気ままに

大船での気ままな生活日誌

御存じ鈴ヶ森、勧進帳、義経千本桜・すし屋

2014-11-18 11:49:03 | Weblog

4000本ブログ記事達成記念に(笑)、その晩、歌舞伎座、夜の部を楽しんできた。

”御存じ鈴ヶ森”は、もちろん存じ上げていたが、歌舞伎座でみるのは初めて。白井権八と播随院長兵衛が夕闇の鈴ヶ森で出会う。権八が雲助どもを軽く蹴散らす様子を籠の中で観ていた長兵衛が、片がついた頃、”お若けえの、待たっせえやし”と現れる。待ってました!いい若衆、権八に菊之助!そして播随院長兵衛には松緑。二人の問答は聞きどころ。雲助どもとの格闘場面はコミカルで笑いを誘う。

そして、これも御存じ、勧進帳。なんと。染五郎が弁慶。吉右衛門が義経。役が逆でしょう、といいたい(笑)。実際、吉右衛門の弁慶もいつかみているから。ところが、なんとなんと、染五郎が見事な弁慶。吉右衛門も見事な義経。化粧と声色と仕草で、こうも変わるものなのか、さすが、歌舞伎役者!そして、富樫には幸四郎。親子対決(笑)。幕が下りて、花道に弁慶がひとり。たっぷりお願いしますよ!の声がかかり、笑いを誘う。見事な飛び六方をたっぷりみせてくれて舞台を下っていく。

義経千本桜というと、源九郎狐が出る幕は何回か観ているが、”すし屋”の幕ははじめて。大和のすし屋で、奉公人として働く上品そうな、弥助(時蔵)は実は、落ち延びている平維盛。主人、弥左衛門(左団次)が旧恩からかくまっている。娘のお里(梅枝)は弥助を慕っている。そこへ、勘当されている総領息子、いがみの権太(菊五郎)が帰ってくる。母親おくら(右之助)をだまし、金をせびりにきたのだ。一方、維盛の隠れ家をつきとめた梶原景時(幸四郎)がこちらに向かっているという。弥左衛門はにせ生首を用意し、維盛を逃がそうと考えていた。そんな中、偶然、維盛の妻、若葉の内侍(萬次郎)と子供の六代が、一夜の宿を乞いにきた。親子の再会もつかの間、お里の機転で、三人はすぐ父の隠居所に逃げる。これらの一部始終をみていた権太が悪巧みをし、景時から大金をせしめようとする。

景時の前に、権太が維盛の生首を下げ、縛り上げた母子を差し出す。景時は首実検をし、一件落着と褒美を渡し、家を出てゆく。得意そうな権太をみて、怒った父親が小刀を取り出し、刺す。息絶え絶えで息子が話す言葉に仰天。実は、生首は父親がもってきたもの、妻子は権太自身の妻子だった。改心して、維盛を助けるための大芝居だったのだ。おいおいと泣く家族の中、権太は静かに息を引き取るのであった。

初世松本白鷗三十三回忌追善の興行であった。

松本白鷗は明治43年、”弁慶役者”と謳われた七世松本幸四郎の次男として生まれ、高麗屋の芸を継承。孫に当たる、市川染五郎が今回、弁慶を初演した。

銀ブラをして、ニュートーキョーで飲んで、おっ家内がお里帰りでいない我が家に着いたときは、午前さまになっていた(汗)。

今年で見納め、ミキモトのクリスマスツリー。

昼間もみてきた。

近くの和光の店内も輝いていた

 

コメント
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