ねことわたしのやわらかな日々

17年一緒に暮らした愛猫を亡くしましたが、日々のささやかな幸せを、
手のひらで温めて暮らしています。

納骨が終わって

2017年10月20日 21時16分00秒 | 家族
四十九日法要が夕方だったから
先日改めて父の納骨をするために
再び実家に帰省してきました。
四十九日に続いて、今回も雨。
父は雨男だったのかなあ。

知らない間に母がお墓を改装して、
地面にも石を敷き詰めてくれたので
お墓は建て直したかのようにぴかぴか。
父もさぞ喜んでることでしょう。
もう草むしりに悩まされないのが
生きている私たちにもありがたい。

(自慢の菊と映る在りし日の父)

父のおかげで、今年は大幅に
家族が集まる機会が増えました。
そのたびに一緒に食べて、笑って。
たぶん、お通夜・葬儀から始まる、
一連の葬礼行事の最大の意義は
「残された者が集う」ことかも。
それは同時に、故人からの贈り物。

七日、七日の忌日法要があるから
哀しみは放っておかれることもない。
次々と訪れる行事をこなす中で
確かめられる、心の中の温かなもの。
そして哀しみはゆっくり一人ひとりの
何気ない日常に溶けていく。

本当の哀しみは「乗り越える」ものでも
時とともに「薄まる」ものでもなく、
心にぎゅっと抱きしめているうちに
自分の一部になっていくものの気がする。
そして哀しみを抱えて生きるということは
それだけかけがえのないものが
自分の人生にあったという幸福な証を
抱えて生きることだとも思うのです。
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