▼ 今、伊達は花盛りだ。
『季節の移ろいにあきらめることがあっても
なれるということはない』。
ある小説の一節だが、この時季が来ると、
例年蘇ってくる言葉だ。
つい先日まで、八重桜が満開だった。
エゾムラサキツツジが終わると、クロフネツツジ、
次に、エゾヤマツツジが咲いた。
今は、ライラックと一緒に、
シャクヤクとボタンの大きな花が目をひく。
もうすぐアヤメとルピナスに、
きっと私は足を止めるだろう。
もう少しでいいからゆっくりと、
いや、時に季節には立ち止まってほしいと願う。
毎年だが、「季節の移ろいには慣れない」。
伊達に居を構えて8年が過ぎる。
まさか、過ぎ行く時と景観に、こんな想いが芽生えるなど、
想像すらしていなかった。
私にそんな大切なことを、この街は気づかせてくれた。
コロナで、つい心塞ぐ。
だが、確かに私は、色鮮やかに咲き誇る花々から、
明るく深呼吸する時間をもらっている。
ありがたい。
そんな時、
『あの時のあの子』とのことを、訳もなく思い出していた。
2人とも、発達障害をもっていた。
▼ 1人目は、校長として赴任した小学校の、
心身障害児学級の3年生A君だ。
秋の遠足で、都内の小さな遊園地へ出かけた。
10数人の子供を、6、7名の先生で引率した。
私も、その1人だった。
遊園地では、希望するものに乗せてあげたい。
学年が違うと、乗りたいものも変わる。
それぞれの子どもに応じ、先生が一緒に乗った。
さて、A君だが、どの乗り物を見ても、
首を横に振った。
言葉数の少ない子だが、意志は明確だった。
先生らが声をかけても、子ども達が誘っても、
1つとして乗ろうとしなかった。
とうとう、遊具がにぎやかに動く近くで、
私と2人、ベンチに座っていることになった。
次第に時間を持てあました。
しかたなく、手をつなぎ2人で園内をウロウロした。
私は、遊具を指さし、
しきりにA君に「乗ろうよ」と誘った。
A君は、無反応でどの遊具も通り過ぎた。
メリーゴーランドのそばまで来た。
すぐ横に、『動くハウス』と書かれたものがあった。
小さな家の形をしていた。
そのドアが開いていた。
2人でのぞいた。
部屋には、固定した緑の長椅子が向かい合っていた。
壁には、花の絵がいくつもあった。
明るい感じの部屋だった。
誘ったりしないのに、
A君は、その部屋の長椅子に座った。
「これに乗るの?」
黙って、A君はうなづいた。
手をつないだまま、並んで座った。
その後、2人の子どもと先生1人が向かいに座った。
そこで、出発のベルが鳴り、ドアが閉まった。
部屋が、ゆっくりと前後に動き出した。
横で静かに座っていたA君が、
突然手を放した。
素早く、私の前に立った。
すごい目で私を見た。
そして、私の頭と顔に拳をふるった。
ハウスの揺れは、だんだん大きくなっていった。
A君の表情は真剣だった。
何か言いたげに、声を上げ続けた。
私は、拳を避け、
座ったまま素早く体を左右に動かした。
向かいに座った子どもと先生が、
動く部屋の中で、大きく叫んだ
「A君。やめなさい。」「座りなさい。」
でも、A君はハウスの動きが止まるまで、
声を上げながら、私を叩き続けた。
私は、分かった。
「動くなんて思っていなかったのだ!」。
そう信じて、私と一緒に座っていた。
なのに部屋が動き出した。
「こわい!」。
急に私が憎くなった。
この部屋が動く乗り物だと言ってない。
説明をしなかったことに、A君は怒ったに違いない。
動きが止まってハウスを出てから、
A君は、急に大声を出して泣きだした。
私は腰をかがめて、両手をA君の肩に置いて言った。
「ゴメンね。動くことを言わなかったね。
だましちゃったね。」
A君の肩が、ブルブル震えているのが伝わってきた。
しばらくしてから、
再び、手をつないで元のベンチへ戻った。
泣き止んだA君が、座りながら私に訊いた。
「動かない? 動かない?」。
「動かないよ! 動かないよ!」。
そう答えながら、
今度は、私が泣きそうになっていた。
▼ 毎月、幼稚園では『お誕生日会』があった。
その月が誕生日の子をみんなでお祝いするのだ。
先生たちが工夫を凝らし、その会を企画した。
確か5月の『お誕生日会』だったと思う。
その月は、先生方で劇をする企画だった。
私にも役が回ってきた。
若い頃から劇が大好きだった。
どんな役でも演じると、楽しかった。
だから、園児の前で劇ができることが嬉しかった。
その時は『3びきの子ぶた』だ。
園長の私は、オオカミになった。
お面を頭にのせ、怖いオオカミを演じた。
園児たちが、子ぶたに味方する反応を見て、
どんどん怖さがピートアップした。
練習外のアドリブを連発し、
さらに怖い怖いオオカミを演じた。
そんな時、事件があった。
実は、4月に入園した年少組に、
集団生活に馴染めないBチャンがいた。
