文在寅前大統領インタビュー(1)
「検察改革すると言った尹錫悦起用、後悔している」
当時、尹総長の任命に反対する意見は少数
「短気で制御できない、身内びいき」
身近にいた人たちの評価なので苦悩
検察改革を支持したから選択…悔やんでも悔やみきれない
文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は今月7日のハンギョレのインタビューで、尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長の抜擢、その後、彼がそれを足場として大統領にまでなった過程、戒厳と弾劾事態を見て抱いた自責の念を打ち明けた。文前大統領は「悔やんでも悔やみきれない」と言い、「尹錫悦政権の誕生に対して文在寅政権の人たちも責任から免れることはできないし、もちろんその中でも私に最も大きな責任がある」と述べた。文前大統領は「あのような人に政権を渡してしまったという自責の念が非常に大きかった。そのうえ今度は戒厳、弾劾事態が起きたので、夜眠れないほど国民に申し訳なかった」と述べた。尹錫悦検事総長を起用した過程については多くの人物が言及しているが、最終人事権者だった文前大統領が自らこのことについての考えを詳細に明らかにしたのは初めてだ。
-昨年12月3日夜、尹錫悦大統領の非常戒厳発表のニュースに接した時、文大統領はどう思いましたか。
「本当にあきれました。当惑しました。私は実は知りませんでした。帰宅した秘書から電話がきて知ったんですが、最初は信じられないからどこかでユーチューブのフェイクニュースを見たのだろうという程度に考えて、テレビをつけて確認してみたら本当だったんです。それで大統領談話を2回3回と再放送するのを何度も聞いて、ようやく実感したんですが、本当に当惑するし、あきれたことです。
非常戒厳というのは、韓国の憲法上の制度としては残っていますが、すでに数十年前に博物館の収蔵庫に入った遺物のようなものなんです。それを21世紀の天下に引っ張り出してきて国民に振り回すというのは、考えられますか? 野党勢力をすべて反国家勢力と呼び、反国家勢力を一挙に清算する、そういうのを聞いて、大統領は本当に妄想の病が深いようだと思いました。
一方で、国際的にも非常に恥ずべき事件が起きたことについて、自分は前任の大統領としてどうすればよいのか悩みました。国会には戒厳解除を決議する権限があり、それがうまくいけばよいが、もし実際に国会議員たちが逮捕・拘禁されたり、または定足数が足りなくて直ちに決議があがらなかったり、そうなったら前任大統領として直ちにソウルに行かなければならない、行って民主党の国会議員たちと一緒に行動し、緊急に外国メディアとの記者会見などもしなければならない、せめて何か座り込みでもすべきだろうか、そう悩みました。
幸いなことに、民主党中心の国会が迅速に戒厳解除を議決してくれましたし、おそらく国際社会も韓国という成熟した民主主義国家で非常戒厳だなんてといって最初は驚いたでしょうが、全国民と国会がともに力を合わせてそれに立ち向かい、戒厳解除を成し遂げた過程を見て、その民主主義の回復力に驚嘆したと思います」
-耳が痛いかもしれない質問をします。文大統領の在任初期に国政壟断捜査を主導したのが、当時の尹錫悦ソウル中央地検長でした。この過程で検察特捜部の力が強まったことでそれが検察改革の足かせとなり、尹錫悦は検事総長に抜擢され、その後、(当時野党の)「国民の力」に入党して大統領にまで上り詰める足場を築くことになります。現時点で当時を振り返るとしたら、どうお考えになりますか。
「まずは、おそらく今、元検察官や元検事たちが国を意のままに壟断する、まさに検察王国の時代が来たから、あの時期に検察改革がもっと徹底してなされていたらという、そういう脈絡の話のようですが、まずはその国政壟断捜査というのは私たちの政権(文在寅政権)が始めたものではありません。朴槿恵(パク・クネ)政権時代から始まっていました。また、あの時は積弊清算に対する国民の要求がとても高かったため、あの時期に検察が捜査を適当に済ましてしまうように検察の権限を奪ったり力を弱めたりするというのは考えられませんでした。だから検察改革は段階的にアプローチするしかなく、時期を調節しなければならない問題でした。
