進。
大久保「まったく。合格した同期入社の名前使わなくてはいけないって、恥ずかしいったらないぞ」
砂川。
× ×
砂川「こちら、三光商品の中井と申します」
進「こちら、三光商品の中井と申します」
何度となく繰り返される。
相場を機械的にボードに書き込む知子。
その目がゾンビの鉛色の目になっている。
他の社員たち、上役も含めて全員鉛色の目になっている。
× ×
砂川「(声が上ずる)はいっ…、そうです。今、株はやっていらっしゃるでしょうか。株があれば、現金の代わりに証拠金にあてることができます…現金を作る。もちろん、その方が割引になりませんので、お得です」
断ち切られたように、鉛色だった目が輝く—、
ただし、いきいきとした目というよりは何か注射したようなギラギラした目つきだ。
大久保、ちらと砂川を見る。
砂川「はいっ、私、三光商品の中井と申します。よろしくお願いします」
と、電話を切る。
砂川「アポ、とれました。来週月曜の午後一、白金です」
大久保「ご苦労」
砂川「しかし、中井の名前でとってしまいましたが」
大久保「別に構わないだろう。おまえ一人で口説き落とせとは言わない。俺もついてく。俺がついてるから、せいぜい口説け。手に余るようなら、俺が出てく」
進「あの、自分は」
大久保「おまえが出て行くのはおかしいだろう。おまえがアポとったわけじゃないんだから」
進「だけど名前が」
大久保「砂川が合格してからつじつま合わせるよ」
進、釈然としない表情。
× ×
一条(一期先輩)「よし、行くぞ」
と、砂川を連れて出て行く。
× ×
相変わらずテレコールが続いている。
進、同じことを続けてかなり憔悴している。
そこに知子がやってくる。
知子「中井さん」
進「はい?」
知子「今日、誕生日ですよね。五月二十日」
進「はい」
知子「おめでとうございます。記念品です」
と、包みを渡す。
進「あ、どうも」
知子「それからこれも」
と、同じ包みを渡す。
知子「あたしも今日が誕生日なんです」
進「へえ。おめでとうございます」
知子、じっと進を見ている。
進「(はたと気づいて)あ、記念品です」
と、一つ余分に渡されていた包みを、改めて知子に渡す。
知子「ありがとうございます」
ふたりの視線が自然と混じり合う。
それから、知子は離れていき、進はその姿をちょっと目で追う。
その間に、大久保と砂川が帰ってきている。
大久保「(進の様子を見逃さず)うちでは割と社内結婚多いんだ。おまえ、杉山さんどうだい」
進「いえ…(曖昧な笑いを浮かべてやりすごす)」
大久保「(大声で)ちょっと、みんな」
一斉に市内の社員たちの注目を浴びる。
一条「見てやってくれ」
と、鞄を持った砂川を前に押しやる。
砂川、顔が青ざめている。
そしてうながされるままに、持っていた鞄をどんと机に置く。
開けると、一万円札の札束がざっくざく。
一斉に嘆声が漏れる。
「あるところには、あるもんだ」
誰かが呟いた。
大久保「(進に)おまえも早くアポとれ。外に出たいだろう」
進「はい」
と、鼻をうごめかせる。
大久保「酒臭いだろ。俺じゃないぞ。このカネの持ち主だ」
進「いいんですか」
大久保「いいんだよ。普段から呑んでるみたいなんだから」
× ×
淡々と相場の数字とグラフを壁のボードに書いていく知子。
急激に下落しているのがわかる。
× ×
砂川が電話で応対している。
「(脂汗を流しながら)申し訳ありません。いえ、そのようなことは決して。
一条、俺が代わるといった手つきで受話器を受け取る。
「お電話代わりました、一条と申します。…いえ、これ以上追加証拠金が遅れますと、最初の証拠金がまるまる損するだけでなく、それと同じくらいの損失が出ますので、はい。もうお急ぎいただかないと。正午までです。それ以上遅れたら、つぎこんだ証拠金の倍の損失がでますので」
電話の向こうから思い切りの大声で喚く客の声が聞こえてくる。
電話を切る一条。
砂川「大丈夫でしょうか」
一条「何が」