園内では介助員の先生と2人で、
集団から離れ、別行動のことが多かった。
お誕生日会では、年長組と年少組がホールに集まった。
大勢がいる。
Bチャンは、どれだけ誘ってもホールへ入ろうとしなかった。
なので、年少組の教室にいた。
ところが、ホールから子ぶたに味方するみんなの声が、
教室まで聞こえきた。
ホールに行けず涙を流していたが、
その声が気になった。
涙をふき、介助員の先生と手をつないで、
恐る恐るホールへむかった。
ちょうどその時、
私は『レンガの家』に苦戦していた。
何度挑戦しても壊れない。
オオカミの怒りは頂点だった。
その真っ只中、
Bチャンがそっとホールのドアを開けて、
入ってきたのだ。
完全に、私の失敗だった。
怒りの頂点を演じていた私は、勢いよくBチャンの方を見た。
そして、素早く立ち上がり、両手を振り上げた。
そこまでで止めればいいのに、
Bチャンへ「ワオー!」と大声を張り上げた。
突然、オオカミに対面した。その上、怖い威嚇だ。
Bチャンは泣き出した。
急いで、介助員の先生に抱きついた。
泣きながらホールを出るBチャンを見て、
やり過ぎに気づいた。
その後、オオカミは深く反省し、
ションボリと舞台から降りた。
よく朝、Bチャンはお母さんと元気に登園した。
玄関でみんなを迎える私に、
いつもはニコッとするBチャンだが、
一瞬怖い顔で私を見て、通り過ぎた。
以来2年余り、
Bチャンは次第にみんなと一緒にいる機会が多くなったが、
一向に私へは近寄ろうとしなかった。
しかし、幼稚園を終え、小学2年になった時だ。
Bチャンは、心身障害児学級が併設されている別の小学校にいた。
初めてその学校を訪ねる機会があった。
校門を抜け、校舎に近づいた。
その時だ。
校庭の先にある学級園から声が飛んできた。
「エンチョウ先生!」
子どもの声の方を見た。
そこには、大きくなったBチャンが、
私に向かって笑顔で手を振っていた。
卒園式以来だった。
それより、突然のその声と笑顔と、
手を振るBチャンにビックリした。
思わず走り寄った。
近づく私に、再び「エンチョウ先生」と言ってくれた。
「元気ですか?」。
私の問いかけに、
「ハイ」と、笑顔を返してくれた。
その時、私は、オオカミの失敗が許されたようで、
こみ上げるものを必死にこらえていた。

秋蒔き小麦が こんなに緑豊かに
『季節の移ろいにあきらめることがあっても
なれるということはない』。
ある小説の一節だが、この時季が来ると、
例年蘇ってくる言葉だ。
つい先日まで、八重桜が満開だった。
エゾムラサキツツジが終わると、クロフネツツジ、
次に、エゾヤマツツジが咲いた。
今は、ライラックと一緒に、
シャクヤクとボタンの大きな花が目をひく。
もうすぐアヤメとルピナスに、
きっと私は足を止めるだろう。
もう少しでいいからゆっくりと、
いや、時に季節には立ち止まってほしいと願う。
毎年だが、「季節の移ろいには慣れない」。
伊達に居を構えて8年が過ぎる。
まさか、過ぎ行く時と景観に、こんな想いが芽生えるなど、
想像すらしていなかった。
私にそんな大切なことを、この街は気づかせてくれた。
コロナで、つい心塞ぐ。
だが、確かに私は、色鮮やかに咲き誇る花々から、
明るく深呼吸する時間をもらっている。
ありがたい。
そんな時、
『あの時のあの子』とのことを、訳もなく思い出していた。
2人とも、発達障害をもっていた。
▼ 1人目は、校長として赴任した小学校の、
心身障害児学級の3年生A君だ。
秋の遠足で、都内の小さな遊園地へ出かけた。
10数人の子供を、6、7名の先生で引率した。
私も、その1人だった。
遊園地では、希望するものに乗せてあげたい。
学年が違うと、乗りたいものも変わる。
それぞれの子どもに応じ、先生が一緒に乗った。
さて、A君だが、どの乗り物を見ても、
首を横に振った。
言葉数の少ない子だが、意志は明確だった。
先生らが声をかけても、子ども達が誘っても、
1つとして乗ろうとしなかった。
とうとう、遊具がにぎやかに動く近くで、
私と2人、ベンチに座っていることになった。
次第に時間を持てあました。
しかたなく、手をつなぎ2人で園内をウロウロした。
私は、遊具を指さし、
しきりにA君に「乗ろうよ」と誘った。
A君は、無反応でどの遊具も通り過ぎた。
メリーゴーランドのそばまで来た。
すぐ横に、『動くハウス』と書かれたものがあった。
小さな家の形をしていた。
そのドアが開いていた。
2人でのぞいた。
部屋には、固定した緑の長椅子が向かい合っていた。
壁には、花の絵がいくつもあった。
明るい感じの部屋だった。
誘ったりしないのに、
A君は、その部屋の長椅子に座った。
「これに乗るの?」
黙って、A君はうなづいた。
手をつないだまま、並んで座った。
その後、2人の子どもと先生1人が向かいに座った。
