
森下香枝『グリコ・森永事件「最終報告」真犯人』(朝日文庫、2010年)。
昭和59年(1984年)に起きたグリコ社長誘拐事件に端を発する一連の“かい人21面相”による恐喝事件の真犯人をほぼ断定した本である。
捜査側、被疑者側を含め数多くの関係者への取材に基づいて書かれている。しかし、この事件の特徴でもあるが、被害者側はすべて口をつぐんでいるため、被害者側からはまったく取材できなかったようだ。
これら個々の関係者からの取材を「点」とするなら、それらの「点」を結ぶ縦糸の「線」となっているのが極秘のはずの捜査資料である。
どこから漏れたのか分からないが、これまたこの事件の特徴である捜査側の内部対立、とくに兵庫県警、大阪府警、滋賀県警の三すくみを考えると、そのいずれかが、あるいはすべてがお互い憎しの感情から漏らしたのではないだろうか。それがなかったら、いくらこの著者でもここまでは書けなかったと思う。
一番大きな失態を演じたと世間から批判された滋賀県警あたりが、自己弁明のためか、自殺した本部長の弔い合戦のために著者にリークしたのではないだろうか。
当時は新聞の記事でしか知ることのできなかったあの事件の内実を、かなり良く知ることができた。「グリコ事件」こそが原点であり、その他は「おまけ」であるという指摘はその通りだと思う。
ただし、ぼくの印象では、著者が指摘する人物はこの事件の真犯人ではないような気がする。この事件は、複数犯による犯行でありながら今日に至るまで仲間割れすることなく秘密が保たれていることが特徴の一つだが、著者の指摘する「真犯人」は事件への関与を周囲にしゃべりすぎている。
それが、この男が真犯人とは思えなかった理由である。
著者紹介によれば、この本の著者は「日刊ゲンダイ」などの記者を経て、朝日新聞社に入社したという。そんな経歴もありうることをはじめて知った。
サツ回りからヤクザの取材まで、やり手の記者だったのだと思う。並みの朝日の記者にはない能力のように思われるが(並みの朝日の記者もこの程度の取材はするのだろうか)、なぜ彼女は「日刊ゲンダイ」記者を辞めて「朝日新聞」記者になったのだろうか。
この本に結実するような取材は、やはり朝日新聞の看板を背負わないとできないのだろうか。
2010/6/13