考古学者の森浩一氏の著書に『食の体験文化史』という面白い本がある。森氏は万葉集に出てくる憶良の「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めばまして偲はゆ」の歌を取り上げ、この瓜をマクワウリと推定し、栗とともに生で食べたものと指摘している。話はマクワウリから、顕宗天王の皇后自殺の話となる。
『日本書記』に「仁賢天皇がまだ皇太子のとき、宴席でマクワウリを食べようとした。ところが刀子(ナイフのこと)が見当たらない。天皇が皇太子に刀子を皇后に渡させようとした。このとき、皇后は立ったままで刀子を受け取り、瓜盤に置いた。皇后はこのときの行為が、貴人を敬う礼儀にかなっていなかったことをおそれて自殺した」という話を紹介している。刀子(とうす)というのは小刀で、瓜を割ったり、皮を剥くのに使われていたことは興味ぶかい。著者はこの刀子が、現代の闇社会で使われているドスの発音がつながっていると述べている。
この本は、遺跡に出てくる古代の日本人に食にふれながら、自分の好きな食べ物を記録し、食の体験記を綴っている。森氏はうどんを好きな食べ物とし、94年にうどんを食べた回数が102回であったと驚くべき執着ぶりを書いている。そして、独身の学生たちへ勧める「うどんすき」のレシピにまで筆が及んでいる。
「深めの鍋に細かく刻んだ玉ねぎとジャガイモをたくさん入れ、醤油と砂糖もたっぷり入れた上に切り込みの牛肉を積み上げて煮る。よく煮えてきたら、上にうどん玉を一つか二つ、うどんの色が炊き汁がしみるまで煮あげる。卵をひとつ落としてもよい。自家製すき焼きうどん。かんたんで栄養たっぷり」。先生の愛情が伝わるレシピである。