豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

追分コロニー、“小津安二郎 生きる哀しみ”

2011年08月24日 | 軽井沢・千ヶ滝
 
 信濃追分の古書店“村の古本屋 追分コロニー”に今年も出かけた。

 軽井沢新聞(だったか)の記事によると、旧中山道、追分宿の脇本陣“油屋”(もう何年も前から営業をやめていた)が売りに出たため、建物と地域の景観を維持しようと、この古書店の主人がスポンサーを募って買い取り、各種催し物の会場として再出発させることになったという。
 なかなかやり手のご主人らしい。ぜひ頑張ってほしい。壊すのは簡単だが、再現させるのは難しい。草軽電鉄しかり、グリーンホテルしかり、晴山ホテルしかり、である。

 何か映画関係の珍しい本がありそうな予感がしていたのだが、残念ながらそういう本には巡り合えなかった。でも、せっかく訪ねたことだし、この本屋さんにはぜひ長続きしてほしいので、何冊か買って帰ることにした。

 その1冊が、中澤千磨夫『小津安二郎 生きる哀しみ』(PHP新書)である。

               

 小口がかなり黄ばんでいるうえに古本臭がきつかったのだが、しかも「生きる哀しみ」などという副題はぼくの最も苦手なことばなのだが、論ずる映画の選び方が気に入った。

 扱われた作品は、“淑女と髭”“一人息子”“長屋紳士録”“風の中の雌鶏”“東京暮色”“東京物語”そして“秋刀魚の味”の7本だけである。
 “淑女と髭”は余計で、“父ありき”にしてほしいところだが、一般的にはあまり評価が高くない“風の中の雌鶏”と“東京暮色”を取り上げているのがいい。とくに野田高悟はこの両作品が嫌いだったらしいが、ぼくはどちらも小津らしいと思う。

 ぼくは、神田神保町の書泉の店頭で、COSMO CONTENTS刊の“日本名作映画”シリーズの小津の作品が3本980円で売られているのを3セット(計9本)買ってきては、研究室で時間つぶしに見はじめたのが小津映画との出会いだった。

 順番は、“一人息子”“父ありき”“長屋紳士録”“風の中の雌鶏”・・・の順に見た。公開年度順で行くと“戸田家の兄妹”が2番目に入るのだが、題名が何となく嫌で後回しにした。(ちなみに“お茶漬の味”も題名への違和感から最後まで見なかった。偶然両方とも佐分利信が主役の映画だ。)
 その後も“晩春”“麦秋”“東京物語”と、COSMO“日本名作映画”シリーズを公開順に全部見て、それから同シリーズには入っていない“東京暮色”から“秋刀魚の味”までを、TUTAYAで借りたり、大学のAVセンターで借りたりして見た。

 それから戦前のものを大学のAVセンターにあるビデオ(“小津安二郎大全集”)でみた。

 こんな経歴のぼくとしては、中澤本の“一人息子”“長屋紳士録”“風の中の雌鶏”“東京暮色”“東京物語”“秋刀魚の味”という選択は大いに納得できる。
 さっきも言ったように“父ありき”(と欲を言えば“晩春”)が入っていれば文句のない選択なのだが。

 戦時中は、“父ありき”で佐野周二が兵役検査に甲種合格するシーンくらいしか戦争を描かず、敗戦直後には“長屋紳士録”で靖国神社や上野公園にたむろする戦災孤児を描き、“風の中の雌鶏”では夫の復員を待つ妻の不貞、生活のための売春婦(文谷千代子!)を描き、“東京暮色”では与えられた性的自由の代償に命を落とす娘を描き、“東京物語”“晩春”では戦死公報の届かない戦死者の家族を描く。“秋刀魚の味”ではようやく戦争の影は消えかかっているが、バーで軍艦マーチを聞きながら、「日本は戦争に負けてよかった」と語らせる。
 それらすべてが、結局は「父」の物語であり、その父を笠智衆が演じている。“長屋~”は飯田蝶子演じる「母」の物語のようでもあるし、“風~”の父(夫)は佐野周二だが。

 さて、中澤本だが、映画の選び方には共鳴したものの、中味は残念ながらあまり共感できなかった。
 頻繁に出てくる蘊蓄話しと、時たま出てくる妙に江戸ッ子ぶった様な物言いが鼻につくのである。
 “一人息子”の最初と最後に“Old Black Joe”が流れたからといって、“Old Black Joe”の全文が出てくる、“秋刀魚の味”という題名が佐藤春夫の「秋刀魚の歌」という詩から着想を得ているといってその詩が延々と引用される。
 それから1952年生まれという著者自身の札幌での子ども時代の思い出もたびたび語られる。

 ・・・などと書き込んでいるうちに、ぼくのこのページ自身も同じように自分のことばかり語っていることに気づいた。
 読んでいる人にはさぞかし不快なことだろう。唯一の違いは、ぼくのこのページはただで見られて、嫌ならクリックして他のページに移れることである。

 
 閑話休題。

               

 中澤本でよかったことは、山田五十鈴が“東京暮色”を「一生忘れられないいい映画だ」と言っていたことを知ったこと。ただし、川本三郎の本の引用だが(197頁)。
 ぼくも“東京暮色”は印象に残る映画であった。毎年ゼミの夏合宿では家族がテーマの映画を学生たちに見せているが、ちょうどこの8月26日に「小津安二郎名作映画集10+10」の第9巻“東京暮色”が発売になるので、今年の合宿ではこれを見せることにした。
 高橋治の本では、有馬稲子(明示してないが)は役柄を理解しない大根役者で、“早春”の岸恵子を名演技のように書いてあったが、ぼくには全然そうは見えなかった。
 そう言えば、有馬を捨てる恋人役だった田浦正巳の死亡記事が夏前に新聞に載っていた。

 それから“風の中の雌鶏”の田中絹代が階段を転げ落ちるシーンのこと。中澤が学生たちに見せると、学生が皆驚くという。
 小津映画の中で僕が好きな場面は“父ありき”で父子が食事をする温泉宿の二階の部屋のシーンだが、一番印象的(というか衝撃的なシーン)は、あの階段のシーンである。佐野周二に妻を階段下まで突き落とすほどの衝動を生む「不貞」を、小津はなぜあのように描いたのだろうか。
 ゼミで「不貞」にまつわる判例、それにつながる父子関係不存在確認に関する判例を読んでいると、ぼくは小津の「不貞」へのこだわりと、“東京暮色”の有馬稲子を思い浮かべてしまう。

 さ来週のゼミ合宿で学生たちがどのような反応を示すのか、楽しみである。

 * 写真は、「小津安二郎名作映画集10+10」第9巻“東京暮色”(小学館、2011年8月26日発売予定らしい。)

 2011/8/24 記

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