組の若い者が掃除機で掃除していたりとか、洗濯物を干したりしている情景がなんだか可笑しい。それはヤクザだって掃除するだろう。というか、「棒の哀しみ」で刑務所にいるうちに綺麗好きになったというセリフがあったが、身ぎれいにしていないといけない商売らしい。
ゴルフのバッグらしき大きな包みを見て、マシンガンなんてありません、銃刀法違反になりますからとマジメでちぐはぐなやりとり。
昔の本物の杯事の実写映像(白黒)が出てくると、あ、映画みたいと逆に思ってしまう。
全部顔出しで事前のチェックもしないという条件で撮っているのだが、写真(↑)に出てくる組員など面構えからしてジャーナリストかと思った。
「ヤクザをやめればいいって、どこで受けてくれる」とぼそっと言うところが一種のキモになっていて、実際はみ出た人間の受け皿がどんどんこの社会で小さくなっていてヤクザですら受けきれなくなっているということだろう。
憲法上の人権侵害、という問題の立て方には実は違和感を感じるので、家族まで差別されてまともに暮らせない状態にしておくのはおかしい、という当然の感情があってそれに憲法という法律上の裏打ちがあるように考えた方がしっくりくるる
組の前を赤いランドセルをしょった女子が通る画を挟むのが可笑しい。
組が作ったビデオがまたすごい大仰に親分子分の絆を強調していたりして、企業の教育用ビデオみたい(というか、その一種には違いないのだが)。
警察の手入れで本棚(こういうと何だが、ヤクザもかなり本読むのだね)をわざわざ囲って家宅捜索するところを見ると、思想取り締まりの準備といった要素があるのではないかと思わせる。
東海テレビというれっきとしたテレビ局がオウムを扱った「A」みたいに顔出しのドキュメンタリーを作れるというのは驚きだが、本当は驚く方がおかしいのだろう。
ヤクザと憲法 公式ホームページ
映画『ヤクザと憲法』 - シネマトゥデイ
ヤクザと憲法|映画情報のぴあ映画生活
本ホームページ