20日、朝6時。函館線の鹿部回り長万部行きの1両の気動車は、10人あまりの乗客を乗せて函館駅を出発した。その中には私の姿もあった。
前夜、「明日の行程をどうしようか」というのを考えていた。この日の宿泊地は室蘭線の東室蘭駅前のルートインホテル。鈍行列車を乗り継いで東室蘭に手ごろな時間に着くには朝の函館の街を散歩した後で10時44分発の森行きで発てばよいということで計画していたが、前夜の夜景の風情で楽しんだことだし、少し前倒しで函館の朝市をのぞいてから8時14分発の長万部行きに乗ろうと決めていた。
ところが朝起きてみて「朝市も別にいいかな」という気になった。函館はこれまでにも訪れた街だし、逆に今回の未乗車区間の室蘭線のエリアは初めてのところだから少しでも早く近づこうということにした。朝食はコンビニでパンとサラダを買い求めてホテルの部屋で済ませ、朝6時発の列車の客となったのである。函館線のこの区間に日中乗車するのも学生の時以来だ。
函館の市街地を抜けると周囲は広々とした田畑になり、少しずつ勾配を上げる。この日も朝から秋晴れで、遠くに函館の市街と、津軽海峡の様子も見ることができる。函館山から見る函館の夜景はあまりにも有名だが、遠くなるが逆方向からの函館の夜景というのはどんな姿何だろうかと想像する。
七飯からは線路が二手に分かれる。途中駅のない通称「藤城線」という区間を15分ほどかけて上る。気動車のエンジン音が高く響くところ。そして長いトンネルに入る。
そのトンネルを抜けると、ハッとしたかのように左側の窓に湖の光景が広がる。大沼・小沼のうちの小沼である。そして、その向こうにくっきりと見えるのは駒ヶ岳。鉄道での旅の面白さを感じさせる車窓である。車内は観光客らしき姿も多かったが、一斉にそちらの窓のほうに視線をやる。
大沼で列車行き違いのため10分ほど停車。跨線橋に上がると駅の向こうにそびえる駒ケ岳の姿がくっきり見える。この構図は特急で通過しただけでは見ることができない。
一度駅舎のほうに出ると、一人の青年から「北斗星って何時くらいに通過しますか?」と尋ねられる。ホームや景色の写真を撮っている私をその筋の客と認めてのことだろう。正確な時間はわからないが前後の停車駅から推測するに7時すぎくらいだろうか。駒ケ岳とブルートレインの組み合わせ。ちょっと見てみたい気もしたがこのまま列車で先に進むことにする。
線路はここでまた二手に分かれる。大沼公園を直線で走る「駒ケ岳回り」と、海沿いの鹿部経由の「砂原回り」。「駒ケ岳回り」は勾配が急ということと、戦時中の輸送力増強のために、距離は長くなるが勾配が緩やかで済む「砂原回り」が後から建設された。駒ケ岳の西側を通るか、東側を通るかの違いもある。私の乗っている列車は後者の「砂原回り」。左側に駒ケ岳の稜線、右側やや遠くに噴火湾の水平線も見えるという、なかなかスケールの大きな車窓となる。朝の光線がまぶしい。
7時34分、噴火湾に面した森駅に到着。8時05分まで長時間停車する。「いかめし」で有名な駅だが、さすがにこの早朝では売っていないだろう。先ほどの「北斗星」は大沼公園回りですでに行ってしまった後。
さて私はここで長万部行きを下車し、先に発車する特急「スーパー北斗1号」に乗り換える。プランニングの中で、少しでも長く鈍行で旅したいということと、運転本数の少ない区間を効率よくカバーすることを両立するために、一度乗車したことのある森~長万部間を特急でつなぐことで、初乗車の室蘭線は1本早い鈍行(その次は4時間後までない)に乗ることができるという寸法だ。
その特急、連休中のこととて自由席はもちろん満席。デッキにも大勢の立ち客がおり、私もなんとかドアの窓に近いほうに立つことができた。長万部まで35分の乗車だが、これが「振り子式」の車両で、カーブの多い区間でも減速を抑えて高速で走り抜けることができる構造のもの。メカのことはよくわからないが時折「カシャーン、カシャーン」という音が聞こえるのは「振り子」が何か作用しているのだろうか。
それにしても高速でカーブを走り抜けるのだから、立っていると揺れのせいで身体を持っていかれそうだ。スピード「感」ということになれば新幹線以上のように感じる。思わず「スピード違反や!」と叫びそうだ。車窓の合間に噴火湾も見ることができるが、さっそうと駆け抜けていく。
8時15分、長万部着。列車が到着してホームに下りると逆に何だかほっとしたものを感じた。「おしゃまんべ」の駅名標を見て、関西にはないその語感に、「遠いところに来てしまったなあ」と思う。次に乗車するのは9時05分発の東室蘭行き。それまで時間があるので一度改札口を出る。学生の頃に長万部駅を通った時は冬の風が吹いており、待合室でストーブが焚かれていたのを覚えているが、この日は秋のさわやかな風が吹く。少し時間があるので駅前通りを歩く。5分もすれば国道5号線に出る。その向こうは砂浜が広がる。噴火湾だ。
海岸線の向こうには駒ケ岳のシルエットが見える。かなりの距離を走ってきたように思うが、案外近いものなのか、それだけ空気が澄んでいたということか。
これからは「海線」沿いに室蘭まで向かうことになる。さてここからが初乗車区間である。・・・ということで、これで景気づけて・・・・。(続く)