5年ぶりの北海道への旅である。定山渓温泉へ2泊、生き残った3人の兄弟が、最後に会うことになるかも知れない兄弟会と、10年ぶりになる高校時代のクラス会に参加するためである。飛行機を降りて北の大地に立って先ず感じるのは、木々や草花、蕗、イタドリなど植物たちが放つ、北海道独特の雰囲気だ。そうした自然に抱かれて育ったものには、何とも言えない懐かしさがただよう。時間がすっと逆戻りするような感じだ。人々が話す言葉のトーンもまた、自分の子ども時代に身についたものである。他郷にあって、もう故郷に住んだ3倍もの時間を過ごしているのに、いまだに故郷の懐かしさを感じるのは、生まれたばかりの生命が、まずその環境に馴染むことで、生きることを学んでいくことに関係があるのであろう。
一泊目の宿は、「森の謌」。部屋からは、山に抱かれるように立地している温泉街見える。そして、渓谷には豊平川が流れ、温泉街にアクセントをつけている。閑静で、きれいな室内。そして湯量の豊富な温泉。海の幸、どれを食べてもおいしい料理。兄弟とその子どもたちの、こじんまりとした会には、もってこいの宿である。卒寿をむかえた姉のお祝いを兼ねていた。10人をこえる兄弟のなかで、生き残ったというべきか、生かされているのか、いずれにしても健康であればこそここまで来れたのであろう。「カラマーゾフの兄弟」のように小説の題材になるような事件に遭遇こそしなかったが、生きるための荒波の道をこえて、この3人は生きてきた。
おとうとは酒のみながら祖父よりの遺伝のことをかたみにぞいふ
うつせみのはらから三人ここに会ひて涙のいづるごとき話す 斉藤 茂吉
北海道は季節が早くまわっている。公園や川のほとりのナナカマドの実は、はや赤く色づいている。山は青々としているものの、岸辺の紅葉もきれいな色づきが始まっている。