「ありがとう、メルシア。たくさん教えを頂きました。感謝いたします。」
「いいえ、私は、あなた方の愛と勇気に動かされたのです。地球からここまで来られたものはあなた方のほかにありません。宇宙が生まれてから、あなたたちによって初めて成し遂げられたことなのです。あなたたちの旅が最後までうまくいくことを願っています。」
白いローブを着たメルシアは、話しが進むうちにその姿を変え始めていた。その変化はとてもゆっくりで、乗組員たちは誰もそのことに気付かない。しかし確実にからだが変化しているのだ。そしてその姿は、誰もが一番懐かしい人の姿になった。不思議なことに、その姿は見るものによってみな違って見えていた。
つまり、
艦長には艦長のお母さんに、
ぴょんたにはぴょんたのお母さんに、
もこりんにはもこりんのお母さんに、
ぐうすかにはぐうすかのお母さんに、
博士には博士のお嫁さんに、見えるのだ。
みんなの目には、一番見ていたい母さんの姿が写っているのだ。もちろん博士には、出会ったばかりの奥さんの姿で、それは暖かく優しい最高のものだった。
「お母さん、」ぴょんたがメルシアに呼びかけた。
ぴょんたは自分の言ったことにすぐ気づいて、恥ずかしそうにもじもじした。しかし誰も笑うものはなかった。皆同じ気持ちだったのだ。
「なんです、ぴょんた。」メルシアは答えた。
「お母さん、」今度はぐうすかがメルシアに呼びかけた。
「ぐうすか、あなたは甘えん坊ですね。」メルシアは再び答えた。
「お母さん、」もこりんもメルシアに呼びかけた。
「なんですか、もこりん。」メルシアがみたび 答えた。
メルシアに名前を呼ばれるだけで、心の中がうれしくなって、何を聞こうとしていたのか、三人とも忘れてしまったのだ。
「おかあ、いえメルシア、一つ聞きたいのですが、」艦長は冷静だった。
「なんですか。」
「さっき、ここに来たのは私達だけだと言われましたね。」
「はい。」
「でも、地球から、チュウスケというネズミも来ているのです。チュウスケは至るところに現れて悪いことをしています。メルシアの病気の原因もそうでした。やっつけましたが、いつまた現れるかもわかりません。メルシアはチュウスケを知っていますか。」
艦長はずっと気になっている事を聞いた。
「魔法使いチュウスケの事ですね、知っていますよ。チュウスケは邪悪な心の持ち主なのです。」
意外にもメルシアはチュウスケのこともよく知っているのだ。スケール号の面々は、もうびっくりするのを忘れてしまっている。
「メルシアの子供達に悪いことをしていたのもチュウスケでした。何度やっつけても、チュウスケは現れてくるのです。これからもまた、チュウスケは現れて来るのですか。」
艦長が同じことをもう一度聞いた。
「そうかも知れません。善なるものある限り、チュウスケもまた生まれて来ます。それが宇宙の姿なのです。」
「では神ひと様は善いものも悪いものもお造りになったと言うのですか。」
「いいですか、思い違いをしてはいけませんよ。この世界は神ひと様がお造りになったのではありません。神ひと様もまたこの宇宙の一部なのです。」
「すると、別に神様はいると、」
「神様がいるとしたら、今ここにいます。私達も、チュウスケも、一緒に合わさった、宇宙の全てが一つになったもの、それが神様です。」
「よく分からないだス。」
「頭がこんがらがってしまうでヤす。」
ぐうすかももこりんも、メルシアの言うことが分からず、頭を抱えてしまった。
「分からなくてもかまいません。それは言葉ではなく、心で感じるものなのですからね。それより、私の言いたいことは、チュウスケもまた必要とされていると言うことなのです。この世にあるものはすべて、この世に必要なものなのです。」
「チュウスケが必要ですって!」
「チュウスケは悪いことばかりしているだスよ。」
「自分の立場だけで世界を見てはいけないのです。私たちは表しか見えませんが、裏もなければ世界は成り立たないでしょう。」
「それではチュウスケが悪いことをしていても、戦わなくてもいいのでヤすか。」
「いいえそれは違います。あなた方は、あなた方の心の声に従ってチュウスケと戦い、邪悪な力から私たちを守ってくれました。それもまた大切な事なのです。勇気とは、心の声に従う力のことですし、愛とは心の声そのものなのです。」
「愛と勇気ですか。」
「あなた方には愛と勇気があります。世界はそれを必要としているのです。その愛と勇気を、チュウスケに対しても注いでほしいのです。それが出来たとき、あなた方は真の勇者となるでしょう。」
「メルシア、それはとてもむずかしい事ですね。どうしたらいいか見当もつきません。」
「心の声を信じてまっすぐ進めばいいのです。あなた方ならできます。そう信じるのですよ。」
「分かりました、メルシア。」
「来てもらえて本当にありがとう。」メルシアは深々と頭を下げた。
「私からお話し出来る事はもうありません。ここからピンクの川に行きなさい。そこには、どこかに必ず黒い海もあるはずです。その黒い海を、愛と勇気をもって眺めてご覧なさい。きっと私の言ったことが分かるでしょう。」
「黒い海ですか。」
「そうです。そこはチュウスケを生み出すエネルギーの海なのです。ただ、そのエネルギーに染まらないように、気を付けなければなりませんが。」
「分かりました、きっとそうします。」艦長ははっきりと答えた。
つづく
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宇宙の小路 2019.8.12
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蓮の花
水面に浮かぶ蓮の花は
花の中でも
何か特別の匂いがある
出遭うと
いつも見入ってしまうのだが
それはいつも
期待と慰みが絡まっている
見えない世界と
見える世界の境界
待望と
喜びの境目
水面の境域に開く
命の門だ
ここをくぐりなさい
花は
優しく誘う
さてそれから
どう生きるのか
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