昔、テレビドラマに「細腕繁盛記」というのがあった。伊豆の熱川温泉を舞台にした旅館の女将の物語であったが、作者の花登筺は山形のかみのやま温泉に泊りこんでドラマの想を練った。花登筺は宿泊先で食用菊を食した。その名は「もってのほか」という。おいしい菊は女中風情が食べるのはもってのほかだ、というのがその名の由来であった。写真の菊は「黄もって」という品種だが、「もってのほか」は紫の上品な色合いである。
山形ではこの菊を茹で、酢醤油をかけて食するが、菊を不老長寿の食べものとしたのは中国である。9月9日を重陽の節句とし、菊酒を飲んで、長生きを祈願した。
陶淵明の詩に「飲酒」がある。
秋菊佳色あり
露にうるおうその英を摘み
この「忘憂のもの」である酒にうかべて飲むと
俗世間から遠ざかった私の気持ちをさらに深める
陶淵明は、菊を食することによって、自己の精神が清められそして深められていくことを詠んでいる。こうした中国の風習はわが国にも影響を与えた。平安時代の『枕草子』に清少納言は「9月9日は、暁方より雨すこし降りて、菊の露もこちたく、覆いたる綿などもいたく濡れ、移しの香ももてはやされて」と書いている。これは、菊の花に綿をかぶせ、露のしめりで身体を拭うと老衰を防ぐと信じて行った風習である。
菊のはなつ豊かな香りは、今の時代でも清々しく、食べても身体によい影響があるような気がする。菊の花はその年の最後の花で、咲き終わると山も里も雪におおわれる冬がやってくる。