それだけでなく、韓国の検察改革の本質、それは検察の持つ捜査権を警察にすべて渡し、検察は起訴庁としての役割を果たすようにするというものですが、それは70年の制度を変えることなので、一朝一夕に変えることは不可能です。これは意志の問題ではなく、現実の問題です。直ちに検察の捜査権をすべて警察に渡すのなら、警察がその捜査を担えなければなりませんが、大韓民国の警察が今それを担える水準に来ているのか、または警察が国民からそれだけの信頼を得られているのか、そういうことを考えると、それは一朝一夕にできることではありません。
だから、検察の捜査権限を段階的に警察へと移し、検察の捜査権限を徐々に縮小していき、将来は検察の捜査権限がすべて警察に渡るようにするというこの過程は、数年間にわたって、いわば根を下ろしながら少しずつ段階的に、漸進的にやるしかない課題でした。われわれの政権の間に、ここまではやらなければならないと考えた検察改革は成し遂げました。検察の捜査権限を狭め、その次に公捜処(高位公職者犯罪捜査処)も設立しました。そして警察は国捜本(国家捜査本部)に、そのようにしました。だから、もう一歩踏み込んだ検察改革は次の政権が継続すべきだったのですが、次の政権はそれに逆行する政権となってしまったんです。だから、あの時の検察改革は不十分だったというのは、事後的にやや残念に思ってする話であって、当時を穏当に評価するものではないと考えます。
幸いなことに、今回の尹錫悦政権のあり方、そして戒厳まで含めて、これを見て今や国民は検察の完全な改革、検察の捜査権を全面的にすべて警察に移し、その検察は起訴庁としてのみ存続すべきだという、この検察改革の方向性に対して、すべての国民が誰も異議を唱えないほどコンセンサスを得たと思います。だから次の政権は早急にそのような検察改革を完成させ、まとめる必要があると思います」
-もう少し具体的にうかがいます。尹錫悦検事を検事総長に起用する際、大統領府の内外で意見がはっきりと割れた、と当時民情首席だったチョ・グク前祖国革新党代表は本に書いています。それでも文大統領が尹錫悦検事を検事総長に起用した理由と、その過程はどのようなものだったのか、少し詳しく説明していただけますか。
「そうですね。いずれにせよ、それが尹錫悦大統領誕生のいちばんの端緒になるわけですから。後悔しています。実際にあの当時、賛否が分かれていたのはその通りです。割合で言うと、(尹錫悦検事総長の任命を)支持して賛成する意見の方がはるかに多く、反対意見は少数でした。民主党は全面的に支持し、賛成するという意見でした。でも、その反対意見は数的には小さくてもそう無視できなかったのは、私のみるところ相当な説得力があったんです。
どんな人たちだったかというと、尹錫悦中央地検長時代に例えば法務部長官をしていたとか、とにかくその時期に尹錫悦に近くで接した人たちです。そういう人たちは尹錫悦候補について、短気な性格で、自己制御がうまくできないことが多くある、そして尹錫悦師団という言葉ができるほど非常に身内びいきなスタイルだという意見を(述べました)。それは後で考えるとすべて事実で、その話は正しいことが後に確認されたわけです。とにかく近くで接した人たちがその接してきた経験にもとづいて言っているため、人事においてはそういう意見が重要なんです。だから反対の数は少ないけれど十分に耳を傾けるに値する内容だったので、でもまあ多数は支持、賛成していましたから、それでたいへん悩みました。
そこで、チョ・グク民情首席(当時)と私とで、検事総長候補推薦委員会から推薦された候補は4人だったのですが、その4人全員をチョ・グク首席が一人ひとりインタビューして、当時私たちが最も重要だと考えていた検察改革に対する各候補の意志や考えを確認することにしたのです。チョ・グク首席が4人全員に会ってみた結果、3人は全員検察改革に反対の意見を明確にし、尹錫悦候補だけが検察改革に対して支持する、そういう話をしたというんです。
