豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

2006年秋、軽井沢

2006年10月26日 | 軽井沢・千ヶ滝
 
 きのう、例によって子どもを学校に送り出してから軽井沢に行ってきました。いつもなら8時前には出発するのですが、女房が車庫のクルマの下に溜まった落ち葉を掃除したりしているうちに遅くなり、8時半過ぎの出発になりました。これが幸いしました。

 新座料金所手前の掲示板に「藤岡まで110分以上」という驚くべき文字が赤色で点滅していたのです(普段なら40~50分で通過します)。やがて入ってきたVICSの情報では寄居で衝突事故があり、寄居を先頭に花園まで7km以上渋滞ということです。
 よっぽどきょうの軽井沢は諦めて所沢で降りようかとも思ったのですが、その割にはクルマはそこそこ流れています。たびたび停車するし、時おり前方遠くが見えるカーブから見ると相当向こうまでクルマが連なってはいるのですが、しかし高速を降りる決断をするほどの渋滞ではありません。そして、東松山のあのゴルフ場の屋根がかかったあたりを過ぎた頃から、急にクルマは100kmで流れるようになりました。

 寄居を過ぎるところで、路上に白い小さな物体が散乱していて、路肩に後部の潰れたバンが止っていましたが、事故処理などはすべて終了していたようです。藤岡(上里SA)にはいつもの20~30分遅れで到着しました。もしいつもどおりに出発していたら、藤岡まで110分の渋滞に巻き込まれるところでした。

 軽井沢では、いつものように、まずショッピングプラザのWESTに立ち寄り、定番の店をウィンドウ・ショッピングします。よっぽどのことがないと買いません。ショッピングプラザは、店舗の前の回廊のようなモールを軽井沢の光を浴びながら歩くのが楽しみで出かけているようなものです。
 ウィークデーなのに結構人出がありましたが、苦手のイヌはほとんど見かけません。陽射しは気持ちよい秋の光でしたが、軽井沢の風は心地よい秋風というよりは、すでに肌寒さを感じるくらいになっています。長袖のスポーツシャツに薄手のセーターを着ていたのですが、ジャンパーを取りに戻りました。

 そのあと、ツルヤで昼食の材料などを買い込んでから千ヶ滝の家に向かいました。きょうは追分そば茶屋は定休日だし、このところ気持ちはフィアット・プント購入に傾いているので、倹約して家で食べることにしたのでした。

 街中では、赤や黄色に染まり始めた街路樹がちらほら目につく程度でしたが、千ヶ滝方面に登るに従って、次第に木々の葉が色づきはじめ、わが家の庭は3分程度紅葉していました。落ちた栗の実は既に誰かに荒らされてしまって1粒も残っていませんでした。昼食を済ませ、夏物を片づけ、近所を少し散策して、もう帰宅です。

 帰途に軽井沢もののネタ探しに平安堂に立ち寄りましたが、これといったものはありません。加藤周一の「高原好日」(信濃毎日)をちょっと立ち読みしましたが、彼の追分ものは若い頃に読んだ「羊の歌」で十分了解ずみです。女房は隣りのマツヤで超新鮮なブロッコリーを見つけたと喜んでいました。

 帰り道は何事もなく、ドアtoドアで2時間ジャスト、陽が落ちるのとほぼ同時に帰宅しました。秋の軽井沢をドライブするときはいつも“秋の童話”(韓国ドラマ)の主題歌のMDを流しているのですが、今回は往路の途中でMDの電池が切れてしまい(ぼくのクルマはCDとナビしかついてないので、MDはFMトランスミッターで聴いているのですが)、これが聴けなかったことが、今回のドライブで一番の痛恨事でした。行きの渋滞よりも・・。

(写真は、2006年10月26日のツルヤから眺めた浅間山)

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カローラ・ランクス

2006年10月26日 | 軽井沢・千ヶ滝
 
 ぼくが現在乗っているクルマは、カローラ・ランクスである。カローラセダンからランクスを経由して、一度だけVWポロ(の中古車、97年式)に浮気をして、再びランクスに戻った。

