J・D・サリンジャー/野崎孝訳「ナイン・ストーリーズ」(新潮文庫、1974年)から、「小舟のほとりで」「エズミに捧ぐ--愛と汚辱のうちに」「ド・ドーミエ・スミスの青の時代」「テディ」を読んだ。
「ナイン・ストーリーズ」(1953年)は、それまでに発表した29編の短編の中から9編をサリンジャー自身が選んで、発表年代順に並べた唯一の短編集である(野崎解説による)。
「ライ麦畑でつかまえて」に捉えられていた頃は、本書の冒頭の「バナナフィッシュに最良の日」とか「コネティカットのひょこひょこおじさん」などといった題名自体に強い拒否反応があって、読まないままでいた。それが50年の時を経て、昨年来から荒地出版社の「サリンジャー選集」に収録された短編を読んで以来、今度は「ライ麦畑・・・」とはまったく異質の「アメリカ戦後作家」としてのサリンジャーが気に入ってしまった。
K・スラウェンスキーによる伝記「サリンジャーーー生涯91年の真実」(田中啓史訳、晶文社、2013年)を読んで、(1960~70年代には謎だった)サリンジャーの生涯に照らして彼の短編を読むことができるようになった。それによると、「ナイン・ストーリーズ」に発表年順に収められた9編の短編は、「小舟のほとりで」までの絶望期から、それ以降の間で変化を来たしているという(383頁)。20代の頃に読んだのは絶望期の作品で、今回読んだのは変化後(恢復期?)のものだったようだ。
なお「ナイン・ストーリーズ」のうち、「バナナフィッシュ・・・」と「コネティカットの・・・」は、2年ほど前のぼくに訪れたサリンジャー再評価(ルネッサンス)時代に読んだのだが、やはり好きになれなかった。しかし、その折に「コネティカット・・・」が映画化されていたことを知った。
映画「愚かなり我が心」(“My Foolish Heart”)である。この映画の脚色に懲りて(怒って)、サリンジャーはその後一切の映画化(や登場人物のイラスト)を拒絶したという。エリア・カザンによる「ライ麦畑・・・」の映画化など、見たかった気持ちもあるが、「理由なき反抗」と同工異曲のような映画になってしまったかもしれない。ニューヨーカーのホールデンをジェームス・ディーンが演じるわけにもいかないだろうし。この映画のテーマソングは良かった。
今回読んだ中では「エズミに捧ぐ」が一番良かった。
イギリス人少女エズミと主人公(サリンジャー?)との独特の会話は、おそらく上品なクイーンズ・イングリッシュとアメリカ英語で交されているのだろうけど、清水義範の「永遠のジャック&ベティ」を思い出した。7歳の少女があんな言葉を発するだろうかとは思うが、女の子の言語能力は恐ろしいばかりだから、あり得ないことではない。それよりも、ストーリーの展開と結末がよかった。やっぱりサリンジャーの短編小説はいいと思った。
ノルマンディ上陸作戦の準備のために滞在したイギリス、デボンシャー州が舞台だが、サリンジャーは、ほんとうにエズミのような少女に出会ったのだろうか。なお、“Esme”(e はアクサンテギュつき)はエズメではないのか(他の訳ではエズメになっている)。江角マキコの面影がちらついた。
「ド・ドーミエ・スミスの青の時代」は読める。
例によって、喫煙シーンの頻出には参ったが、ストーリーは面白い。モントリオールに通信制の絵画学校があったとは(本当にあったのか?)。
「テディ」は苦手。
戦争後遺症(PTSD)に悩む戦後のサリンジャーは、(スラウェンスキー「サリンジャー」だったかによれば)新興宗教や飲尿にまで依存したということだったが、「テディ」は未消化というか、その実体験が小説にまで昇華されていない印象。エズミの会話は素直に聞くことができたのだが、テディの饒舌は受け容れがたかった。年をとったせいか・・・。
「小舟のほとりで」も良かったのだが、「良かった」では済まされない衝撃作。
とくに結末のライオネル少年の言葉に衝撃を受けた。冒頭の黒人と思われるメイド同士の会話が(あの会話は野崎の翻訳文法に従えば黒人同士の会話だろう)、あのような結末の伏線だったとは。しかも、それを子どもっぽい「凧」との混同で韜晦するあたりに、かえってライオネルの心の傷の深さを感じた。
荒地出版社の「サリンジャー選集(3) 倒錯の森」の解説(大竹勝)によれば、「小舟のほとりで」はサリンジャーがユダヤ人問題を扱った唯一の小説だという(165頁)。主人公がユダヤ系であることはいくつかの作品の背景でも描かれているが、たしかに「小舟のほとりで」のように直截に扱った作品はなかったかもしれない。
ライオネルのくり返される「家出」の話題を煩わしく思いながら読んでいたのだが、それだけにその「家出」の理由が分かった時は衝撃だった。
2024年6月13日 記
※ 気になったので、未読だった「対エスキモー戦争の前夜」、「笑い男」、「愛らしき口もと目は緑」も義務的に読んだ。
「対エスキモー・・・」はつまらなかったが、1940年代のニューヨークの中流階級の若者の生態の一端を伺うことはできた。「笑い男」はよかった。1920年代末のニューヨークを舞台にした野球少年たちと若い監督(ニューヨーク大学法科の学生)の交流の物語である。ストーリー展開のテンポがいい。サリンジャーのテンポなのか、野崎孝の訳文のテンポなのかは分からないが、おそらく野崎の訳文のテンポがサリンジャーの英文をよく表しているのだろう。ジャイアンツが当時は「ニューヨーク・ジャイアンツ」だったことを知った。「ブルックリン・ドジャース」だったことは知っていたが、ぼくが物心ついた頃にはもう「サンフランシスコ・ジャイアンツ」だった。「愛らしき口もと・・・」もダメだった。
以下に各編の初出年と初出誌を書いておく。スラウェンスキー「サリンジャー」の年譜による。
「バナナフィッシュにうってつけの日」ニューヨーカー1948年1月31日号
「コネティカットのひょこひょこおじさん」同誌3月20日号
「対エスキモー戦争の前夜」同誌6月5日号
「笑い男」同誌1949年3月19日号
「小舟のほとりで」ハーパーズ誌4月号
「エズミに捧ぐ」ニューヨーカー誌1950年4月8日号(O・ヘンリー賞受賞)
「愛らしき口もと目は緑」同誌1951年7月14日号
※「ライ麦畑でつかまえて」刊行1951年7月16日リトルブラウン
「ド・ドーミエ・スミスの青の時代」ワールド・レビュー誌(イギリス)1952年5月号
「テディ」ニューヨーカー誌1953年1月31日号
サリンジャー公認の短編集は本書だけだというが、サリンジャーの初期の短編小説(未公認の短編集「若者たち」や「倒錯の森」に収録されている)の中には「ナイン・ストーリーズ」に収録されたものより良いものがいくつもあると思う。本書の取捨の基準は何だったのか。
2024年6月13日 追記