それで最終的に2人に絞って考えました。(尹錫悦候補ではなく)もう1人はチョ・グク首席と同じ時期に大学に通っていて、また私たちの政権で検察の高位職をしており、チョ・グク首席との人間的な関係も悪くなく、意思疎通もかなりうまくいく、そんな関係だったんですが、残念ながらその方は検事として検察改革には賛成できないと、検察改革に対してはっきりと反対意見を述べたということで、いわば検事マインドが強いということです。そして、もう1人が尹錫悦。コミュニケーションは少し取りにくいかもしれないが、検察改革の意志だけは肯定的に語っていたし、実際に尹錫悦候補は中央地検長時代に検察改革に対して好意的な態度を示したことがありました。それで悩んだわけです。今思えば、それでもチョ・グク首席とコミュニケーションが取れて関係の良好な、そういう方を選ぶのが理にかなっていたのかも知れません。
でも、あの当時、私とチョ・グク首席は検察改革というものに、いわば肩に力が入り過ぎていたというか、それにこだわりすぎていたというか、だから多少問題があっても尹錫悦候補を選んだのですが、そのせいでその後に非常に多くのことが起こったため、あのときの選択は悔やんでも悔やみきれません」
(文前大統領は公式インタビューの終了後の少し自由な会話で、チョ・グク前祖国革新党代表のことを「最も痛い指」だと言い、「限りなく申し訳ない」と語った。そして、「チョ・グク前代表がすごいのは、(尹錫悦ではない方の)別の検事総長候補と親しかったのに、その候補者を推薦しなかったことだ。検察改革に消極的だという理由からだ。あの時、チョ・グク前代表と親しいその候補を推薦していたなら、その人にさせたはずなのに、そうはしなかった」と語った)
-尹錫悦検事総長は自分の期待とは異なる道を歩んでいる、期待外れだと考えるようになったのはいつからですか。
「チョ・グク首席が法務部長官候補に指名された時、チョ・グク候補の一家に対する捜査は明確にチョ・グク首席の主導した検察改革、また、今後法務部長官になったらさらに強力に進められる検察改革に対する報復であり、足を引っ張る行為だったわけです。その時初めて分かったんです。そのため、チョ・グク長官候補の家族はそれこそ粉々になってしまったわけです。実に人間的に皮肉です。尹錫悦をソウル中央地検長に起用する際、最も支持したのがチョ・グク首席で、検事総長に起用する際にもチョ・グク首席が味方になったわけですが、逆に尹錫悦総長(当時)からそのようなことをされたのですから、実に人間的に皮肉なことです」
-尹錫悦総長がチョ・グク法務部長官の人事聴聞会を前にして捜査を開始した際、自分は起用する人間を間違えたと後悔しましたか。
「はい。なぜなら、尹錫悦総長が『いくらチョ・グク首席でも容認できないのが、いわゆる私募ファンドだ』と言って、それは詐欺だということだったわけです。でも実際に私募ファンドはすべて無罪になったじゃないですか。まったく関係のない、単なる、表彰状だとか何だとか別のものを持ち出して、家族をみんなああいう風にしてしまったわけです」
-文大統領の責任論を主張する人々がいます。結果論的な話ですが、尹錫悦大統領は散々な失敗をしたわけですが、その失敗の一部については彼を起用した文大統領の責任ではないかというのです。こういった主張についてどう思われますか。
「それは問題ではなく、とにかく尹錫悦政権はあまりにもだめでした。水準の低すぎる政権、今回の戒厳の前も本当に何もできていなかったし、水準の低い政治をしていましたが、私たちはこのような人らに政権を渡してしまったという自責の念、それがとても強くあります。そして、そのような姿を見るたびに本当に国民に申し訳ないと思いました。それに加えて今回の弾劾、戒厳事態が起きたものだから、本当に言葉にできないくらいの自責の念で、眠れないほど国民に申し訳ない気持ちです。