砂川「あれだけあった札束が消えて、それに加えて証拠金って」
一条「いいんだよ。こっちの手数料は増えるんだから」
砂川「でも」
一条「でももストもあるか。こちらの儲けのことだけ考えていればいいんだ」
× ×
知子が新入社員たちに新しい名刺の箱を配って歩く。
進、箱を開けて「中井進」という自分の名前を確認する。
砂川は、心ここにあらずという感じで箱の蓋も開けようとしない。
知子、ちょっとけげんそうに見ている。
× ×
テレコールを続けている社員たち。
時計が正午をつけている。
砂川、突然、注魂を始める。
自分の椅子を丸めた新聞で叩きながら、
「やる気ーっ、やる気ーっ、 やる気のーっ、ない奴はーっ、とっととーっ、出て行けー」
と、研修でやっていたのと同じように叫ぶ。
周囲はややけげんそうに引いて見ているが、特に何も言わない。
砂川、何かをゴミ箱に捨てて、そのままことこと出て行く。
他の社員も昼食を摂りに出て行く。
× ×
午後一時過ぎ。
またテレコールが始まっている。
突然、ドアが乱暴に開けられ、血相を変えた男が乱入してくる。
男「中井っ」
進、びっくりする。
男(菅原)「中井はどこだっ」
一条が腰を浮かせかけるところを、
進「私です」
菅原「おまえが、中井だと」
と、酔ったような目つきで迫ってくる。
菅原「電話してきたのは、おまえだな」
進「え」
菅原「おまえに騙されたせいで、俺は破産だ。どうしてくれる」
一条、割って入る。
一条「ええ、ここは上司である私がお話を伺いましょう」
菅原「」
大久保、進を菅原から引き離して連れて行く。
大久保「(小声ながら怒鳴るように)砂川はどこだ」
進「わかりません」
知子、ゴミ箱から小さな箱を拾う。
開けてみると、「砂川昇一」の名刺がびっしり。
進「(それが目に入って、顔つきが変わる)」
菅原がまた進に迫ってくる。
菅原「おまえが中井だな」
進「はい」
菅原「俺に電話をかけてきたのは、おまえだろう」
進「…いいえ」
菅原「他に中井って名前の奴がいるのか」
進「いいえ」
一条「(割って入る)声でわかりませんか。電話したのはこいつではないんです」
菅原「いや、こいつだ」
一条「私と一緒にお尋ねしたでしょう」
菅原「(じろじろと一条を見て)知らんぞ、おまえなど」
一条「私がご説明したじゃありませんか」
菅原「わかっているのは、中井という名前だけだ」
一条「なんでそれだけわかってるんです」
菅原「メモしたからな。メモしておかないと、みんな忘れる」
大久保「(舌うちして)アル中が」
進「だけれど、私は電話していません」
菅原「じゃあ、誰が電話したんだ」
進「私の同僚の砂川という男です」
菅原「なんでそいつがおまえの名前を騙ったんだ」
大久保「(進を突き飛ばすようにして)余計なこと言うな。砂川を探しに行け。(知子にも)おまえもだ」
出て行く進と知子。
まだ菅原がわめいている。
○ 蛎殻町
黙って並んで歩く進と知子。
知子「辞めるんでしょうね」
進「え」
知子「名刺、捨てていた」
進「そうみたい、ですね」
知子「もったいないな」
進「まったく。四十日も合宿したのに」
知子「私がもったいないと言ったのは、名刺がゴミになったことですよ」
進「え」
知子「頑張ったから価値があるってものじゃないでしょ」
進「そういえば、研修のときも女子は別のバスに乗っていたと思うけれど、何研修したんですか」
知子「何ってことないです。挨拶のしかた、電話の受け答え、朝一番に出かけたら全員の机の上を掃除して、お茶を入れる用意をする。そんなとこ」
進「ふーん」
知子「だから研修らしい研修なんてしてない」
進「まあ、上が堂々と言ってたものな。男と女とでは、役割が違うんだ。これは差別ではなく、区別だって」
知子「よく言う言い方ね」
二人、立ち止まる。
進「ああそうだ。中井進です、よろしく」
知子「杉山知子です。よろしく」
ちょっと迷ったようにしてから、握手する。
進「…(気がつく)」
