常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

首相公邸の幽霊

2013年05月25日 | 日記


安部首相が公邸に引越ししないのは、「幽霊が出るからなのか」との問いに、「幽霊が出ることは承知していない」という答弁書を閣議決定したことが、新聞やテレビの話題になっている。科学の進歩が著しい時代に、幽霊の話が国会での話題になるのは不思議な気がする。だが、公邸に幽霊が出るという噂話は、長いあいだ語られてきたらしい。安部首相自身、「あそこにはできれば住みたくない」と漏らしているし、盟友の麻生副総理も、「無理に入ることもないでしょう」とアドバイスしている。祖父を元総理に持つ首相と、副総理、どうやらこの幽霊話を昔から、聞かされていた様子である。

ここは昭和の軍政下で、5.15事件や2.26事件などの舞台となり、犬養毅首相の暗殺や岡田首相襲撃事件が起きた。松本清張の『昭和史発掘』には、この二つの事件が、詳しく書かれている。時は昭和7年5月15日午後5時半ごのことである、首相官邸に軍人が大挙して土足のまま侵入してきた。

「首相官邸内日本間で床を背にして座った犬養首相は、テーブルをへだてて半円形にとりまいている土足の軍人をじろりと見まわした。
 犬飼は接待用の煙草入れの蓋をとり、君らもどうだと、というようにすすめるふうをした。しかし、だれも手にとるものはいなかった。犬養は落ちついた態度で
「靴ぐらい脱いだらどうか」と抑えたような声でいった。
三上中尉は首相を睨みつけて、「靴の世話などどうでもよい。話があれば早くいえ」と性急にいった。
「騒がんでも話をすれば分る」と首相はおだやかにいった。写真で見る通りの、尖った顴骨と白い顎鬚とが皆の眼に印象的だった。
三上中尉は犬養に差向けていた拳銃をいったん下して話を聞くような態度をとっていたが、突然、山岸中尉が、
「話をききにきtのではない。射て射てと叫んだ。首相をはそれを聞いて三上中尉のほうに向い、左の手をあげて制止するように、
「射たんでも・・・」といった。その言葉の途中で、黒岩少尉が首相の左側から首相めがけて一発発射した。弾丸は命中したらしくて、犬養の身体は前にのめるようにして倒れた。」

2.26事件では、同じ官邸の日本間で、岡田首相や鈴木侍従長が襲撃を受けている。この生生しい暗殺の記憶は、そこで生命を落としたものたちの亡霊として、日本政治の中枢で語り継がれてきたであろう。

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