古典を現代語で読める便利な本が出ている。『源氏物語』など、この年になって古文で読めるはずもないが、5年ほど前思い立って瀬戸内寂聴訳の『源氏物語』を読むことができた。現代文で読むと、以前難解だと思っていた文が、すっと入ってきた。これに味をしめて、『室生犀星全王朝物語』や『お伽草子』(ちくま文庫)にも目を通した。『お伽草子』には、「もの草太郎」や「浦島太郎」、「酒呑童子」「三人法師」など、子どもころ聞いた話が入っている。しかも、訳者には円地文子、永井龍男、谷崎潤一郎などの大御所が起用されている。
同じちくま文庫に『竹取物語・伊勢物語・堤中納言物語』が、訳者は臼井吉見と中谷孝雄である。「昔男ありけり」で始まる伊勢物語は、あるできごとについて歌をつける、短い愛の歌物語の集成である。主人公は在原業平とされる。
「むかし、東宮の女御の御殿で催された花の賀に、召し加えられた時、ある男が詠んだ歌、
花にあかぬ嘆きはいつもせしかども今日のこよひに似る時はなし
(あまりに花が美しいので、いつまで見ていてもまだ見たりないという嘆きは毎度してきが、
今宵ほど名残惜しい気がしたことはかってなかったことです)」
訳者の中谷孝雄は、注で東宮の女御について、東宮の后と東宮の母の二つの意味があるが、この段は二条の后をほのめかしたものと思われるので、後者の意味になる、と説き業平のかなわぬ恋を歌にしたものとしている。
もう30年も前になるが、埼玉県の志木にある中谷孝雄氏を友人に案内されて訪問したことがある。このとき、先生の関心事は吉野裕子であった。陰陽五行や古代呪術に尽きない興味を持ち、毎日吉野の著述を読んでいる語られていた。