秋を感じさせるのは、大抵赤い実だが、ひとつだけ異色の紫の実がある。その名はムラサキシキブ。クマツヅラ科の植物で、3mほどの高さに成長する。花の色も薄い紫だ。山の木々が紅葉するころ、この実をみつけると、何か拾い物をしたような気がする。この実を観るために、庭に植えて楽しむ人もいる。名前から連想されるのは、ずばり源氏物語の作者紫式部だが、ものの本によれば、もともとの名はムラサキシキミであったらしい。シキミとは、実が重なって生るという意味である。
『紫式部日記絵詞』には、「夕暮れに、筝をひく紫式部」という巻があり、女房としての式部の生活の様子が描かれている。重ね袿を着て筝に向かっているが、後ろの壁に立てかけられた琵琶。筝の前には、2,3冊の冊子と巻物が開かれて置いてある。庭の木々はすでに葉を落し、もしもムラサキシキブの実があれば、秋の風情がさらに強調されるに違いない。後ろの棚には、冊子や巻物がたくさん並べられている。「お前はかくおはすれば、御さひはひすくなき」「なでふ女が真名書を読む」。女だてらに、何で漢書などを読むのか、だから幸せにならないんだよ、注意されている紫式部の姿である。
赤い実のなかで、ひとり紫の実をつけるのは、孤高の姿でもある。赤い実は目ざとい鳥たちに、食べられて、遠く離れた地に子孫も増やすことができる。ムラサキシキブは孤高であるがゆえに、実を多く付けねばならない。鳥たちに見つけられる確率を少しでも上げるために。