その始まりが尹錫悦検事総長の起用なのは確かですが、検事総長というポストは大統領になるポストではありません。そもそも検事総長は、むしろ退任後に政界入りすることが批判されるポストです。なぜなら政治的中立性が要求されるからで、検事総長への起用が終わりではなく、その後に例えば尹錫悦検事総長に対する何らかの懲戒、そのような過程が滑らかにうまくいかず粗雑になったことで、逆に非常に多くの逆風を浴びたし、そのために尹錫悦検事総長を政治的にとても大きくしてしまったわけです。それで、まるで文在寅政権と対極にある人物のようになってしまったために、それが『国民の力』の大統領候補にまでしてしまったんだと思います。
しかし、それもまた終わりではなく、さらに残念なのは、実は前回の大統領選挙です。なぜなら、尹錫悦候補は前回の大統領選の過程ですでに示していたんです。この人は言ってみれば有能な検事かもしれないけれど、大統領の資質はまったくない人、何らかのビジョンだとか政策能力みたいなものも全然なく、準備も全くできていない人だということが、あの時すでにあらわになっていたわけです。だから、最初はくみしやすい相手だと思ったんです。私たちの側の候補(イ・ジェミョン候補)の方がビジョンや政策能力、または大統領としての資質やそのような部分がはるかに優れているので、簡単に勝てるだろうと考えていたんですが、おそらくビジョンや政策能力をめぐって競争する選挙になっていたなら当然そうなっていたでしょう。歴代の大統領選挙はそうやってきましたから。ところがそうは流れず、ある種のネガティブ選挙によって、まるでどちらがより嫌われているかを競っているかのように、そのように選挙が流れてしまったし、その枠組みから結局は抜け出せなかったことが敗因となってしまったんです。
そのように全過程を通じて後悔するところが数々ありますが、総体として尹錫悦政権を誕生させたということに対してわれわれの政権(文在寅政権)の人たちは、もちろん私に最大の責任があるはずだし、そこから私たちは免れないと思います。国民に申し訳なく思っています」
-先ほどおっしゃいましたが、当時、チュ・ミエ法務部長官と尹錫悦検事総長が鋭く対立していました。あの時、いくら検事総長が任期の保障されたポストだったとしても、なぜ大統領の人事権を行使して検事総長を辞めさせなかったのか疑問に思っている人もいます。これについてはどのように説明しますか。
「そのような部分はハンギョレ新聞のようなメディアがきちんと伝えるべきことですが、そう言ってしまうと、私たちは帝王的大統領を批判しながら大統領に帝王的な権限権力を行使すべきだと要求するのと同じことです。矛盾する主張です。まずは、大統領には検事総長を解任する人事権がありません。だから、そのような権限はそもそもないんです。やるとしたら、政治的に圧力を加えることはできるかも知れません。
例えば『信頼しない』ということをおおっぴらに言うとか、マスコミを通じて辞任を迫るとか、実際に過去の権威主義時代には、大統領が少し不快に思っているということをちょっとほのめかしただけでも検事総長が自ら身を引く、そんな時代がありましたから。今はもう時代が違います。今はそのように迫ったら、尹錫悦総長本人はもちろんのこと、検察組織全体が反発するし、当然保守メディアもいきり立つでしょう。そうなれば途方もない逆風が生じ、それはまた大統領選で非常に大きな悪材料になるでしょう。それを選択することはできませんし、大統領に権限があるように考えるからそのようなことを言うわけで、そうではないということは明確にしてほしいと思います。
あの当時、尹錫悦総長を辞めさせる唯一の方法は、法務部長官は懲戒建議で懲戒解任ができるため、実際に当時の法務部長官はそれを試みたんです。ところが、その過程がうまく処理されればよかったのですが、そのように処理されずに進んだため、解任もできずに逆風を浴びて政治的にあの人を大きくする結果になってしまったんです」
文在寅前大統領インタビュー(2)
「民主党、包容・拡張する時…イ代表も共感」
内乱否定する尹錫悦、大統領として醜く悲しい
