ボストン美術館を観に行ってからもう2週間以上にもなる。忘れないうちに、記録しておこう。今回は図録を買ったので、それを横において書いている。釣竿をもった岡倉覚三(天心)像(平櫛田中作)が迎えてくれた。ボストン美術館といえば、誰でもまずこの人を思い浮かべる。そして、フェノロサ。そこまではぼくでも知っている。でもコレクターのビゲローの存在の大きさも忘れてはならない、と今回、思った。神仏分離令に端を発した、明治のはじめの廃仏毀釈運動で、多くの仏像、仏画などが壊されたり、売られたりした。これらに救いの手を差し伸べたのが、ビゲローだった。おかげさま国宝級のものがボストンの地で大事に保護され、こうして後代の日本人にみてもらえるのだ。それにしても、何たる悪法だ。仏像だけではなく鎮守の森まで破壊されたので、あの南方熊楠も激怒し、必死に抵抗したことは有名な話だ。
さて、そんな騒ぎがあったことなど、つゆ知らず、という顔をして、お里帰りしてくれた優雅な美術品たち。快慶作の弥勒菩薩立像をはじめとする仏像さん、そして法華堂根本曼荼羅図などの仏画、そして、等伯や光琳らの屏風絵や襖絵など。総数10万点もの日本美術品の中からの選りすぐりだ。どれもこれも、素晴らしいものばかりである。ここでは、ぼくがとくに楽しめた、いくつかの作品についてだけ述べようと思う。
先ず、二大絵巻。先だって、MOAで又兵衛の山中常盤物語、全12巻、全長150メートルの絵巻をみて、その面白さを知ったばかりだったから、楽しみにしていた。吉備大臣入唐絵巻全4巻25メートル。遣唐使として唐に渡った、実在した吉備真備を主人公に、名脇役として、唐で客死した阿倍仲麻呂が超能力をもつ幽鬼として、登場。おもしろおかしい物語が進行する。観客もくすくす笑いながら読み進んでいく。たとえば巻4では、囲碁の名人と対決させられる。吉備真備は碁石をひとつ飲み込んで、ごまかし辛勝する。碁石が足らないことに気づいた唐人たちは下剤を飲まして、その中に石がないか捜す(爆)。吉備真備が超能力で内臓の中に石を留め難を逃れる。そして、もうひとつの絵巻は。一転して戦闘場面の”平治物語絵巻三条殿夜討巻き”。平治の乱を描いた、迫力満点の画面。燃え盛る炎がすごい。又兵衛さんも、この二大絵巻をみていたのではないかと思った。MOAでは第二弾”浄瑠璃物語”がはじまった。また、行かねばならぬ、ならぬのだ(汗)。なお、本展の会期中、残る二巻、”六波羅行幸巻”が本館2室(4月17日~5月27日)で、”信西巻”が静嘉堂文庫美術館(4月14日~5月20日()で公開されるとのこと。3巻制覇、成し遂げるゾ(汗)。
そして、本展のメインイベント、第五章 奇才 曽我蕭白(そがしょうはく)。圧巻は襖絵”雲龍図”。巨大な龍が大きな目玉をぎょろりと、巨大な牙がにょきっと、巨大なりゅうの爪がひっかくぞうと、ど迫力で迫ってくる。おおっと、思わず、後ずさりしてしまう。修復作業を終え、海外初公開ということだ。一方、蕭白は”見立て久米仙人”のようなユーモアのある絵も描いている。渓流沿いの小さな庵で竹細工をしている、ほう居士と、川で遊ぶ、娘の霊昭女が談笑しているシーンだが、娘がうつくしい足をわざと膝元までみせている。父親が嬉しそうな顔をしている。本来の物語に久米仙人の話を重ね合わせ、蕭白が面白がっているのだ。11作品の展示があるが、漫画チックな描写も多く、楽しめる。あまり知らなかった絵師だったが、フアンになった。
図録の中に、辻惟雄氏の蕭白の解説文があるが、面白いので紹介しておこう。光琳や応挙のような有名画家ではないのに、何故、蕭白のコレクションが多いのか。ビゲロー自身にはそれに関して何も述べていないし、フェノロサにいたっては褒め言葉ではないコメントを残しているのみだ。ただ、岡倉天心が、英文の著書の中で、蕭白のことを英国の詩人であり画家の、ウイリアム・ブレークに似た本能によって描いた画家だと評している。ぼくも去年、西洋美術館で彼の版画をみたが、宗教的な奇怪な幻想的な絵だった。辻氏は、テーマの宗教性を除けば、そのグロテスクなまでに荒々しい表現は、蕭白の絵のあるものに似ていなくもない、という。たぶん蕭白は、フェノロサではなく、天心によって認められたのだろう。今回の展覧会によって、さらに、多くの人々に認められることになるのは間違いない。
吉備大臣入唐絵巻(一部)
平治物語絵巻(一部)
雲龍図(一部)蕭白
ほう居士・霊昭女屏風(見立て久米仙人)蕭白