そこで、出発のベルが鳴り、ドアが閉まった。
部屋が、ゆっくりと前後に動き出した。
横で静かに座っていたA君が、
突然手を放した。
素早く、私の前に立った。
すごい目で私を見た。
そして、私の頭と顔に拳をふるった。
ハウスの揺れは、だんだん大きくなっていった。
A君の表情は真剣だった。
何か言いたげに、声を上げ続けた。
私は、拳を避け、
座ったまま素早く体を左右に動かした。
向かいに座った子どもと先生が、
動く部屋の中で、大きく叫んだ
「A君。やめなさい。」「座りなさい。」
でも、A君はハウスの動きが止まるまで、
声を上げながら、私を叩き続けた。
私は、分かった。
「動くなんて思っていなかったのだ!」。
そう信じて、私と一緒に座っていた。
なのに部屋が動き出した。
「こわい!」。
急に私が憎くなった。
この部屋が動く乗り物だと言ってない。
説明をしなかったことに、A君は怒ったに違いない。
動きが止まってハウスを出てから、
A君は、急に大声を出して泣きだした。
私は腰をかがめて、両手をA君の肩に置いて言った。
「ゴメンね。動くことを言わなかったね。
だましちゃったね。」
A君の肩が、ブルブル震えているのが伝わってきた。
しばらくしてから、
再び、手をつないで元のベンチへ戻った。
泣き止んだA君が、座りながら私に訊いた。
「動かない? 動かない?」。
「動かないよ! 動かないよ!」。
そう答えながら、
今度は、私が泣きそうになっていた。
▼ 毎月、幼稚園では『お誕生日会』があった。
その月が誕生日の子をみんなでお祝いするのだ。
先生たちが工夫を凝らし、その会を企画した。
確か5月の『お誕生日会』だったと思う。
その月は、先生方で劇をする企画だった。
私にも役が回ってきた。
若い頃から劇が大好きだった。
どんな役でも演じると、楽しかった。
だから、園児の前で劇ができることが嬉しかった。
その時は『3びきの子ぶた』だ。
園長の私は、オオカミになった。
お面を頭にのせ、怖いオオカミを演じた。
園児たちが、子ぶたに味方する反応を見て、
どんどん怖さがピートアップした。
練習外のアドリブを連発し、
さらに怖い怖いオオカミを演じた。
そんな時、事件があった。
実は、4月に入園した年少組に、
集団生活に馴染めないBチャンがいた。
園内では介助員の先生と2人で、
集団から離れ、別行動のことが多かった。
お誕生日会では、年長組と年少組がホールに集まった。
大勢がいる。
Bチャンは、どれだけ誘ってもホールへ入ろうとしなかった。
なので、年少組の教室にいた。
ところが、ホールから子ぶたに味方するみんなの声が、
教室まで聞こえきた。
ホールに行けず涙を流していたが、
その声が気になった。
涙をふき、介助員の先生と手をつないで、
恐る恐るホールへむかった。
ちょうどその時、
私は『レンガの家』に苦戦していた。
何度挑戦しても壊れない。
オオカミの怒りは頂点だった。
その真っ只中、
Bチャンがそっとホールのドアを開けて、
入ってきたのだ。
完全に、私の失敗だった。
怒りの頂点を演じていた私は、勢いよくBチャンの方を見た。
そして、素早く立ち上がり、両手を振り上げた。
そこまでで止めればいいのに、
Bチャンへ「ワオー!」と大声を張り上げた。
突然、オオカミに対面した。その上、怖い威嚇だ。
Bチャンは泣き出した。
急いで、介助員の先生に抱きついた。
泣きながらホールを出るBチャンを見て、
やり過ぎに気づいた。
その後、オオカミは深く反省し、
ションボリと舞台から降りた。
よく朝、Bチャンはお母さんと元気に登園した。
玄関でみんなを迎える私に、
いつもはニコッとするBチャンだが、
一瞬怖い顔で私を見て、通り過ぎた。
以来2年余り、
Bチャンは次第にみんなと一緒にいる機会が多くなったが、
一向に私へは近寄ろうとしなかった。
しかし、幼稚園を終え、小学2年になった時だ。
Bチャンは、心身障害児学級が併設されている別の小学校にいた。
初めてその学校を訪ねる機会があった。
校門を抜け、校舎に近づいた。
その時だ。
校庭の先にある学級園から声が飛んできた。
「エンチョウ先生!」
子どもの声の方を見た。
そこには、大きくなったBチャンが、
私に向かって笑顔で手を振っていた。
卒園式以来だった。
それより、突然のその声と笑顔と、
手を振るBチャンにビックリした。
思わず走り寄った。
近づく私に、再び「エンチョウ先生」と言ってくれた。
「元気ですか?」。
私の問いかけに、
「ハイ」と、笑顔を返してくれた。
その時、私は、オオカミの失敗が許されたようで、
こみ上げるものを必死にこらえていた。

秋蒔き小麦が こんなに緑豊かに
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