早く国の安定に協力するのが大統領に残された道理
金大中・盧武鉉「帝王的大統領」ではなかった
内閣制こそ「帝王的首相」の恐れも…任期4年の再任可能な大統領制への改憲が現実的
―尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は今「内乱ではなく、警告するための戒厳だった」と主張しています。憲法裁判所の弾劾裁判では、国会本会議場で議員を引きずり出せと指示したことはないと述べるなど、すべての責任を軍の指揮官に転嫁する姿を見せていますが、国民が思い描いた「責任ある大統領の姿」とは大きくかけ離れています。前大統領として、こうした尹大統領の態度と行動についてどうお考えですか。
「まず悲しいです。実に醜くて恥ずかしい姿ではありませんか。戒厳宣布が間違っているのは言うまでもないが、そのせいで2カ月以上、国中が完全にひっくり返り、国民が眠れず、不安に陥り、寒い夜に街頭で抗議デモをせざるを得なくなり、国民の生活も経済も非常に苦しくなったのに、それについて少しでも責任感があるならば、今からでも早く責任を認めて国を安定化させることに協力するのが大統領に残された道理ではないでしょうか。なのに、何とか生き延びようとする態度が非常に醜く、恥ずかしく、(そのような姿を見ていると)悲しくなります」
―にもかかわらず、尹大統領を守ろうという保守勢力のデモは、ますます暴走しています。尹大統領に拘束令状が発付された日には、デモ隊が裁判所を襲撃し、暴動を起こしたこともありました。極右勢力がファシズムに進んでいるという分析もありますが、こうした現象についてどうお考えですか。韓国社会はどのように対応すべきでしょうか。
「あの人々の多くは誤った情報、フェイクニュースなどに扇動されており、また付和雷同しているのです。だから、まずは憲法裁判所を通じた弾劾手続き、その次に裁判所を通じた刑事処罰の手続きができるでだけ速やかに行われ、大統領の戒厳宣布行為が反憲法的な行為であることを憲法裁判所が早く判断を下し、またそれが内乱行為として厳しく罰せられるべき行為であることを裁判所が早く確定すれば、多くの国民がきちんと判断できるのではないかと思います。当然その過程で非常に暴力的なデモに対しては断固たる処罰が下されなければならないと思います。
さらに根本的には、極右ユーチューバーを通じたフェイクニュース、扇動、それによる国民分裂、またそれを通じた極右・過激派の勢力獲得などは、我が国だけの問題ではなく、ヨーロッパや米国も同じように体験している問題です。実際に多国間首脳会議では、首脳たちが議題の他に何か議論する時間ができれば、一様に懸念していたのがフェイクニュースを通じた極右勢力の浮上でした。特にヨーロッパ諸国がそのような懸念を抱いていました。ところが、問題はそれに対するこれといった対応策を用意できていないことなんです。
ユーチューブを通じたフェイクニュースを広める行為を規制しなければならないのですが、この規制が下手に行われると、これが表現の自由を侵害する恐れがあるため、むしろ市民社会とか革新的な報道機関などがこれにもう少し先頭に立って反対しているのが現実です。そのような懸念も十分に一理ありますし、尊重しなければなりませんが、極右ユーチューブのフェイクニュースの生産とそれによる国民扇動と分裂、こういうことが国の存立を危うくする段階に来た、いわば大韓民国をほとんど政治的内戦状態に追い込んでいることが、今回の戒厳の過程を通じて確認されたではありませんか。これ以上放置できない問題です。なので今は、本当にどのように適切な水準でそれを統制し規制するのかについて、韓国社会が知恵を集めなければならないと思います。
ユーチューブのフェイクニュースだけでなく集会やデモも同じです。集会・デモも本来自分の主張を社会に知らせるために認められる基本権です。ところが、今やそのような集会・デモの本来の目的を通り越して、非常に嫌悪的な集会・デモや他の人々を苦しめるための目的の集会・デモだとか、さらに高性能マイクと録音機一つさえあれば集会・デモの自由という名のもとに、終日人を罵倒する録音を流すことができるのが今の現実です。韓国社会は過去の権威主義時代に集会・デモの自由を侵害された経験があるため、民主化されてからは非常に寛大に(その権利を)拡大し続ける方向に進みましたが、今は合理的な規制のようなものを模索すべき時になったと思います」
