5月3日、憲法記念日の東京新聞朝刊に水田洋さんへのインタビュー記事が掲載されていた。
101歳でご健在というのにまず驚いた。ご発言も大いに共鳴できる内容だった。
水田さんは戦前の軍国主義の時代も体験された世代だが、最近の日本の政治は危険な状況にあるが、悲観も楽観もせず、「個人個人がいざとなったら選挙で変えていけるという回路があることが大事。まあ、これからが見物ですよ」と語っている。
たしかに、選挙という回路が保障されている点では、ミャンマー、中国、ロシアなどよりはましだろう。しかし、コロナ緊急事態宣言下だというのに、協賛企業の宣伝車が大音量でCMを流しながら先導して、道端には見物客が集っているという聖火リレーの実態を、大新聞、テレビがほとんど報道しないなど(東京新聞にはコカコーラ、日本生命、NTTの宣伝車が先導する写真が掲載されていた)、五輪をめぐるマスコミの情報操作はミャンマーに近い状態に思える。
それでもぼくは、選挙で示されるであろう民意を信じている。
さて、水田さんだが、ぼくは水田さんに直接お会いしたことはないが、一つだけ接点がある。
20年近く前のことになるが、ぼくが編集者時代に在籍していた出版社で、品切本、絶版本の復刊の企画が持ち上がった。復刊を希望する書籍のアンケートが来たので、ぼくは水田さんと高島善哉共訳のアダム・スミス『グラスゴウ大学講義』の復刊を提案した。
アダム・スミスの「法学」講義というのが興味を引いたのと、古書店の目録で同書が4万8000円という高値が付いていたので、5000円くらいで販売すれば売れるだろうと見込んだのである。
※ 調べてみると、同書の復刊は1989年(平成元年)だったから、今から30年以上前のことである。復刊前には古書店で4万円以上していたが、岩波文庫版の出た現在では1500円で出ていた。
ぼくの予想は当たって、この復刊書は完売した。
当時、水田さんは初訳後の知見に基づいて、単独で同書の改訳を準備中だったが、すぐには改訳版を上梓するめどは立っていなかったので、さしあたりは『グラスゴウ大学講義』を復刊することに同意されたという。復刊本の簡単な解説にその旨が記載されている。
その後、2005年に改訳版は完成して、『法学講義』と題して岩波文庫から出版され、『グラスゴウ大学講義』はその使命を終えたが、ぼくにとっては思い出の一冊である。
実はぼくは、「家族法」の部分は読んだ形跡があるが、この本の全体をきちんと読んでいない。スコットランドで再びイングランドからの独立運動が起こっている折から、スコットランド物(?)としても面白そうである。
ちなみに、その際の復刊書アンケートでは、他にも我妻栄編『戦後における民法改正の経過』と、我妻栄『事務管理・不当利得・不法行為』の復刊も提案して採用された。
我妻さんの『経過』は戦後の民法(家族法)改正に関する立法関係者たちによる唯一の解説書であり、『不法行為』は我妻さんが『民法講義』(全8巻、岩波書店)の最後の部分(「債権各論・下巻Ⅱ」)を執筆されることなく亡くなられたので、この分野に関する我妻さんの唯一の教科書だった。
これらの復刊書も完売し、さらに増刷もされたように記憶する。
2021年5月5日 記