A子と私は弘樹を伴なって、始めての旅行に出かけた。
海の見える景勝地を一泊の旅だったが、湾内をめぐる遊覧船と海底が見えるグラスボートを乗り継ぎ、弘樹は一日中興奮気味だった。
ホテルまでの2キロ足らずの道程を疲れ果てたのか、まだ?まだ?を繰り返した。
「よし、弘樹こい」
そう言って私は弘樹を自分の前で後ろ向きにし、持ち上げて肩に乗せた。
予想以上の重さに一歩踏み出す足をよろけさせたが、何とか格好はついたようだ。
「重くなったな弘樹」
私は言葉でごまかしたつもりだったが、弘樹はらくチンらくチンと肩の上ではしゃぐ。
「お父さんが大変だから、降りなさい弘樹」
A子はそう言ってから、私にごめんなさいと赤面したような声をかけた。
「お父さんでいいよな、弘樹」
私は大声で肩の上の弘樹に向かって言った。
「うん」
上の方から屈託のない弘樹の声がして、小さな二本の手が私の頭にしがみついてきた。
「それじゃ弘樹、お父さんと呼んでみろ」
私はもう一度大きな声で呼びかけた。
「お父さん」
ためらいのない弘樹の元気な声がした。
「お父さん」
A子が後ろから、弘樹のお尻にかぶりつくような格好で抱きついてきた。
くすぐったかったのか、弘樹は身をよじって笑いながら私の頭にしがみついた。
よろける私の軸足のまま、ゆれて3人は一塊になっていた。
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