初めのうち、戦争の実写フィルムにナレーションがかぶさるNHKスペシャル的前振りが長めに続いたあと、一転して通常のキャラクター説明や家庭の描写をすっとばして、実際の裁判を正面きって再現した陳述のやりとりがずうっと続く。撮り方も中継をスイッチしているみたいで、慣れるまでちょっとうとうとしてきた。
もっとも、無味乾燥かというとそうでもなく、居ずまい正しく振舞っている中にアメリカ側の弁護人や検事との間に、仕事に誠実な人間同士の信頼感が自然に生まれてくるところに、まじめに法と正義を信じていた昔のアメリカ映画のような気持ちよさがある。ロバート・レッサーのツイードのスーツの柔らかい質感が人となりをよく出した。
監督の小泉堯史は晩年の黒澤明の助監督、というより身の回りの世話までした昔の書生みたいな人らしいが、だからというわけではないが、この撮り方ははっきり黒澤組のマルチカメラ方式に近い。
「夢」の「トンネル」で、死んだ兵隊たちをひたすら引き気味のアングルの切り替えだけで淡々と積み重ねていうち幽冥定かならぬ具合になってくるのを、井上ひさしは「映画が初めて能になった」と評したが、この映画にも膨大な量の死をバックにした一種の様式感と格調がある。
岡田資という人が最初から最期まで変わることのない「できあがった」人で、部下たちもひたすら慕い,共に学ぶというあたり、ちょっと「赤ひげ」みたい。
ちょっとひっかかったのは、中国の駅の構内で真っ黒にすすをかぶった幼児が泣き叫んでいる映像が出てきたことで、あれはカットされている前半で国民党だったかの工作員が幼児を運んできたちょうど「絵」になるところに置くところが写っている、典型的な「やらせ」映像なのだが。(後註・米誌「ライフ」の1937年10月4日号に掲載された、当時ハースト系通信社の上海支局長であった中国系アメリカ人・H・S・ワン(王小亭)が取った宣伝映画だそうです)
(☆☆☆★)
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