
牡丹の花は短い命だ。大ぶりで豪華な花だから、もう少し見たいと思っているうちに散っていく。かわりに芍薬の花が咲く。美人を形容した言葉に、「立てば芍薬、すわれば牡丹、歩く姿は百合の花」というのがあるが、芍薬は牡丹に比べて背が低く、「すわれば芍薬」とすべきなのだが、これではゴロが悪いようだ。芍薬の花ことばは、「内気、はじらい」である。鉄砲町の家の庭に咲いた赤い芍薬は、白いツツジのそばで似合っている。
あけぼのの芍薬にむかひ憂なし 水原秋桜子

わが畑の野菜たち。このところの好天続きで、乾燥してきている。毎朝畑に出向いて、水遣りをする。葉もの野菜の成長は早い。一日過ぎると、驚くほど伸びているのを眼にする。水菜がかなり込み合ってきたので、疎抜きをする。小さいあいだの水菜は、いかにも柔らかく手で触れると、そのままつぶれてしまうような柔らさだ。
きのう収穫したソバ菜を茹で、カラシ和えにして食べる。これも柔らかく、春の初物である。こんなのを食べると、野菜作りをしてよかったと思う。ニラは3番採りに入った。さすがに一番どりにはくらべられないが、これも新鮮さをそまま食べる感じである。朝の豆腐の味噌汁に、豆腐が煮上がるとき、刻んだニラを一握り放り込んで、煮立ちばなに七味をふって食べる方法を教えてくれたのは、辰巳浜子『料理歳時記』である。