知子が婚約指輪をしていることに。
進「その指輪は…」
気づくと、進も同じ指輪をしている。
かっかっという、馬の蹄の音が聞こえる。
見ると、ベン・ハーに乗った高円がやってきている。
その傍らに、砂川が従っている。
進「(あえて高円を無視して)砂川」
砂川、返事しない。
進「辞めるのか」
× ×
総務部で「砂川俊一」の名刺がシュレッダーにかけられる。
× ×
砂川「おまえはどうする」
× ×
業界紙の見出し「三光商品に業務改善命令」
× ×
さらに「中井進」の名刺もシュレッダーにかけられ、ばらばらになる。
× ×
進「結局、登録外務員資格を持っていない社員に勧誘させたという件で、通産省から業務改善命令が出たわけだが、大損させて追加証拠金をしこたま儲けたことにはおとがめなかった」
砂川「余計なことしやがって」
進「どちらにしても辞めていたんじゃないか」
砂川「俺がか。おまえがか」
進「両方だろう」
はっとなって、周囲を見渡す。
周囲は蛎殻町ではなく、
○ 南の島の砂地
になっている。
進「知子…知子っ」
知子、高円に向かっていく。
進「知子っ」
知子、振り返る。
知子の目がゾンビのそれになっている。
進「知子、よく見ろ。そいつは英雄じゃないぞ」
進の後ろからわさわさ迫ってくる者たちがいる。
振り返ると、三光商品の社員たちがゾンビになって迫ってきている。
また前を見ると、高円の背後から戦死者たちが迫ってきている。
高円、四四式騎兵銃(ボルトアクション式)を携えている。
知子、指輪を外して、高円に差し出す。
高円、受け取り、自分の指にはめる。
進。
× ×
知子、自分の「杉山知子」の名刺を持ってシュレッダーの前に立っている。
その名刺も、シュレッダーで粉々になる。
× ×
壁の相場表を大きなモーションで消す知子。
× ×
知子の目が元に戻っている。
傍らで、ベン・ハーが膝を折る。
地面に降り立つ高円。
そのまま横たわるベン・ハー。
高円、おやという顔をする。
息たえだえでいる馬。
進「愛馬の世話もしてなかったみたいだな」
知子、高円の銃を指輪の代わりに受け取って構える。
進、身構えて警戒する。
傍らから、進自身の声が聞こえてくる。
「俺はーっ、三光商品のーっ、中井だーっ」
傍らにゾンビになったもう一人の進自身がいて、注魂をしているのだ。
知子、じいっとを見ている。
銃をぶっ放す。
ゾンビの進の頭が吹っ飛ぶ。
本物の進の方は無事。
死にかけたベン・ハーの目が開く。
ぬうっと山のような巨体がせり上がるように立ち上がる。
高円「(圧倒され)ベン・ハー…」
ベン・ハーが後ろ足で、高円を蹴飛ばす。
高円の頭がスイカのように砕けて飛び散る。
ゾンビたちが解散していく。
ベン・ハーもどこへともなく消えていく。
高円の全身が霧のように薄れて、消え失せる。
指輪が宙に浮かび、地面に落ちる。
○ 地面
は、街のアスファルトでもなく、南の島の砂地でもない。
日本国内の小さな教会の床だ。
その床に落ちた指輪を拾い上げる正装した知子。
進も正装した姿で並んで立っている。
前にはしれっとした顔で諫早もいる。
諫早「では、指輪の交換を」
あとは親族だけのつつましい式。
○ 職業安定所(フラッシュバック)
係員A「商品取引業ですか。あそこは昔から小豆を赤いダイヤとかいった相場で大問題起こしたりするところでね。嫌悪職って言葉ご存知ですか」
進「いいえ」
係員A「嫌われるケンオですね」
進、憮然とする。
係員A「SEやってみるつもりありませんか」
進「エスイー?」
係員A「システムエンジニア。今だったら、適正検査に合格すれば確実に入社できますよ」
進「やってみます」
○ 指輪の交換
○ 職安
係員B「総合職ですか」
知子「ええ」
係員B「これまで一般職だったのでは」
知子「いけませんか」
係員「いえ、でも難しいと思うけど」
知子「とにかく」
○ 小さな教会
から出てくる知子と進。
目の前に広がっているのは、現代の日本の街。
【終】