まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第47番「三徳寺」~広島新四国八十八ヶ所めぐり(この記事は・・というよりコイツは寺?野球?何が言いたいの??)

2022年10月26日 | 広島新四国八十八ヶ所

日本シリーズ第3戦のテレビ中継を途中でやめて、もうこれ以上見るものかとそのまま不貞寝したのだが、1日明けて、また夕方になると気になり、帰宅してテレビの前に座ってしまう。自分でも勝手なものだと思うが、ペナントレースもそれに近い状況からひっくり返したのだから、最終結果が出るまでは追い続けることにしよう。

・・・本題に行こう。広島新四国八十八ヶ所めぐりの続きの記事である。9月18日、台風が接近する前に呉市街の3ヶ所を回り、その続きは10月2日とした。これは私のスケジュールとの兼ね合いだったが、この日の夜はパ・リーグの優勝が決まる試合が行われる。別に願掛けをするわけではないが(そりゃ、広島の寺に祈ったところで、カープならまだしも「『バッファローズ』なんか知ったことかいな」と一蹴されるだけだろう。いまだにパ・リーグを見下している土地なので)、こちらはこちらでこの機に進めておこう。

今回は呉中心部の後半ということで、第47番・三徳寺、第48番・観音寺、そして呉中心部から熊野町に向かって第49番の浄空寺に向かう。バス利用だと不便そうなのでクルマ利用である。

好天に恵まれ、これだと呉の港の景色もよりきれいに見えることだろう。いったん商工センターに出て、広島高速に乗る。その後接続する広島呉道路(クレアライン)に入り、呉の中心部に到着する。

これから向かう三徳寺へは、クレアラインの呉インターを出て呉駅とは逆方向の二河川方面に向かう。その途中にあるのが呉市二河球場。現在は呉市の建設会社がネーミングライツ契約を交わし、「鶴岡一人記念球場」という名前である。南海ホークスの選手・監督だった鶴岡一人が呉の出身であり、また建設会社の創業者一家も鶴岡と交流があったことから敬意を表しての名づけである。鶴岡監督からのつながりで、南海ホークスが呉でキャンプを行っていたこともある。

呉市出身のプロ野球選手・監督でもっとも実績があるのは鶴岡一人としてよいだろうが、他にも藤村富美男(初代ミスタータイガース)、浜崎真二(阪急・国鉄監督)、広岡達朗(巨人選手、ヤクルト・西武監督)といった、オールドファンには懐かしいメンバーが並ぶ。それ以降は球史に名を残す選手がなかなか出ないのだが・・。

呉二河球場では以前はカープの公式戦も行われていたが、昨今の傾向としてマツダスタジアム以外の県内球場での試合というのがほぼなくなっている(他の球団も同様だが)。収容人数や設備に関係もあるのだろうし、マツダスタジアムで試合をしたほうが儲かるからだが、広島県だけでも広いのだから年に数試合は県内、中国地方開催でもいいのではないかと思う。

2023年5月には広島でG7サミットが開かれるため、その前後は宿泊施設の確保や警備の関係で、マツダスタジアムでの試合が難しいという。ならばこの機に近隣球場で主催試合を行えばよいのではと思うが・・。

・・・目指す三徳寺は二河川沿いに上って行く道筋にあるようだが、寺の名前がないので住所でカーナビに入力すると、どうも1本山側の道を進んでいるようである。引き返して改めて川沿いの道を行くが、今度は入口がわからず、そのまま通り過ぎてしまう。

道が行き止まりになったところに二河峡公園というのがある。中国自然歩道のルートの一部にもなっており、この先をたどっていくと滝も間近に見えるそうだ。

ここで折り返し、今度はスマホ地図も参照しながら入口とおぼしきポイントを探す。すると、「ここを入っていくのか?」と思わせる細くて急な坂道を見つける。果たしてそこが入口で、軽なら何とか行けるかと上って行く。

寺の入口を過ぎたその先に「三徳寺駐車場」の看板があり、無事に停めることができた。それでも同じ敷地には寺のものだろうか、ワゴン車も駐車してあるのでそうしたクルマも入ることができるのだが、初見だとびびってしまいそうだ。川沿いの路肩に駐車して、そのまま歩いて上がったかもしれない。

細い階段を上がり、建物の下をくぐってさらに階段を上がると境内に出る。正面が本堂で、右手には十三仏などの諸仏の石像がある。寺全体が山の斜面の地形を最大限活用した境内である。ちなみに、カーナビで入力した番地だとこの上を指しており、そこから下りてくる術はなさそうだった。

まずは本尊阿弥陀如来に向かい、本堂の上り口でお勤めとする。朱印はケースに入っていてセルフでいただく。

三徳寺が開かれたのは1965年と比較的新しい。広島新四国のサイトでも、本尊に阿弥陀三尊、鎮守に福徳大荒神を迎え、福徳円満な実りと密厳浄土の建立を願う・・というくらいしか案内の記載がない。「三徳寺」で検索すると、なぜか投入堂がある鳥取の「三徳山三佛寺」が上位に来るくらいだが、それでも諸仏が境内所狭しと集まっていて、信仰のスポットとして密度が濃い。

本堂にお参りする前に、四国八十八ヶ所のお砂踏みの案内があったのでそちらにも行ってみる。こちらはある程度の広さが確保されており、比較的最近整備されたように見える。こちらでもぐるりと回り、手を合わせる。三徳寺と同じ第47番といえば松山市の八坂寺である。ちょうど松山市近辺の札所が比較的固まっているエリアだが、その松山も何回かに分けて回ったのを覚えている。

さらに参道が上に続いており、本堂を見下ろす形で不動明王その他の諸仏が祀られている。コンパクトな奥の院といった趣がある。やはり、地元の人たちがさまざまな願いを持って参詣に来るのだろう。

これで三徳寺を後にして、次は観音寺に向かう。こちらも呉の市街地を見下ろす高台の上にあるそうだ・・・。

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