豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

森達也『千代田区一番一号のラビリンス』

2022年05月25日 | 本と雑誌
 
 森達也『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館、2022年)を読んだ。
 図書館に申し込んだら、予約者がすでに24人いると言われたので、当分来ないだろうと思っていたら意外に早く順番が来た。
 フィールディング『トム・ジョウンズ』第2巻を読みかけだったが、面白そうだったのでこちらに切り替えた。

 主人公は著者本人と思われるドキュメンタリー作家の森克也(!)。
 彼は天皇(現在の上皇)は何かを語りたいのではないか、その本心を聞きたいとの思いを抱き、フジテレビで「憲法」シリーズの企画を提案する。
 数名がオムニバスで憲法上のテーマを選ぶのだが、森は日本国憲法第1条、象徴天皇を選ぶ。他の企画者として是枝裕和も登場するが、実話なのだろうか。それ以外の映像作家やフジのディレクターなども実在の人物なのかどうか、ぼくには分からない。

 この企画の進行過程に従ってストーリーは展開する。
 主人公の森は、園遊会の場で天皇に直訴状(手紙)を手渡した山本太郎に天皇との仲介を依頼し、山本が天皇に拝謁する際に彼の秘書として同道する。これも実話なのかどうか、ぼくには分からない。
 その後、天皇ご夫妻との面会が実現し、御所の地下に掘られた地下道を一緒に探索するあたりからは荒唐無稽のストーリーが展開する。これがラビリンス(迷宮)なのだろうが、その隠喩もぼくには分からなかった。
 ちなみに書名の「千代田区一番一号」は皇居の住所であるが、皇居の正式の地番は「千代田区千代田一番地」である(現在は一番一号らしい)。わが戸籍法では、本籍地は日本国内の一地点であれば居住実態がなくてもよいことになっており、千代田区千代田一番地を本籍とする人間が数千人いると学生時代に授業で聞いたことがある(これは森の本には書いてないこと)。
 「カタシロ」なる物体(?)が頻繁に登場する。ネットで調べると、何かのゲームのキャラクターらしいが、これもぼくには何の隠喩なのか分からなかった。

 森の実家には昭和天皇ご夫妻と皇太子ご夫妻の写真が飾られており、彼はその写真のもとで暮らしていた(~71頁)。
 その言葉や行動から、森は天皇(現在の上皇)に対して敬愛の念を抱いており、天皇は本当は何かおっしゃりたいことがあるのではないかと思ってきたことが今回の企画の出発点にあるという。
 ぼくも上皇ご夫妻に敬愛の念を抱いている。尊敬といってもよい。お二人の一貫した行動から伝わってくる歴史に対する責任と平和を希求される心情への共感である。
 しかし明示的に語られることはなくても、ご夫妻がお話になりたいことは私たちに十分に伝わっていたとぼくは思う。

 日本国憲法第1条の「象徴」という言葉は、バジョットが『イギリス国制論』で立憲君主制における国王の地位の説明に際してもちいた “symbol” に由来すると言われている(W. Bagehot, “The English Constitution”, Oxford World's Classics, p.45. “Crown ・・・ to be a visible symbol of unity ・・・.”)。
 ぼくは他の誰でもない、あのような方が日本国の「象徴」であってよかったと思う。

 2022年5月22日 記

 ※ その後ぼくは、ここに書いたような気持がどのようにして生まれたのかを知りたくなって、津田左右吉「建国の事情と万世一系の思想」を読み始めた。そして迷宮に迷い込んでいる。(2022年5月24日 追記)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« モーム『世界の十大小説(上)』 | トップ | 津田左右吉『建国の事情と万... »

本と雑誌」カテゴリの最新記事