―1987年6月の抗争以後、韓国にはそれなりに民主主義が根付いたと多くの国民は思っていました。ところが、今回の非常戒厳事態を見ると、必ずしもそうでもないようです。今後、民主主義を強固にするためにはどうすればいいでしょうか。
「まずは弾劾後に早期大統領選が行われると信じていますが、早期大統領選で政権交代を確実に成し遂げ、いわば確実な民主主義のレジリエンス(回復力)を見せなければなりません。大統領選の過程で(大統領にふさわしい人を)きちんと選ぶことが本当に重要です。ネガティブ攻勢に乗って人を選んでしまうと、今回のようなことがまた繰り返されるのです。だから大統領選で最も重要なのは、誰が大韓民国を導いていく未来のビジョンを持っており、それを遂行できる政策能力を持っているか、どれほど大統領になるための準備ができているか。これをきちんと見て選択をすれば、今回のようなことの再発を防げるでしょう。
そして、先ほど話したように、今、民主主義の危機は韓国だけのことではありません。 世界中で民主主義の危機を語っているではありませんか。ヨーロッパの場合も、極右政党が今ちょうどあちこちで第1党に浮上しているような状況ですし、米国もドナルド・トランプ大統領の当選について民主主義をめぐる危険なシグナルとして受け止めている人がたくさんいます。だからこそ、民主主義を守っていくためには、民主主義を脅かすある勢力、先ほど話した過激なユーチューブやフェイクニュースをまき散らして扇動したりする行為に対して、民主主義を守り抜くことができる防御策が必要だと思います。
これまではその点について誰もが必要性を考えながらも、それが表現の自由を侵害したり、あるいは集会とデモの自由を侵害したりするという理由で、踏み切ることができませんでしたが、これからは本格的に知恵を集める時だと思います」
―12・3非常戒厳宣言後の野党第一党「共に民主党」の対応についてはどう評価しますか。民主党とイ・ジェミョン代表にどんな話をしたいと思いますか。
「本当にうまく対応したと思います。民主党が速やかに国会に集結し、早いうちに戒厳解除の議決をしたことで、いわば戒厳を失効させましたから。もちろん、多くの国民の皆さまが力を貸してくださいました。このように驚くべき民主主義のレジリエンスを示すその過程で、民主党が先頭に立ったことを非常に誇りに思っています。弾劾訴追も民主党が主導し、弾劾裁判が開かれ、また尹錫悦大統領は刑事上でも起訴されてこれから裁判を受けることになるため、これからは民主党がもっと国政に責任を負うという姿勢を持たなければならないでしょうし、国民もそれを期待しているのではないかと思います。
それでこの前、イ・ジェミョン代表に、今は本当に経済が厳しく、補正予算があまりにも急がれるから、全国民支援金とか、地域貨幣とか、補正予算の規模とか、これらのような民主党流の補正予算を進めようと欲を出さずに、政府側に全面的に協力して補正予算が一日も早く実行できるようにした方が良いと助言し、イ・ジェミョン代表も同意しました。実際にそのような立場を発表しました。これから、政府与党が早く野党と協議して迅速に補正予算を樹立し、また実行して国民の暮らしを安定させていくことを願っています。
民主党の次の課題は必ず早期大統領選で政権を取り戻すことです。それが今、民主党に与えられた一つの歴史的責務だと思います。そのためにイ・ジェミョン代表に申し上げたいことは、民主党が勝つためには必ず民主党がもう少し包容し拡張する姿を見せなければならないということです。そして、その拡張された後に拡張された力を一つに結集する団結が最後の段階で行われなければなりません。