 VWのバッヂに憧れたものの、ポロは、出足加速の悪さ、燃費の悪さ、エアコンの故障、ライトの暗さ、2週間くらい乗らないとバッテリーが上がってしまう、と泣かされつづけた。
 きわめつけは、エアコンを修理したときから始まったエンストの頻発である。とにかく、信号や踏切で停止している間にエンストしてしまう、走行中にもブレーキを踏んだ途端にエンストして、赤や黄色の警告灯が一斉に点滅して、パワステも利かなくなってしまうという事態が何度も発生した。
 いくら修理に出しても解決しなかったが、最後にとうとう「車速感知器に異常があったので取り替えました」と言って来たが、もうポロに乗りつづける意欲はなくなってしまった。
 ただしポロの名誉のために言っておくと、高速走行はさすがに安定していた。

 そんなわけで、ランクスに戻ることにした。ちょうど柴咲コウの「青のランクスで~」というCMが流れていた頃で、納車の日に営業マンに「助手席に柴咲コウはついてないの?」と冗談を言うと、一見真面目そうな彼は「このお値段では柴咲コウは無理です」と受けてくれた。
 ランクスには何の問題も起こらない。エンストなどもちろん1度もないし、1か月乗らなくてもバッテリー上がりなどない。あえて言えば、高速の登り勾配などで追越をかけようとキックダウンしてもなかなか加速しないこと(1500cc)、高速走行時の安定性にやや欠けること、標準装備のスピーカーの音がポロに比べるとかなり悪いこと、運転席シートの座面奥行きが私には少し足りないことくらいで、後は何の不満もなかった。
 値段も一介の学校教師には手頃だし、燃費も悪くない。いいときは15km/L、エアコンかけた渋滞でも10km/Lはいく。最初は安っぽく感じたインパネの木目調のラインも、“上質感”こそ感じないものの、ベージュの内装と相まって車内を明るい印象にしてくれている。

 ぼくは次のクルマも次期ランクスにするつもりでいた。上信自動車道の碓氷峠での加速や車内静粛性のために、次は1800ccにしたいと思っていた。
 そこで、きのう行きつけのカローラ店に10代目のカローラを見に行ってきた。毎度カローラはモデルチェンジした当初は違和感があるが、そのうちに馴染んでくる。今度もそうだろう。しかし、今回はセダンとフィルダーのみで、ランクスは9月末で生産が打ち切りになってしまったという。ランクスファンとしては残念でならない。とくにCVT化によってカローラ1800ccの燃費は17.2km/Lという。次は1800にしようと思っていたぼくにとってこの燃費向上(現行の1500ccと同数値である)は大いに魅力的である。
 ランクスは生産終了となり、オーリスとブレードというのが投入されるらしい。ともに車幅は1760mmをこえるという。クルマの運転が得意でないぼくにとっては、この車幅の増大感はなんとも気持ちが悪い。しかもネット上で見るオーリスはヴィッツが肥大化したみたいで、何か不格好である。新カローラは、バックモニターだのコーナーセンサーだの様々な機器をくっつけて、団塊世代の高齢運転者の乗りやすさに配慮したことを宣伝しているが、団塊世代の運転苦手なぼくにとっては、現行ランクスの車幅が1695mm、全長が4175mm、オーバーハングの小ささこそ、最大の運転のしやすさだったのである。
 ヨーロッパ市場をにらんで、VWゴルフやプジョー307などに対抗するための3ナンバー化らしいが、日本の道路事情と日本の団塊世代の運転者のことを考えたら、5ナンバーははずせないだろう。世界市場などに目を奪われたためにアメリカのメーカーはアメリカ市場で敗退することになったのではないのか。トヨタも世界的メーカーになることで、日本のお客のことなど構っていられなくなってしまったのだろうか。
 ランクスの1800cc、CVT版が出ないとなると、ぼくにはニッサンのティーダくらいしか次の候補はなくなってしまう。ティーダは、“Compact meets Luxury”という“Luxury”から匂ってくる卑屈な感じが好きになれない。compactはcompactでいいじゃないか。側面の見てくれも、徳大寺氏に言わせれば「間延びしている」。
 
 ぼくは毎月1回病院通いをしているが、病院の広い駐車場で陽ざしを浴びている自分のランクスの顔を待合室の窓越しに眺めているだけで、30分以上の待ち時間も至福のときとなる。
 カローラセダンでもフィルダーでもない、ヴィッツでもアイルでもない、オーリスでもブレードでもない、ランクスでなければならない、こんなランクス・ファンもいるのである。トヨタが思い直して、新しいカローラ派生のランクス1800を作ることを車検までのあと1年待ってみよう。
 
 軽井沢の日ざしを浴びたランクス。 2006/10/26

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