去年の暮れ頃から、小学館で“小津安二郎名作映画集10+10”という本(DVD+Book)を出している。
小津の戦後の代表作と戦前のサイレント時代の作品を各1作づつ抱き合わせにした全10巻を、毎月1巻ずつ発売している。1巻3300円(+税)。
えげつない商売だとは思うけれど、いくら小津とはいえ、戦前のサイレント作品だけを収録してもそんなには売れないだろうから、致しかたないか。幸いぼくの大学図書館のAVセンターには小津の映画は戦前の物も含めてすべてビデオが置いてある。戦前作品はこれで見ることができるので、ほとんど見た。
問題は戦後の作品である。
ぼくは神田神保町の書泉で買った Cosmo Contents 社の“日本名作映画集”というやつで、小津の戦後の作品は9本見ている。“東京物語”“晩春”“麦秋”“お茶漬の味”はすでに持っているので、スルーした。
問題は、残りの6巻である。
“秋日和”“彼岸花”“秋刀魚の味”“お早よう”“東京暮色”“早春”は、“お早よう”以外はぜひ手元に持っていたい。
現在、松竹から出ている“小津安二郎 名作セレクションⅡ”という5枚組のDVDで、『東京暮色』(1957年) 、『彼岸花』(1958年) 、『お早よう』(1959年) 、『秋日和』(1960年) 、『秋刀魚の味』(1962年)は揃えることができる。定価は1万2000円くらいだった。不要の“お早よう”を除くと、1巻あたり約3000円である。
小学館版なら不要の“お早よう”はスルーして、“秋日和”“彼岸花”“秋刀魚の味”“東京暮色”“早春”を各3300円で購入できる。
迷いながら、多忙にまぎれて第5巻“秋日和”、第6巻“彼岸花”はスルーしてしまったが、先日第7巻“秋刀魚の味”を買ってしまった。小学館版についている解説本に岩下志麻のインタビューが載っていたから。
買ったまま放置してあったが、期末試験の採点の合間にちょっと時間があいて、勉強する気にもなれなかったので、きのうの夕方、見ることにした。
“秋刀魚の味”は3回目である。
今回は先日アマゾンでかった“小津安二郎監督作品サウンドトラックコレクション”を聞いていたので、とくにBGMに耳を傾けながら見た。
なかなかよかった。あまり大したこともない場面で流れる“燕来軒のポルカ”や、池上線の石川台駅のホームで流れる“郊外の駅で”などもよかった。
そして戦争も軍人も描かなかった小津が最後に選んだ“軍艦マーチ”と、あの心に滲みるエンディング曲。
“晩春”のラストシーンの批評に懲りた笠智衆が、今回のラストでは彼らしくない妙な演技をしているようにも見えるのだが、音楽で救われた。
基本的には、“ Mixture as Before ”なのだが、それがいい。
笠智衆は笠智衆のまま、中村伸郎も変わらず皮肉っぽく、北竜二はどこか影が薄く、高橋豊子もそのまんま、菅原通済もいつもながらに目障り。 佐田啓二と笠智衆父子は、“父ありき”以来の小津が描きつづけた昭和の親子の姿の延長線上にある。今ではもう廃れてしまった父子像である。
いつもと違うといえば、若くてきれいな岩下志麻が登場し、“秋日和”につづいて岡田茉莉子のおキャンさがいい。
そして今回は生徒から軽侮される元中学校教師役の東野英治郎の演技がうまいのに気づいた。小津が東宝で作った映画に出てくる森繁久弥などと違って、ちゃんと小津映画の中に溶け込んでいて、それでいていかにも東野英治郎らしい。
最初に見たときは、かつての教え子たち、とくに中村伸郎が東野英治郎を小馬鹿にする場面に不快感を覚えたが、誰かの映画評に、実は教え子たちにも「老い」が忍び寄っていることを彼ら自身も感じているのだという指摘があって、合点がいった。
娘(岩下志麻)を急かして嫁がせた笠智衆だけでなく、頻繁に精力剤を話題にする中村や北にも老いは迫っている。設定からして彼らは50歳代半ばだと思うが、昭和30年代のあの頃は50代半ばのサラリーマンは、もう「上がり」の一歩手前だったのだ。
ちなみに、同窓会の打ち合わせをする小料理屋のテレビで、大洋対阪神戦を中継していた。阪神のピッチャーがバッキーで、大洋は「4番 サード 桑田」というアナウンスが流れていた。桑田武である。
その試合が行われている川崎球場のカクテル光線の柱には、でかでかと「サッポロビール」と書いてあり、ラストシーンの笠智衆の家の台所の棚の上にも「サッポロビール」の贈答箱が置いてある。
笠智衆の行きつけのバーは「トリスバー」で、東野英治郎が大事そうに持ち帰る飲み残しのウィスキーは「サントリー・オールド」である。
小津はしっかりとサッポロビール、サントリー両社から協賛金をせしめたのだろう。
さて、以前は“秋刀魚の味”が小津の遺作でも悪くないと思ったが、できれば“秋刀魚の味”の翌年に予定されていた“大根と人参”も見たかった。
* 小津安二郎“秋刀魚の味”(小学館刊“小津安二郎名作映画集10+10”第7巻、2011年)。
2011/8/6 記