民主党が勝利を収めた2017年の大統領選挙を振り返ってみますと、その時は私とイ・ジェミョン候補、アン・ヒジョン候補の3人が非常に激しく競争しました。熾烈な競争を通じて民主党は大きく拡張することができました。そして、拡張されたうえで団結することで、我々は政権交代を成し遂げることができました。ところが今、民主党にはその当時のイ・ジェミョン候補のような方、その当時のアン・ヒジョン候補のような方々がいません。イ・ジェミョン代表を支持する人だけで51%になるかというと、そうではないのが現実ではありませんか。競い合い、それを通じて支持ももっと広く集めることが必要だと思います。外部の祖国革新党もその役割を果たさなければなりません。その後、汎野党圏が一つに力を合わせて政権交代をやり遂げなければならないのです。
こういうことについて、ある活動や競争について民主党内の一部でそれを分裂だと批判し、押しのけるのは本当に望ましくないことです。そのようなことが民主党をさらに狭めてしまうのです。前回の総選挙の時、祖国革新党の役割だけを見ても、当時民主党内の多くの人々が分裂だと批判しましたが、結局祖国革新党が成し遂げたのは拡張だったと思います。祖国革新党も成功しただけでなく、民主党もそのおかげでより多くの議席を確保することができました。民主党がもう少し開かれて包容し拡張していき、その後に再び力を集めるそのような過程にうまく導いていくことをイ・ジェミョン代表にお願いしたいです」
(文前大統領は公式インタビューが終わった後、「拡張と包容」に関してこのように付け加えた。「今、党内でイ・ジェミョン代表にはライバルがいないのではありませんか。そうであるならなおさら拡張しなければなりません。(旧正月連休の時に訪れた)イ・ジェミョン代表にもそのような話をしました。イ代表も私と同じ考えです。だけど、周りにに少し強硬派の人たちがいるみたいで…」)
―今のお話は、包容と拡張を成し遂げた後に団結するのが望ましい、そういう意味だと理解すればよいのでしょうか。
「はい、そうです。団結とは、最後に我々の代表選手、誰が代表選手になっても、その代表選手に向けて団結することです」
―大統領は2018年3月に国会に任期4年で再任可能な大統領制(現行は任期5年で1期限り)への改憲案を発議しました。ところが当時野党だった「国民の力」の前身である「自由韓国党」の反対で議決定足数にならず廃棄になりました。最近、再び改憲に関心が集まっています。現実的に大統領選挙前の改憲は難しいと思いますが、次期政権での改憲についてどうお考えですか。
「大統領選前の改憲は難しいが、大統領選と同時に改憲することは現実的に可能です。だから大統領選と改憲国民投票を一緒に行うこともできます。だから改憲が行われると、新たに選出された大統領がその改正された憲法の適用を受けるということになります。改憲案が公告された後に、国会が60日以内に議決すれば良いし、また30日以内に国民投票に回付しなければならないので、国会が議決する日付を30日以内に繰り上げるだけで十分可能です。ただしそうするには、与野党と政府が少なくとも改憲に対する最小限の合意を実現しなければなりません。今回の戒厳事態について言えば、二度とそのようなことが起きないよう、最低限の改憲に合意すべきです。ところが、今の政府や与党『国民の力』の行動からして、そのような反省があるようには見えないし、だから改憲はできそうにありません。
ならば、次の大統領選の時に改憲を公約に掲げ、そうして当選した大統領が就任当初に改憲を成し遂げること、それがもう現実的な案でしょう。実は私も(2017年の大統領選)当時、そのように選挙の時に公約して就任後に改憲案を発議したのですが、その時は少数与党だったため、改憲を成し遂げることができませんでした。しかし、今は民主党が多数党なので、十分進められる立場にあります。そうなることを願っています」
―今、改憲論が高まっているのは、主に帝王的大統領制に対する問題意識によるものだと思います。選挙で選ばれた大統領が軍を動員して国会を掌握しようとしたという衝撃が大きいのですが、「帝王的大統領制」についてはどうお考えですか。
