急に歌舞伎が観たくなって、東銀座の歌舞伎座に出掛けました。予約なしでしたので、3階の一幕見席でもいいやと思っていたのですが、2階席の臨時席が、いくつか残っていました。二階の一番うしろの、それも端の席です。ボクはこういう席が大好きです。荷物も通路側に置けるし、ゆっくり足を(横に)伸ばせるし、席を立つのも自由だし、ボクにとっては願ってもない、特等席でした。それに、2階席は普通、11000円のはずなのに、ここは7500円。もうけたもうけたうふふのふ。
3幕ともそれぞれ、色合いが違い、十分楽しめましたよ。一幕目は、時代物で”鎌倉三代記”。三津五郎(高綱)、福助(北条娘時姫)、橋之助(三浦之助義村)らの出演です。意味はよくわからなくても、華やかな衣装をみたり、三味線と義太夫ぶしの、ここちよい響きを聞いてるだけでも、いい気分になります。福助さんきれいだったです(汗)。
2幕目は、おまちどうさま、玉三郎の”信濃路紅葉鬼揃”。これは能のような、舞踊劇みたいなものです。玉三郎が鬼女、海老蔵が平維茂、勘太郎が山神という布陣です。とにかく、玉三郎と5人の侍女の優雅な立ち居振る舞いを見ているだけで十分です(後半、鬼になったときは恐いけど)。衣装も紅系統で、まさに南禅寺の紅葉を観ているような気持ちです。玉三郎さんのきれいなこと、うっとり(大汗)。そしてボクは今回、侍女のひとり、春猿に目をつけました、とってもチャーミングです(滝汗)。玉三郎は夜の部では、横浜スタジアムの場所にあった岩亀楼を舞台にした芸者、お園を演じるようでした。こっちも観たかったです。
3幕目は、世話物。”水天宮利生深川”、勘三郎が主役です。先代勘三郎の当たり役だったそうです。明治維新ころの、乳飲み子を含め3人の子供を抱え、赤貧洗うがごとき生活をしている、没落士族の物語です。聞くも涙、語るも涙の物語です。子役二人がとてもじょうずに演じ、観客の涙を誘っていました。これはほとんど現代劇のようなものですので、わかりやすいです。3幕それぞれの味がありました。
では最後に、歌舞伎座風景を。九代目団十郎の胸像(朝倉文夫作)、相撲界の双葉山みたいな存在ですね。茅ヶ崎に別荘をもっていました。着物姿も目立ちました。ボクの前の席のご婦人も和服でした、つい、色っぽいうなじに目が(ナイアガラの滝汗)。


3幕ともそれぞれ、色合いが違い、十分楽しめましたよ。一幕目は、時代物で”鎌倉三代記”。三津五郎(高綱)、福助(北条娘時姫)、橋之助(三浦之助義村)らの出演です。意味はよくわからなくても、華やかな衣装をみたり、三味線と義太夫ぶしの、ここちよい響きを聞いてるだけでも、いい気分になります。福助さんきれいだったです(汗)。
2幕目は、おまちどうさま、玉三郎の”信濃路紅葉鬼揃”。これは能のような、舞踊劇みたいなものです。玉三郎が鬼女、海老蔵が平維茂、勘太郎が山神という布陣です。とにかく、玉三郎と5人の侍女の優雅な立ち居振る舞いを見ているだけで十分です(後半、鬼になったときは恐いけど)。衣装も紅系統で、まさに南禅寺の紅葉を観ているような気持ちです。玉三郎さんのきれいなこと、うっとり(大汗)。そしてボクは今回、侍女のひとり、春猿に目をつけました、とってもチャーミングです(滝汗)。玉三郎は夜の部では、横浜スタジアムの場所にあった岩亀楼を舞台にした芸者、お園を演じるようでした。こっちも観たかったです。
3幕目は、世話物。”水天宮利生深川”、勘三郎が主役です。先代勘三郎の当たり役だったそうです。明治維新ころの、乳飲み子を含め3人の子供を抱え、赤貧洗うがごとき生活をしている、没落士族の物語です。聞くも涙、語るも涙の物語です。子役二人がとてもじょうずに演じ、観客の涙を誘っていました。これはほとんど現代劇のようなものですので、わかりやすいです。3幕それぞれの味がありました。
では最後に、歌舞伎座風景を。九代目団十郎の胸像(朝倉文夫作)、相撲界の双葉山みたいな存在ですね。茅ヶ崎に別荘をもっていました。着物姿も目立ちました。ボクの前の席のご婦人も和服でした、つい、色っぽいうなじに目が(ナイアガラの滝汗)。

