豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

原田武『インセスト幻想』

2022年12月16日 | 本と雑誌
 
 原田武『インセスト幻想--人類最後のタブー』(人文書院、2001年)を読んだ。

 古今東西の文学、神話、歴史書、ドキュメント、精神医学、心理学などの文献から、インセストをめぐる言説を渉猟、紹介しつつ、その間に著者の見解を交えたもの。
 古典では、古事記、日本書紀、ギリシャ神話、千夜一夜物語、源氏物語、今昔物語、日本霊異記などから、西では、モンテーニュ、パスカル、ディドロ、ミラボー、サド、プルースト、デュ・ガール、フーコー、サルトル、ジッド、トーマス・マン、ウォルポール、ポー、オニール、東では、島崎藤村、室生犀星、宮沢賢治、谷崎潤一郎、三島由紀夫、小島信夫、森茉莉、幸田文、倉橋由美子、野坂昭如などなど、インセスト作品の百花繚乱である。
 文学作品の中にはインセストをテーマにした作品が少なくないこと、それらの作者の中には、実際の人生においても近親者と関係があった者、そういう関係を噂されていた者もあったようだ。ちなみに、ヒトラーは叔父姪婚で生まれた子で、本人も姪と関係があったという。
 ぼくは、定年後の読書で、モンテスキュー『法の精神』、ディドロ『ビーガンヴィル航海記補遺』、フーリエなどの中に近親婚に許容的な記述がしばしばみられることからこのテーマ関心をもったのだが、この本によると、17~8世紀のフランスでは「自由思想家」(“リベルタン”とルビが振ってある)の間に近親婚も含めた自由婚姻論が流行ったとのことである。フランス人のすべてが、いつの時代にも近親婚に許容的だったわけではないらしい。

 インセスト・タブーを論じたフロイト、ウェスターマーク、レヴィ・ストロース、今西錦司、吉本隆明その他の仮説も紹介されているが、本書の中心は、インセスト・タブーの起源、禁忌のメカニズムよりも、インセスト(近親相姦)それ自体の実態とその背景の記述のほうが多い。
 そのまた中心になっているのは母子相姦であるが、著者が「インセスト(的)」とする範囲は広く、バルザック「ゴリオ爺さん」の娘に対する溺愛なども、著者によるとインセスト的ということになる。
 インセストは家庭内で行われるその性質から「密室性」が強いが、この「密室」が実は母の子宮を象徴しており、男の母胎回帰、子宮回帰の願望、幻想の現われであるという説の紹介があった。論者の中には、男の性行為は、たとえ相手が非血縁者であっても、すべて幻想の母親を対象としており、インセストであるという説もあるという。
 最後の説などはちょっとインセスト概念を拡張しすぎでいると思うが、著者が文学研究者、翻訳家であることもあって(元大阪外語大教授、故人)、「文学に現れたインセスト」論として、面白かった。

 巻末にインセスト関係の参考文献が一覧になっていてきわめて有用だが、数が多すぎてとても全部を読むことはできない。本書に登場する作品は、この本の著者による紹介で十分だろう。

 2022年12月16日 記

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