明日から1週間ほど、鎌倉を離れますので、帰ってきてからは、たぶん散ってしまうだろうなと思い、いそいそと、宝戒寺の枝垂れ梅の見物に行きました。
山門から本堂に至る小径の両側に、白梅が4,5本ずつありますが、それらはほとんど満開に近い梅花を咲かしていました。そこを通り過ぎて、さて、問題の枝垂れ梅はどうか、まだ見頃ではないのではないか、あるいは、もう終わってしまったか、と恐る恐る左側の枝垂れ梅の方に目をやりました・・・やりました!OKです!ほぼ満開に近いかたちで、堂々たる姿をみせてくれました。去年も行きましたが、そのときは盛りを完全に過ぎていました。なかなか見頃の時期に訪問できないものです。普通の梅は、蕾がいっぱいの五分咲きの頃が好きですが、枝垂れ梅は満開が好きです。ほんの少し蕾を残しながら、花びらを落とし始めている、まさに絶頂のときでした。今日の訪問は大成功でしたね。もし1週間後でしたら、ほとんど散っているでしょう。
私は嬉しくなり、この梅がよくみえる南側の庭石に座り、長い間ながめていました。その間、観光客が入れ替わり立ち替わりやってきて、すごいね、りっぱだね、わあー間に合って良かったわね、とか思い思いの言葉をかけて、立ち止まり、そして通り過ぎていきました。
私はようやく立ち上がり、本堂の南側の、大聖天というお堂の前に移動しました。そこの、白だけではなく、ピンク、濃いピンク、そして深紅と、色とりどりの梅の花に目を惹かれたからです。多彩で、華やかで、うっとりしてしまいます。枝垂れもいいけど、これもいいと、つい八方美人になってしまいます。また、本堂の裏に回ると、また八方美人になりそう。いろいろの種類の椿がたくさん植えられています。見頃はもう少しあとでしょうけど、赤、ピンク、白、赤と白のまだら等、いい花をたくさん咲かせていました。
いつものように、本堂に上がり、鎌倉江ノ島七福神のひとつ毘沙門天さまにお参りしました。それから、本堂の片隅の小机の前に座りました。そこに、参拝者が思い思いの文章を綴るノート「白萩」をみせてもらうためです。さまざまな人生が語られ、しんみりすることが多いのです。今日は、前日に書かれたふたつの、美しい女文字の文章に胸がつまり、それ以上、ページをくくることができませんでした。
今日は小雨の降る寒い日です。あなたと別れた日もこんな日でしたね、・・もう5年生になったのね、どういうふうに暮らしているのかしら、お母さん、いいお寺をみつけましたよ、ここに来ると、心が安まるの・・そして、同じ日付の、すぐ後の女文字の文章・・昨日のおつやに行けなくてごめんね・・・(あとはもう書けませんね)
本堂を出て、私は、また、花いっぱいの枝垂れ梅の前に立ちつくしたのでした。私の前を、多くの人々が立ち止まり、そして通り過ぎて行きました。これらの人々を来たときは違った感慨でながめている自分に気づきました。・・私のようにのんきな気分でみている人ばかりではない、さまざまな、それぞれの人生を背負った人々が、さまざまな、それぞれの思いで、この梅の木を観ている、そして心の中でなにかを語りかけている・・
・・・・・
宝戒寺を出たあと、荏柄天神に向かいました。本殿の前の、白梅、紅梅は完全に終わっていました。そして、鎌倉宮では、鳥居の前に、背丈が2メートルほどの3本の若木の河津桜を見つけました。先日紹介した北鎌倉のと同じぐらいでしょうか。3本とも、それぞれ満開、8分、6分咲きといった感じで、それぞれ自由気ままに生きているようでした。
山門から本堂に至る小径の両側に、白梅が4,5本ずつありますが、それらはほとんど満開に近い梅花を咲かしていました。そこを通り過ぎて、さて、問題の枝垂れ梅はどうか、まだ見頃ではないのではないか、あるいは、もう終わってしまったか、と恐る恐る左側の枝垂れ梅の方に目をやりました・・・やりました!OKです!ほぼ満開に近いかたちで、堂々たる姿をみせてくれました。去年も行きましたが、そのときは盛りを完全に過ぎていました。なかなか見頃の時期に訪問できないものです。普通の梅は、蕾がいっぱいの五分咲きの頃が好きですが、枝垂れ梅は満開が好きです。ほんの少し蕾を残しながら、花びらを落とし始めている、まさに絶頂のときでした。今日の訪問は大成功でしたね。もし1週間後でしたら、ほとんど散っているでしょう。
私は嬉しくなり、この梅がよくみえる南側の庭石に座り、長い間ながめていました。その間、観光客が入れ替わり立ち替わりやってきて、すごいね、りっぱだね、わあー間に合って良かったわね、とか思い思いの言葉をかけて、立ち止まり、そして通り過ぎていきました。
私はようやく立ち上がり、本堂の南側の、大聖天というお堂の前に移動しました。そこの、白だけではなく、ピンク、濃いピンク、そして深紅と、色とりどりの梅の花に目を惹かれたからです。多彩で、華やかで、うっとりしてしまいます。枝垂れもいいけど、これもいいと、つい八方美人になってしまいます。また、本堂の裏に回ると、また八方美人になりそう。いろいろの種類の椿がたくさん植えられています。見頃はもう少しあとでしょうけど、赤、ピンク、白、赤と白のまだら等、いい花をたくさん咲かせていました。
いつものように、本堂に上がり、鎌倉江ノ島七福神のひとつ毘沙門天さまにお参りしました。それから、本堂の片隅の小机の前に座りました。そこに、参拝者が思い思いの文章を綴るノート「白萩」をみせてもらうためです。さまざまな人生が語られ、しんみりすることが多いのです。今日は、前日に書かれたふたつの、美しい女文字の文章に胸がつまり、それ以上、ページをくくることができませんでした。
今日は小雨の降る寒い日です。あなたと別れた日もこんな日でしたね、・・もう5年生になったのね、どういうふうに暮らしているのかしら、お母さん、いいお寺をみつけましたよ、ここに来ると、心が安まるの・・そして、同じ日付の、すぐ後の女文字の文章・・昨日のおつやに行けなくてごめんね・・・(あとはもう書けませんね)
本堂を出て、私は、また、花いっぱいの枝垂れ梅の前に立ちつくしたのでした。私の前を、多くの人々が立ち止まり、そして通り過ぎて行きました。これらの人々を来たときは違った感慨でながめている自分に気づきました。・・私のようにのんきな気分でみている人ばかりではない、さまざまな、それぞれの人生を背負った人々が、さまざまな、それぞれの思いで、この梅の木を観ている、そして心の中でなにかを語りかけている・・
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宝戒寺を出たあと、荏柄天神に向かいました。本殿の前の、白梅、紅梅は完全に終わっていました。そして、鎌倉宮では、鳥居の前に、背丈が2メートルほどの3本の若木の河津桜を見つけました。先日紹介した北鎌倉のと同じぐらいでしょうか。3本とも、それぞれ満開、8分、6分咲きといった感じで、それぞれ自由気ままに生きているようでした。