「韓国の大統領制が帝王的大統領制だという指摘には同意できません。金大中(キム・デジュン)大統領や盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が帝王的大統領でしたか。(むしろ)あまり力のない大統領でしたよね。私も帝王的大統領だったとは思っていません。言ってみれば、大統領の権限を乱用する、そういう逸脱する大統領たちがいたわけです。皆さんご存知のように、全員国民の力側の大統領でした。しかし、だからといってそれを帝王的大統領制だとして、内閣責任制に変えれば解決するのか。内閣責任制になったら、もう政府権力と行政府の権力と国会権力を一人が持てるようになるではありませんか。そうなれば、まさに帝王的党代表、帝王的首相になり得ます。ですから、これは制度の問題ではなく、結局は人の問題で、運用の問題だと思います。
もちろん、今の大統領制で大統領の権限が過度に肥大化しているところは引き続き権限を減らしていき、国会の統制権限をさらに高めていくような改憲はしなければなりません。そのような土台の上で任期4年・再任可能な大統領制への改憲が実現可能であり、また国民が支持できる案ではないかと思います。任期4年で再任可能な大統領制への改憲になっても大統領制であることは同じではないか、こう言えるかもしれませんが、そう変われば少なくとも最初の4年間は次の再選を見据えているので、さらに国民の世論に耳を傾けるような政治をせざるを得なくなります。すると、2期目の時はもうそうしないのではないかと思うかもしれませんが、2期目は1期目に行った政策基調を続けていくため、またそこから逸脱する可能性ははるかに低くなります。
ですから、任期4年で再任可能な大統領制への改憲とともに、大統領の赦免権とか、先ほどもお話しましたが、戦時事変でもないのに戒厳令を敷くことができるとか、そういう部分は抑制し、それに対して国会の統制権をさらに強化するというような、こういう類の改憲ができるのではないかと思います」
―(文前大統領が)大統領に当選した時も弾劾後でしたが、その後の広範囲な弾劾連帯が検察の捜査とかいろいろなことを経て、あまりにも狭くなったのではないか、それが文在寅政権の国政運営にも負担になったのではないか、という批判があります。それについてどうお考えですか。
「むしろその反対について言わせていただきたい。今、戒厳以降に弾劾裁判に入り、(尹錫悦大統領が)拘束起訴され、このような状況であるにもかかわらず、あちら(尹大統領と国民の力側)が何をしているのかを見てください。そのような状況でも、戒厳は正当だったと詭弁を並べ、むしろこちら(民主党側)が内乱だと言い張っているではありませんか。むしろそうやって結集しています。(一方で民主党側としては、)いまでは金大中大統領は歴史的に評価されていますが、金大中大統領の頃はまるで歴代最悪の大統領であるかのように、批判され罵倒されました。失敗した大統領とまで言われました。盧武鉉大統領はどうですか。支持率はどん底でした。振り返ってみると、盧武鉉大統領こそ本当に多くの改革を成し遂げたにもかかわらず、イラク派兵で支持が離れていき、韓米FTAでさらに支持が離れていき、そうしてついには退任の頃には支持されなくなり…。私はこちら側もそうだと思います。
もちろん、こちら側の人たちは価値を重視するので、自分が考える価値と合わなければ批判することもあります。それがこちら側の特性ではありますが、しかし、弾劾連帯というのがもしあったというのなら、弾劾連帯がそんなふうに崩れてはいけない。はるかに堅固でなければならないのです。文在寅政権が(時代に)逆行した政権でしたか。期待には及ばなかったかもしれませんが、その方向に向かおうと努力した政権であることは明らかです。ならば、弾劾連帯というのがあるなら、最後まで支持して後押しして、新しい政権を生み出すところまで行かなければならないのではありませんか。期待に及ばなかったから、弾劾連帯が瓦解して尹錫悦政権を誕生させたんでしょうか」