一五、黒い海
スケール号はメルシアに礼を言い、その場を離れた。そしてさらにその体を大きくし始めたのだ。
スケール号がもとのネコの大きさから一億倍の大きさになって、地球の大きさになった。さらにその一億倍の大きさに拡大して暗黒星雲に至り、暗黒星雲の十万倍の大きさになってピンクの銀河に到達したのだ。
博士の計算ではここからピンクの川に行くには、更に銀河の千倍の大きさにならなければならないのだ。
一体どれほどの大きさなのか想像が付くだろうか。
博士はスクリーンに計算式を映し出した。
ピンクの川の大きさになった時のスケール号の大きさは、
元のスケール号の大きさの、
一億倍の一億倍の一億倍という大きさになっています。
数字で書くと、
1、000、000、000、000、000、000、000、000倍の大きさになっているのです。
0が24個あるから、10の24乗、単位は1(じょ)といいます。
「博士、ついて行けないでヤす。」
まず、もこりんがねを上げた。
ぐうすかは気を失いかけている。
ぴょんたの瞳は、スロットマシーンのように0がくるくる入れ替わって、今にも目が回りそうだ。
「そんなに大きくなっているのに、あまり実感がないのはどうしてです博士。」艦長が聞いた。
「それは自分の体がいつも一倍の大きさだと思うからなんだよ。」
「どういう意味ですか。」
「知らないうちに人は自分の体で周りの大きさを測っていると言うことなんだ。自分の体が何百倍の大きさになっても、何万倍の大きさになっても、いつもその自分の大きさが一倍の大きさだと感じてしまうんだ。だから大きくなった自分の実感がないんだよ。」
「むつかしいですね。」
「自分が大きくなったと分かるのは、自分の周りが小さくなったと感じた時だよね。」
「そうそう、いつも着ていたシャツが小さくなって着れなくなったら、あんた大きくなったねって、お母さんがよく言ってたでヤす。」
「そうだもこりん。みんなも覚えがあるだろう。」博士は嬉しそうに言った。
「そうそう、わたスは靴だス。ある日幼稚園ではいていた靴が出て来て、それがあんまり小さいのでびっくりした事があっただス。」
「そう言えば、覚えがあります。いつもまたがって遊んでいたおもちゃが片手で持てるほどの大きさになっていたり、届かなかった冷蔵庫の扉がいつの間にか開けられるようになっていたり。」
「人は皆、自分が大きくなって行くのは気づかないけれど、周りが小さくなって行くことで、そのことを知るんだよ。いいかい、周りが小さくなって行くと言うのは、大きくなって行く自分の体で、周りを測っているからなんだ。分かるかい。」
「よく分かっただス」少し見かけ倒しの技を使って、ぐうすかは答えた。
そんなことを話合っている間も、スケール号はどんどん大きくなって行く。しかしスケール号の中は、そんな実感はない。ただスケール号の外の風景が変化して行くことでそのことが分かるのだ。
ピンクの銀河はどんどん小さくなって行く。すると一つと思っていたピンクの銀河が闇の宇宙空間に無数にに散らばっている様子が見えてくる。空一面に数え切れないほどの銀河が散らばり、泡のような模様に広がっているのが見えたかと思うと、いつの間にか、その泡の模様さえ分からなくなるほど小さくなった。
満天に見えていたピンクの銀河の集団がやがてピンクの帯のように見え始めるのだ。
「あのピンクの帯のなかの、見えないほど小さな光の点の一つがメルシアだなんて、ちょっと怖い気がしますね。」ぴょんたが言った。
「すると、地球は、顕微鏡で見ても分からないくらいなんだスね。」
「それじゃ地球の上の人間なんて、ないのと同じでヤす。」
「でも、その人間を造っている細胞や、分子や、原子と言うようなもっともっと小さな世界があるんだからね。」
「この世の中は、それらがみんな一つにつながっているんだよ。」博士は念を押すように言った。
「すごいとしか言いようがないでヤす。」
スケール号はその間にもどんどん大きくなって行く。するとピンクの銀河はもはや肉眼では見えなくなってしまった。ただ、無数に集まっている部分が、ピンクの水となり、それが川の流れとなっているように見えるのだ。
「艦長、ピンクの川でヤす。」
「おお、ついに来たか。メルシアの言うとおりだ。」
「確かにこのピンクの川は、前に見たものとよく似ていますね。」 ぴょんたがつぶやいた。スケール号の眼前には、緑の海と、その中を流れるピンクの川のゆるやかに蛇行する姿があった。
その光景は、前に行ったおばあさんの心の世界にあったピンクの川とほとんど同じだったのである。
きらきらと、緑の海はエネルギーが弾けて夜光虫のように輝いている。その中をゆったりとピンクの川が流れているのだ。その川には、どこにも変色した所はなかった。健全な風景がそこに広がっていた。
「メルシアは黒い海を見るように言ってましたね。」ぴょんたが艦長に言った。
「確か、この奥の方に黒い海があっただスよね。」
「そうそう、前と同じなら、この方向でヤす。」
「よし、行ってみよう。」
スケール号は眼下に広がる緑の海を見ながら進んで行った。海面には金色に輝く星が所々に浮かんでいた。ときおりパチパチとエネルギーの弾ける光が見える。
エネルギーの高まりが海面を押し上げ、それが空に向かって吹き上がる、するとそれが金色の星となって夜空に広がり満天に輝くのだ。やがてその星は一つ一つ海面に落ちてくる。海に落ちた星は、水しぶきの代わりに七色の光を放ち、緑の海に溶け込むまで、ゆらゆらと海面を漂うのだ。
「いつ見てもきれいでヤす。」
「そうですね。」
もこりんとぴょんたが肩を並べて見とれている。
時々、海の中を光の矢が飛んで行く。それが魚のように見える。不思議な光景がどこまでも続いて行くのだ。
やがてスケール号の行く手に黒い領域が見えて来た。少しずつ空気が重くなって行くのが分かる。黒い海がそこにあるのだ。
黒い海は不気味に静まり返っていた。この海を、愛と勇気をもって見てほしいとメルシアが言った。一体何が分かると言うのだろう。スケール号と、その乗り組員達は一様に緊張した。
つづく
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宇宙の小径 2019.8.13
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吾は空なり
この理解は
実は
心が達成する
物質への回帰なのかも知れない
そもそも
心がつくり出す世界は
思考という
エネルギーの
変容である
幸不幸の色付けが
その最たるものだろう
泥沼から顔をだし
清楚な花を咲かせる
蓮の花
たとえばその蓮に勝手気ままに色付けする
心はそんな働きをしている
そんな時
吾は空なりという理解は
色のないデッサン
実在への
回帰ということになるだろう
吾は空なりというのは
その空が育む
物質讃歌
でもあるのだ
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