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【cinema】『バベル』

2007-05-13 02:57:26 | cinema
'07.05.09 『バベル』@日比谷スカラ座

「モロッコを旅行中のアメリカ人夫婦。バスで移動中、ヤギ飼の少年兄弟が戯れに撃った銃弾が妻に当たってしまう。銃の持ち主の娘で聾唖の女子高生チエコは孤独をつのらせていた・・・」という話で、アメリカ人夫婦の2人の子供とメキシコ人ベビーシッターのアメリアも加えて、夫婦・兄弟・チエコ・アメリアの4つのエピソードが同時、もしくは時間を少しずらして描かれる。でも混乱はしない。非常にしっかりと考えて描かれているので良く分かる。そもそも、事件自体を描きたいわけではないし。

「バベル」というのは旧約聖書に出てくるバベルの塔のあった都市。ノアの洪水の後、人々は天に向かって塔を築いた。それに怒った神は人間の言葉を分けてしまう。結果、人々は各地に散らばって住むことになり、未だに言葉が分かたれたままである。言葉が分からないということはコンタクトできないということ。映画の主題もそこにある。

登場人物たちは全員心に傷を持ち、人とコンタクトを取ることに対して臆病になっている。でも、やっぱり人と関わりたい、分かって欲しいと思う。でも上手くいかない。彼らは何かしらの形でコンタクトを取った相手に拒絶される。話を聞いてもらえない。ある者は言葉の違いによって、ある者は言葉自体が聞こえない。ある者は聞くことすら拒絶される。言葉を聞いてもらえない、理解されないのは辛い。それは心が通じないということだから。心が通じていないと思ってしまうと上手く話せなくなる。素直になれなくなる。心が拒絶されるのは一番辛い。

いわゆる悪人は出てこない。アメリアが「悪いことはしていない。愚かなことをしただけ」と言うけど、正にその通り。みな愚かなことをする。メインキャストだけでなく、モロッコの警察や同じツアーの客など正しい事をしていると思っている者ですら愚かな事をしている。それはコンタクトが成立していないから。ブラピとガイドとも心が通じたかに見えたが、彼の感謝の気持ちはお金を払うということ。それも拒否される。でも皮肉な描き方ではない。ブラピにしてみればそれしかできない、ガイドにしてみれば当然のことをしたまで。

アメリカ人夫婦はブラッド・ピットとケイト・ブランシェット。ケイト・ブランシェットは相変わらず上手い。離れかけた心を重症を負ったことにより再び夫に寄り添わせていく感じを、ほぼ身動きのできない状況で見事に演じた。ブラピは普通。アメリア役のアドリアナ・バラッザが良かった。アメリアは愚かだったけれども、彼女を責める気にはならない。荒野を彷徨う姿は素晴らしい。お調子者でキレやすい現代っ子サンチャゴ役のガエル・ガルシア・ベルナルも良かった。ガエルは好き。

ヤギ飼いの兄弟達のエピソードも良かった。何もない土地で父親に命じられるままヤギを放牧している。退屈で刺激のない生活。図らずも狙撃犯になってしまったけれど悪人ではない。父親役の俳優は良かった。彼も愚かだったけれど悪い人物ではない。生活に追われ問題が見えていなかったけれど家族を愛している。でも・・・。少年達の演技は正直上手くはない。でも弟の決死の覚悟には涙が止まらなかった。

注目の菊地凛子。良かったと思う。彼女のエピソードが実は一番辛い。彼女のキャラクターは感情移入しずらく、嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。でも、彼女の痛いほどの孤独はとても伝わる。母親の死が心の傷になっていて、それ以来人とコンタクトを取るのが極端に苦手になっている。実の父親に対しても素直になれない。分かって欲しい、愛して欲しいと思えば思うほど、拒絶されることの恐怖が大きくなる。それで逆に敏感になり過ぎてしまい、自分を傷つけることになる。耳のことに対して相手は戸惑っただけかもしれない。でも彼女は「バケモノ扱いされた」と感じてしまう。理解できない人もいるだろうけど、私には気持ちが良く分かった。誰かに決定的に拒絶された経験のある者にはとっても良く分かる。彼女の行動は常軌を逸していく。それは心の叫び。「誰か助けて欲しい」という気持ちが痛いほど伝わる。でも、相手には受け止めきれない。



真宮という刑事の前に裸身を晒す。あまりの孤独に自分を必要として貰うには体を差し出すしかないと思っている。やせ過ぎの体は魅力的ではない。それが逆に痛々しい。真宮役の二階堂智が良いのでこのシーンはホントに心が痛い。ほんの数分会っただけの真宮にはチエコを受け止めることは無理。でも突き放すことも出来ない。でも優しくしては罪だ。優しくして欲しいけど、救ってくれないなら優しくしないで欲しいというのは矛盾しているようだけど真理だと思う。チエコの心にそれがきちんと落ちてるかは分からないけど。そして真宮はチエコの父とコンタクトを取り拒絶され傷を負うことになる。この辺りはホントに辛くて、彼らに感情移入したとかいうことではなく、自分の記憶や心を揺さぶられて気付いたら泣いていた。

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの作品は『21g』もそうだったけど、人間の本質的な罪や傷をえぐる。見ていていい気持ちはしないし、見終わった後もずっしり重くて感動どころではない。でも心を揺さぶられる。映像も美しい。東京もキレイに撮りすぎることもなく、作りすぎることもないのが良かった。上映前にメッセージが出るけど途中画面がチカチカするので気持ち悪くなる人が出たらしい。それほど映像にこだわったみたいだけど、チエコの父のハンティング写真はちょっと・・・(笑)

手放しでオススメという映画ではない。でも、数ヶ月前心に傷を負った私はこの映画を見たことにより、整理がつかなかった気持ちに説明がついた。心が通じなかったことが一番辛かったのだ。「届け心」というのはめずらしくいいキャッチコピーだと思う。ラストで少し救われた。その画が美しい。


『バベル』official site

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