『石川忠久・中西進の漢詩歓談』が抜群に面白い。漢詩の権威、石川忠久と古代日本文学の泰斗中西進が、漢詩の面白さを縦横に語っている。漢詩が日本の万葉集や古今集の紀貫之などの季節感に与える影響など、漢詩の見かたに新しい視点を提起している。李白の子夜呉歌四首其の三は
長安 一片の月
万戸 衣を擣つの声
秋風 吹いて尽きず
総べて是れ 玉関の情
何れの日にか 胡虜を平らげて
良人 遠征を罷めん
中西進はこの詩の面白さを語っている。「前半の景の部分ですが、まず月というのはみんなが見ている。秋も、良人もその季節の中にいる。ところが砧というのは、現在の女性の方にしか聞こえていない。そういうものが「総べて是れ」と一つになっているのが、非常に面白かったんです。この詩の獲得する空間がものすごく大きくなってくるでしょう。」
石川忠久は一片の月にふれて語っている。「まんべんなくそそぐ雨のことを「一片の雨」と歌った例があります。ですから「一片の月」というと、光がまんべんなく降りそそぐというようなイメージがあります。」
また中西は、「衣を擣つ」で万葉集では、「旅先の夫の着物をすごく問題にします。着物というものを媒体として夫婦がつながるというモチーフが、かなり普遍的にあります。」と語り、妻の情が戦場にある夫を思いやる象徴して、衣があるのではないかと推測する。二人の学者の想像力が、漢詩や和歌の世界を大きく広げる刺激的な一冊である。大修館書店刊、1400円+税。