11月3日は「文化の日」、「国民祝日法」(略称)によると、文化の日の趣旨は「自由と平和を愛し、文化をすすめる」だそうだ。「自由と平和を愛する」日とは知らなかった。さすが昭和23年(1948年)に制定された法律である。そんな雰囲気が社会に横溢していたのだろう。
11月3日も(東京オリンピック開会式の)10月10日と同じく、気象上の特異日だそうだが、今年の11月3日も昨日までとうって変わって朝から秋晴れである。
文化の日には文化勲章の授与式が行われるが、今年の受賞者の中に「高橋睦郎」の名前があったので、この人にまつわる話題を1つ。
民法の近親婚禁止規定(民法734条1項)を検討する論稿を書いたことがある。その際にわが国における近親相姦の現状を紹介した本を何冊か読んだのだが、そのうちの1冊が、高橋睦郎監修「禁じられた性ーー近親相姦・100人の証言」(潮出版社、1974年)という本だった。
高橋睦郎という人は本来は詩人のようで、同書では自分の初体験と母親への思いを語った「日本のオイディプース」という序論を書いている。文化人類学者からも注目されていたようで、ぼくのこの問題に関する基本書になった川田順造編著「近親性交とそのタブー」(藤原書店、2001年)の中でも、文化人類学者に交じって、「自瀆と自殺のあいだーー近親相姦序説」という文章を書いている。同論文の目次には「アイルランド現代詩と『源氏物語』ーー“むすめを姦す父” とその息子の復讐」という、内容を示す見出しがついている。
高橋監修の「禁じられた性」には近親者間の性行為を経験した100人の告白が掲載されている。すべての告白が真実であるかは検証の手段もない。この手の告白は「幻想」を語っているにすぎないという批判もあるようだが(例えば原田武「インセスト幻想ーー人類最後のタブー」人文書院、2001年を参照)、個々の告白内容にはいずれもリアリティーがあり、事実ではないかと思われる事例が多かったというのがぼくの読後感である。
それでも、高橋の「監修」で、彼の「序論」を含む同書を自分の論稿に引用してよいものか、正直なところ躊躇があった。しかしわが国の現状を紹介した書物はほとんどなかったので、川名紀美「密室の母と子」(これも潮出版社)などとともに引用した。
ところが、数日前の新聞で今年の文化勲章受章者が発表されたが、その中に「高橋睦郎」の名前があったのである。詩人の世界のことはまったく関心もなく、彼がそのような大人物だとも知らなかったので驚いた。
前に永井荷風の文化勲章受章に関して、文化勲章の受賞にはとかくのうわさが絶えないと書いたが、文化勲章の授与によって、受賞者に対して世間が何らかの権威を与えることは間違いないだろう。
少なくとも、近親婚禁止に関する論稿で高橋の文献を引用したぼくは、彼の文化勲章受章によって、「噴飯もの」の文献を引用したわけではないと思ってもらえるだろうという期待感をもった。彼が近親相姦に関する研究によって文化勲章を受章したのではないにしても、である。
たかが文化勲章、されど文化勲章である。ぼくが読んだ限りでは、高橋氏は「自由と平和を愛」する人士であった。
2024年11月3日 記