今住んでいるところへ、越したのは40年も前のことである。当時、家の周りには、店もなく田圃が残っていた。朝、ケーン、ケーンと鳴く鳥の声で目が覚めた。その鳴き声は雉が、雌を呼ぶ声で、夜になると田のなかに蛍が光を放って、やはり雌に合図を送っていた。散歩がてら、蛍を捕らえて家に持ち帰り、子どもたちに見せた。夏休みキャンプで沼の辺に出かけ、そこでも蛍を見ながら子どもたちと楽しんだ記憶がある。それから長い月日を経て、蛍は観光地の蛍狩りでも行かなければ見ることはできない。
声はせで身をのみこがす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ 玉鬘
源氏に寵愛される玉鬘は、夕顔と頭中将との間に生まれた姫である。夕顔は、源氏の友人でライバルでもある頭中将の愛人であることを知らずに深い中になるのだが、六条御息所の嫉妬心から生まれる生霊の取りつかれ、源氏との逢瀬の間に、息を引き取ってしまう。源氏はその娘に恋焦がれるのだから、その色好みがいかに異様で、玉鬘を惑わせることであるかが知れよう。
京に来て源氏に引き取られた玉鬘には、その美貌ゆえ言いよる男もたくさんいた。兵部卿の宮もその一人。その仲を進行させたくない源氏がはかりごとをめぐらす。姫の几帳の側まで来て言い寄る宮。源氏は昼にたくさんの蛍を捕らえ、薄い布に包んで光が漏れないように隠しておいたのを、その場所へさっと撒きちらした。突然きらめく光に姫は驚き、その横顔は息をのむほどの美しさであった。玉鬘が詠んだ歌は、その蛍に託した宮への答えであった。